シャガ

短い小説を書きます。

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  • 小道具掌編集

    タイトルのシリーズ掌編小説をまとめています。

最近の記事

「貯金箱」(小道具掌編集)

 彩香と誠司は二人それぞれ定期預金の口座は持っているが、地道な500円玉貯金もしている。貯金箱はモノトーンの円筒の缶を、リビングのテレビ台の端に置いている。  貯まったら二人で思い出になることをする。何に使おうかと話し合うのも楽しくて、まだ決まってはいないけれど、日々のモチベーションの上がりそうな目的にしたい。  こういう時に、貯金の用途について具体的な案を思い浮かべるのは誠司の方が得意なようだ。ちょっといいレストランに行ったりとか。揃いの品を記念に買うのもいい。普段食べるに

    • 「切り花」(小道具掌編集)

       キッチンカウンターにはシンプルなガラスの一輪挿しがあって、花を生けたり水を替えたりするのは誠司の領分だ。茶道を習っていた母親の影響で、一輪だけでも空間を和やかにするからと、一年じゅう大抵何かしら飾られている。  そんな誠司だから、まだ一緒に住む前、付き合い始めた当初はよく彩香に花を贈った。彩香は正直、戸惑っていた。生活に花を持ち込む習慣がなかったらしく、「どうしたらいい?」と真面目に聞いてきたのがおかしかった。今でもちょっと、怖がっている節すらある。  誠司が研修などで数日

      • 「ハーブティー」(小道具掌編集)

         乾燥がちな季節が近づくと、彩香は朝にハーブティーを淹れる。  起きるなりパジャマの上に誠司から贈られた肩掛けポンチョを羽織って、用を足してからキッチンに行く。足元のファンヒーターを入れて、ケトルに水を汲む。沸かす量はおよそ一リットル。火にかける間、洗面所へ向かって顔を洗う。  さっぱりしてキッチンに戻ってくると、シェルフからハーブティーのパッケージを取り出す。カモミールのティーバッグを一度に三つとハイペースで使うので、下の引き出しにまとめ買いしてある。  お湯が沸騰すると火

        • 「ネイルオイル」(小道具掌編集)

           年の瀬の忙しい中、彩香はやっと行きつけのネイルサロンに行ってきた。といって華美な装飾は許されない職場柄、選べるメニューはハンドケア一択だ。それでも、きれいにファイリングされ磨き上げられた爪先を見るだけでも気分が違う。  治したばかりの歯は一生懸命磨くように、ケアされた手先もなるべく大事にしたい。手洗いのたびに友人からのもらい物である高級なハンドクリームをせっせと塗り込んでいたら、当然だがチューブがだいぶ細くなってきた。似たようなブランドを買ってこようかなと思案していた矢先、

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        • 小道具掌編集
          9本

        記事

          「あったかグッズ」(小道具掌編集)

           寝室から廊下に出て一直線にキッチン兼リビングへ向かうのが本来の動線だが、冬の間に限って彩香は戸を開け閉めする手間をかけても和室を経由してリビングに出る。廊下のフローリングに比べ、和室の畳の方が足の裏に伝わる冷感が少ないからだ。彩香はそれほど寒がりである。  比べて、誠司はどちらかといえば冬の寒さより夏の暑さの方に辟易とする。気温の低い日も室内ではコットンシャツ一枚で過ごしては、薄着、と彩香に睨まれている。  確かに、誠司には寒がりの気持ちはわからない。あたためてあげようかと

          「あったかグッズ」(小道具掌編集)

          「バニラアイス」(小道具掌編集)

           気楽な居酒屋に、同じ大学出身での集まりだった。料理が一通りふるまわれ、酒もあらかた回り、最初の席順もめいめい好きにばらける頃合い。  いったんトイレに立った誠司が戻り、座って一人ぬるいビールを舐めていると。 「誠司くん、相変わらずお酒弱いのねえ」  すぐ隣に自然な仕草で移動してきた女性は、控えめな化粧でも華やかさの伝わる顔立ちに笑みを浮かべて誠司に声をかけた。ビール二杯目で顔を赤らめていた誠司は、だねえ、とぽやぽやした返事をする。 「馨は何飲んでるの」 「レモンサワー」  

          「バニラアイス」(小道具掌編集)

          「ハンドクリーム」(小道具掌編集)

           彩香はトイレの後にロッカールームへ直行した。自分のロッカーから取り出した150グラム缶のミスト化粧水を顔に振りまき、洗ったばかりの手のひらで化粧の上から馴染ませる。霧状のうるおいに、少し気分が上向いた気がした。  ついで制服のポケットからリップクリームを取り出す。体温でぬくもって、唇になじみやすい。  最後に、ハンドクリームのチューブを取り出す。友人からのもらい物で、手指の保護にはじゅうぶん力を発揮してくれるものの、外国製でやや匂いが強いためデスクで使うのは遠慮している。

          「ハンドクリーム」(小道具掌編集)

          「ヨーグルト」(小道具掌編集)

           社会人になってからだ。小学校の時の給食に出てきたヨーグルトを、偶然にコンビニでも見かけたとき、彩香は不思議な気持ちになった。学習机。簡素な椅子。道具箱。あの箱庭の中にあるものは、そこでだけ完結するのだという思いこみがあった。  手にとって購入し、家に帰って食べてみると、記憶通りの懐かしい味。以来、ヨーグルトはなんとなくそればかり買っている。 「え、それだけ?」  朝食のダイニングテーブルで、彩香の手元を見た誠司が声を上げる。あたたかいカフェオレと、ヨーグルト。ゆうべも飲み

          「ヨーグルト」(小道具掌編集)

          「蒸しタオル」(小道具掌編集)

           休日の昼下がり、持ち帰り仕事をしている同居人に遠慮しいしいの家事がひと段落した。手をしっかり洗ったあと、ふと感じる皮膚のつっぱりに彩香は目を瞬かせる。そういえば、と両手を頬に当てて。  かさつく季節だけれど、スチーマーなどと上等なものはない。彩香は電子レンジで蒸しタオルを作った。手と手の間で投げ交わして、素肌に触れても平気な熱さまでなだめてから、上向けた顔に乗せる。呼吸しやすいように、鼻の部分は空けて。  濡れたタオルが冷めたら、同じことをもう一巡。これで基礎化粧品の浸透し

          「蒸しタオル」(小道具掌編集)