『世界を渡る羽』断章壱 占いの手ほどき
「おいで。占いの手ほどきをしてやろうじゃないか」そう言って、ファインはいつもの即席のテントの前で村の子ども達に占い道具を見せた。絵の書かれたカードの束、いろんな色をした綺麗に磨かれた石が十三個。それに大きな二重円の中に五芒星が描かれたマットが一枚。それだけである。子ども達は綺麗な石を見て、いいなぁほしいなぁと口々に言う。カードの束はどうやらただの紙切れに見えるそうで、あまり興味がないらしい。そうやって子ども達が賑わっていると、突然、叫び声が聴こえた。
「やめてちょうだい!」
ファインと子ども達が声のしたほうに顔を向けると、数人の女性たちがこちらを睨んでいた。どうやら子ども達の母親らしい。母親の一人が怒鳴り声を上げた。
「そうやって珍しいものを見せびらかして、子ども達に悪いことを教えないでくださる?」
ファインはあっけらかんとして言う。
「悪いことねぇ……占い道具を見せてただけじゃないか」
「どうせ、あわよくば占いを教えようとしていたのでしょう? 子ども達には必要ないわ」
「あっはっは。確かに。こりゃ失礼したよ。じゃあこれにてお開き!」
子ども達は少し不満そうにしながら、それぞれの母親の所へ行くと、悪者から守られるかのように手を握らされてその場を去って行った。
「……この世は自由だからね。選ぶ権利はいつでもあるさ。まぁさっきのでチャンスは与えたかな」夢を与える一仕事。これにて完了。
鼻歌混じりに占い道具を片付けていると、微かに声が聴こえた。声のしたほうを見ると、一人の少女が立っていた。
「どうしたんだい? 今日はもうお開きだよ」
少女はもじもじしながら、小さな声で囁いた。
「…教えてほしい、です」
「名前かい? 名前はないよ。アタシはジプシー。それだけさ」
「そうじゃなくて、その…」
少女がそっと指さす方向を見ると、今まさに片付けようとしている占い道具があった。もしかして。
「占いを教えてほしいのかい? さっきの母親の言う通り、悪いことかもしれないぞ〜」
少し驚かすように言ってみたが、少女の目はきらきらと輝いていた。占いがしたいのか悪いことがしたいのか、はたまたその両方か。
少女は必死になって言葉を口にする。
「お父さんには内緒にするから…!」
「わかった。じゃあ教えてやろうじゃないか!」
ファインがニッと笑みを浮かべると、少女も笑みを返してきた。占いの会の幕開けである。
「それじゃあ最初にリソマンシーを教えてやろう」すると少女、「リソマンシー?」と頭を横に傾ける。
「石を使って占うものさ」
ファインは石の入った袋を一つと、大きな二重円の中に五芒星が描かれたマットを一つ、それから靴下留めの紐が一つ、最後に小さなアサメイを取り出した。
「今からアンタの占いをするけど、ちゃんと見ておくんだよ。そして学ぶんだ」
靴下留めの紐を端で繋げてマットの上に円を作る。アサメイをその円の中心に軽く刺す。そして呪文を唱える。
ガーターよ、魔力を縛れ
十三の石はそれを明らかにする
古き者の名において
魔法をもたらせ
アサメイをマットの脇に置き、袋から石を取り出し円の中へ投げ入れる。石と石がぶつかり合い、近くへ、遠くへ、運ばれる。マットの上の五芒星にちりばめられた石たちは太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
「よっし! 読んでいくよ。まずは星の中央から」
そう言ってファインが指さしたところは、五芒星の中央にある五角形の枠の中だった。そこには四つの石が入っていた。
「ふむふむ、これは人生、魔術、幸運、金星の石が入っているねぇ」ファインはニヤリと笑って少女の方を向き「おめでとう! アンタは占いの才能があるよ! チャンスもある! こりゃあいい弟子に会えたな」と言うと、喜びが溢れ出て今にも小躍りしそうな調子で、ファインは体を揺らしていた。
「この調子で次を見ていこう。次は星の五つの細い角の内側。太陽と月、水星に木星、あとは愛情かな」
ファインはしばらく考えた後に「まあまあかな、普通だね」とぽつりと言った。
「次は最後だよ。星の外側に何が落ちているのかを見るんだ」
そこには、家庭、知らせ、火星と土星の石が落ちていた。ファインは閃いた。これはまずいことになった。
「この占いの会を秘密にするのは難しいかもしれない。親から怒られそうだなぁ……アンタの親が優しいことを祈るよ」そう言って石を袋の中へと戻し始めた。
「ここまでで何か質問はあるかい?」
少女にとっては大ありである。少女は早速質問をする。
「星の中央と角の内側と星の外側は何が違うの?」
「それはね」ファインはニヤリと笑って「星の中央は運気絶好調! なんでも願いは叶うよ! といった場所で、そこから遠くなるにつれて運が悪かったり、願いが叶わなかったりするんだよ」と言った。
少女は一つ学ぶことが出来た。それはこの占い師の教えは雑であるということだった。変な師に出会ってしまった。
「次はタロットをするよ」そう言って、ファインはタロットカードを取り出した。
「まずはシグニフィケーターを選ばないとね。アンタは学習者でまだ子どもだから…ペンタクルのペイジになるかな」
ファインは慣れた手つきでカードの束からそのカードを取り出した。次に残りのカードの束を大アルカナ、数字、コートカードに分け、さらにそれらを四つの束になるように配り分けた。
「この四つの束は左から火、風、水、地を表している。火は行動、風は人間関係、水は感情、地は仕事やお金を表している。今回占いたいのは何かな?」
すると少女は「これがいい」と言って火を表すカードの束を指さした。
「分かった。じゃあこれにシグニフィケーターだけを表にして束に入れて混ぜていくよ。風水地のカードは脇に置いといて」
ファインはカードをシャッフルし始める。マットの上にカードを裏にして広げて混ぜていく。それからまた束の形に戻しカットする。その後、左から右に向かってカードを並べた。カードとカードの間からペンタクルのペイジがひょっこりと姿を現した。
「ペイジの顔は右向きだから、右へ七枚飛ばしてカードをめくる」
カードをめくると、椅子に座った女性がペンタクル(と言うらしい)を大事そうに抱えているカードが逆さになって出てきた。
「ペンタクルのクイーンだね。次は四つ数えて……」次は『戦車』と書かれたカードが逆さになっていた。「これは十二宮のサインがあるから次は十二枚飛ばす」次は『吊るされた男』と書かれたカードが出てきた。「これは四大元素があるから、次は三枚飛ばす」次はソードのエースと書かれたカードが。「エースは五枚飛ばして……お、ペンタクルのクイーンに被ったね。じゃあめくるのはここで終わりだな。早速リーディングをしていこう」
そういうとファインは裏になったままの残りのカードを片付けて、表になったカードをめくった順に並べた。
「ふむふむ、アンタは今、不安や不信を抱いているね。それはクイーンのカードが表す人物に対してか、その状況に対してか……そのためなのか、本当に進むべき道を間違えていたり、少し進んではみたが、前にも後にも進めなくなっているね。今は進む道を考え直して、その流れに身を任せること。それとも、大切なものを犠牲にしてでも困難に立ち向かい、勝利を得るか、だね」
少女はその結果を聞いて驚いた。確かにこのジプシーに占いを教えてもらいたかったが、先の占い、リソマンシーの説明があまりにも雑であることに落胆し、本当に占いができる人物なのかと不信になっていたのだ。まさか言い当てられてしまうなんて。
「すごい! 当たってる!」
「でしょ? これがアタシの実力さ」
少女は興奮気味になりつつ、ファインに素朴な質問をした。
「どうしてカードをめくっただけで当たるの?」
ファインは当然といった口調で言う。
「それはアンタがカードに対して想いを送ったからさ。そしてカードがそれに答えたってだけさ」
「すごい! もういちどやりたい!」
少女はそう言って目をキラキラとさせたが、ファインは占い道具の片付けを始めようとしていた。それを見た少女。「もう、終わるの?」と不安そうに聞く。すると「あぁ、もう終わりだよ」とファインは言った。少女が少し残念そうにしているのを見たファインは、少女に対して助言をした。
「占いばかりが全てじゃないからな。占いは、今の自分がどういう状況に置かれているのかを確認するのに役に立つ道具さ。未来を見るのも過去を振り返るのも、愚かなもんさ。今という、自分のいる場所があるというのにね。それに本来、人間には占いは必要ないのさ。自分の意思を強く持って、あとは自分の好きな道を選ぶだけだよ」
少女は話を聞いて難しいと感じていた。するとファインが少女の肩に手をポンと乗せて、また話し始めた。
「さっきの占いで、アンタが今進みたいと思っていた道が閉ざされてしまった。別の道を選ぶのか、それとも困難に立ち向かい、ソードを振りかざして行くのか。まずは考える時間を持つことだね。今回の宿題だよ。頑張れ」
ファインは少女の背中をポンと叩くと、テントの片付けに入った。
少女は呆然と立ち尽くしていた。これから先、占いを続けられるのか。親に怒られないだろうか。占いは必要ないという意味は何なのか。それに急に出された宿題。自分にとって正しい道とはなんだろうか。
「あ、そういえば」
ファインは荷を背負いながらに言う。
「アンタの名前なんだっけ? 聞きそびれてたな」
少女は目をキラキラさせて言った。
「私の名前は、ファイン」
ジプシーはドキッとした。バッグに詰め込んだはずの占い道具が一気にこぼれ出た。