たくさんの黒

 底へと落ちて、墜ちて、堕ちて、救いの手は未だ無し。闇へと落ちて、墜ちて、堕ちて、救いの道は未だ無し。歩けども歩けども、何も見えぬまま。私が早足で先に行き、後から私が追いかける。二つの足音が、三にも四にもなっていき、どれが私の足音なのか分からなくなっていった。

「ここで、いつまでも」

 そう聴こえた声はどこからのものか、誰からのものか分からなかったが、昔に聴いたことのある声だった。私は尋ねた。

「あなたは、だあれ」「わたしは、わたし」
「わたしは、だあれ」「わたしは、あなた」
「あなたは、だあれ」「あなたは、あなた」

 手を繋ごうとしたが、手はすり抜けて、体の横にぶら下がった。ぶらり、ぶらりと手持ち無沙汰に腕を振ると、手を繋ぎ返してきた。しかし、手はまたすり抜けた。

「ここで、いつまでも」

 また声が聴こえた。最近聴いた声だった。黒の上に黒を塗り潰して、出来上がり。それをビリビリに破いて、元通りに戻して、足で踏み潰して、とても楽しい宴だった。コーヒーよりも更に苦い服を着て、くるり、くるりと踊ってみせた。また足音が六にも七にもなっていき、どれが私の足なのか分からなくなっていった。あの子の髪を引っ張って、いたずらしてあげた。そしたらあの子は体が宙ぶらりんになって、一回転して、周りの黒も一緒になってそれをして、誰も笑わなくなった。

「ここで、いつまでも」

今度は未来に聴いた声だった。零した墨を全部飲んで、そうして口から、体の奥から、新月の夜が吹き出した。ぼたぼたとたくさん吹き出てきたから、それを蹴り上げて、足先に貼り付いて残った虚無を、口の中に、体の奥に押し込んだ。ジュゲムを唱えて墓を覗くと、黒猫が眼を光らせていた。

「ここで、いつまでも」

 インクの減りが早いのは、友だちが寝坊したせいだった。消しゴムは元から黒かった。

「ここで、いつまでも」

 うるさい!うるさい!うるさい!私の心は落ちて、墜ちて、堕ちていく。私の何もかもが香水に混ざって、それは爪の先に灯った黒い炎を消し始めた。

「あなたは、二年後からわたしにあいにきたわたし」「いいえちがう。わたしはわたし」

 スプーンの上に乗った油はインクに溶けて、そうして友だちはいなくなってしまった。

 私は黒をまた黒く塗り潰して、今度は枯れ木の枝に吊り下げた。消したいけど、消すことは出来ない。消えたい?消えたい?私は、私。底にいる私は、闇にいる私は、手紙を書いた。それはいなくなった友だちへ送る遺書となる。ありがとう、ありがとう、私は全てを捨て去っていく。ありがとう、どうもありがとう。廻って、廻って、次は、あの光輝く星に足をつけようと思う。晴れた青空に風船が飛んでいく。
 私の私はそこで終わった。

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