【一人暮らしの徒然】一個600円のみかん
臨時収入があったので、結衣子は農産物直売所へ行った。
母の好物のあんぽ柿。ものが良さそうな(つまり高級な)平干しの干し芋。高級なジェラートがセール期間で安くなっていたのでそれも二個カゴに入れる。
柑橘類のコーナーでしばし悩んだ。不知火、ブラッドオレンジ、伊予柑。さまざまな種類の柑橘が並ぶ中で、目に留まったのが「せとか」。
一個600円。繰り返す。一個600円。一袋ではない。一個600円だ。
……甘いのだろうか。
600円あれば、小ぶりなみかんが5、6個入った袋が二つ買える。
だが臨時収入でいくらか気が大きくなっている。600円なら、例え酸っぱいのを引いてもそう痛くない。話のネタにもなる。
ころんと丸く、手のひらにやや余る大きさのものを一つ手に取って、レジへ向かった。
帰って結衣子は、夕飯を済ませてから厳かにせとかを手に取った。
いつもよりだいぶ丁寧に皮を剥く。皮はずいぶん薄く、ともすれば果肉を爪で突きそうで、尚更慎重な手つきになった。
どうだ、と一房噛む。――甘い。うん、甘い。みずみずしい。
これくらいなら、一袋300円のみかんの中にも偶然に出会いそうな甘さだと思った。
だがおそらく、その偶然を必然に変えるのが600円という価格なのだろう。
うむ。美味しかった。美味しくても話のネタになる。大きめのみかんだったので、お腹も満足だ。