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「ハーブティー」(小道具掌編集)

 乾燥がちな季節が近づくと、彩香は朝にハーブティーを淹れる。
 起きるなりパジャマの上に誠司から贈られた肩掛けポンチョを羽織って、用を足してからキッチンに行く。足元のファンヒーターを入れて、ケトルに水を汲む。沸かす量はおよそ一リットル。火にかける間、洗面所へ向かって顔を洗う。
 さっぱりしてキッチンに戻ってくると、シェルフからハーブティーのパッケージを取り出す。カモミールのティーバッグを一度に三つとハイペースで使うので、下の引き出しにまとめ買いしてある。
 お湯が沸騰すると火を止める。ティーポットの出番だ。焦げ茶色をした、800mlを受け入れるなかなか重たいポットに、まずは適量の熱湯を注ぐ。蓋をしてぐるりポットをめぐらし、温める。茶器を温めるという優雅な時間が持てない朝があったりすると、余裕がない証だ。
 陶器をあたためてぬるくなったお湯を捨てたところへ、三つのティーバッグを放り込む。やけどしない程度にどぼどぼ熱湯を注いで、五分蒸らす。
 その頃には誠司が起き出してくる。彼はすでに着替えて身支度を終えている。おはよう。おはよう。言い交わしながらキッチンの中ですれ違い、彩香がお茶の面倒を見る間、誠司が朝食を支度する。
「僕パンと卵焼くけど」
「あたしも」
「一枚?」
「一枚。ハーブティー飲む?」
「ありがとう。でも僕はコーヒーにする」
 甘いし、温まりすぎる。というのが誠司のハーブティーに対する言い分である。甘く感じるのはオレンジピールがブレンドされているからかもしれない。彩香はなんなら喉の調子が悪ければそこに蜂蜜を加えるし、寒い日は生姜のチューブを絞るほどだ。
 彩香はまずは淹れたての熱々をマグに一杯、立ったままふうふうと吹きながらひと口飲む。その傍ら、誠司はややせわしなく動いている。フライパンに油を引いて温めて、卵を二つ割り入れて。その間に彩香はダイニングテーブルにマグを置いて寝室へ向かい、制服に着替える。
 やがてトースターが高い音を立てる。あちあちと誠司が焦げ目の付いた食パンを一枚ずつ皿に乗せた。端がかりかりになるまで焼いた固めの目玉焼きを二つ、それぞれ食パンの上に載せる。そこへ中濃ソースをどちらにもふたたらし。
 やがて身支度して化粧を終えた彩香がキッチンへ戻ってくる頃には、誠司の入れたインスタントコーヒーの香りがしていた。
 ダイニングテーブルには朝食の準備が整っていた。彩香も誠司も同じほどのタイミングで席に着き、いただきます、と口々に唱えた。ほどよいあたたかさに落ち着いた食べ物と飲み物をゆっくり取る。
 食べ終わると。準備は誠司がしたので、片付けは彩香がする。食器を下げた誠司が洗面所で素早く歯を磨いて、防寒着を着込んで鞄を抱えながら声をかけてくる。
「彩香、キー」
 今朝は冷えるので、フロントガラスが凍り付いている。制服のポケットから車のキーを探り出した彩香が投げて放ると、見事キャッチした誠司が「いってきます」と出ていった。同じ会社に勤めているが所属する支店と通勤経路の違いで、誠司の方が若干出勤が早い。ついでに彩香の車にエンジンをかけて温めていってくれるので、冬は毎朝ありがたく甘えている。次に異動があって出発時間が逆転するとしたら、もちろん彩香は先んじて出勤し誠司の車のデフロスターを起動するつもりだ。
 彩香も片づけを終えて歯を磨いてしまうと、ティーポットの中のハーブティーは少しぬるくなっている。500ml入るステンレスボトルを並々満たし、残りはガラスのポット容器に注いで、氷をいくつか放り込んでから冷蔵庫に入れる。重いティーポットはさっと水洗いして食器籠に伏せた。時どき漂白すれば茶渋も気にならない。また、明日の朝に活躍してもらう。
 鞄を持って、コートを着て。玄関の姿見の前で身なりを確認した。パンプスを履く。鞄にステンレスボトルを突っ込んで、背中で玄関を閉めた。

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