見出し画像

「虎に翼」の感想:凄く面白かったけど、「虎に翼」はインディペンデンスデイのエイリアンと戦うシーンを入れるべきだったのではないか。

近年まれにみる大傑作だから、今観てるエンタメを一時ほったらかしにしても、観たほうが良い」と言っていた人が有り、朝ドラ「虎に翼」を観てました。朝ドラを完走したのは初めてのこと。観始めたのは物語も中盤に差し掛かったところだったので、NHKオンデマンドにも入会して1話から観ました。

確かに本当に面白くて、観て良かったと思いましたよ。ほかの朝ドラを観たことが無いからいつもはどうなのかよく分からないのだけど、一人の女の子が更年期のおば……お姉さんになるまでの人生をじっくり観て行くというのは面白い経験だなと思います。大河ドラマの方はずっと観ていますが、似たような感じだと思いました。以下に思ったことを書いてみます。

(1)太平洋戦争が終わって主人公の寅子ちゃんが新聞で新しい憲法の内容を観る中盤が物語最大のヤマ場になる。そして後半は法曹の仕事に就いた寅子ちゃんがこれまで出会ってきた人たちの記憶と、新たに出会う人たちの影響を受けながら、様々な問題を解決していくという落ち着いた内容に変わっていく。
ネットで「後半、失速した」という評を見かけたが、同じような話の流れの作品として、綾瀬はるかが主演を務めた大河ドラマ「八重の桜」を思い出した。
「八重の桜」では前半に幕末の京都における動乱が描かれ、中盤の戊辰戦争では主人公の八重も女性でありながら銃を取り激しい戦闘に参加して、物語は最高潮を迎える。そして、戦後の明治の時代を描く後半では、新島襄の妻となる八重や会津藩の人々のその後の人生が前半・中盤とは少し抑えた形で描かれる。

(2)これは、「女の人生を描く物語」の一つの型なのかもしれない。多くの「男の人生を描く物語」は、戦争や大災害などのビッグイベントをクライマックスに持って行く形となるのだけど、現実の人間の人生というのは、戦争とか地震とかのビッグイベントの後も続いていく。女性の物語は、ビッグイベントはビッグイベントとしてありつつも、そういう「その後、生きていく姿」の方が描く価値や意味が有るのかもしれない(それが良いことか悪いことかは、ここでは一旦置く)。
個人的に「八重の桜」のような話の進め方をする物語をまた観たいな、と思っていたのでそういう点で「虎に翼」は良かった。

(3)さて、「虎に翼」に話を戻すと、このドラマは様々なマイノリティへの差別が描かれている。そして、その中でやはり女性差別と女性の権利獲得が大きなテーマとして設定されている。
注目しないといけないのは、女性差別を描く際、単純な「女VS男」という対立構造ではなく「女性を差別し自由に生きることを困難にするのは、時代と社会である」ということが描かれていることだろう。
私は登場人物の中で男装の弁護士よねさんが一番好きだったのだが、原爆裁判編の際、原告(原爆の被害者)の女性によねさんが言う「声を上げた女性にこの社会は容赦なく石を投げてくる」というセリフは、この作品の女性差別に関する考え方を端的に表していると思う。
石を投げてくるのは「男」ではなく「社会」。
この「社会」には老若男女、つまり、「老い」も「若い」も「男」も、そしてここが重要なポイントと私は思うのだが、「」も入っている。物語の最序盤、学問を志す少女寅子の最初の敵は父親や兄弟ではなく母親でしたよね。

(4)声を上げ、これまでとは違う何かを為そうとする女性やマイノリティたちを、その時代における社会の「構造」のようなものが差別していくことを「虎に翼」では描いている。そして、そんな時代と社会の中で、何かを為そうとする生き方は女性にとって「地獄」だと物語の序盤に寅子の母親は教え、ドラマの中でこの「地獄」は繰り返し述べられていく。

(5)物語の最後、初めて「地獄」のことを寅子に教えた母親の幻影に、寅子はそれでも最高の人生を過ごすことが出来たと笑顔で告げる。

ここで「地獄」であることは否定されない。これは誠実な態度だと思いました。だって、本当に「地獄」でしょうから。この辺りは、同じくマイノリティの味わう「地獄」を描いた是枝裕和監督の映画「怪物」のラストを観た時にも思ったのですが、現実に「地獄」で苦しみながらも生き続けている人たちがたくさんいるのだから、物語の上でとはいえ、安易なハッピーエンドで締めくくるべきではないと思います。

(6)それでも最後に、可愛くて、カッコよくて、それでも少し哀しい笑顔で「最高!」と言ってくれた寅子ちゃんを観ることが出来て、本当に良かったと思いました。

(7)……と、いう感じで称賛しかないのですが、ちょっとどうかな、と思った部分もあって、それは「男」の人の描写。これもフェミニズムの物語の型なのかな、と思うのですが、「優しくて頭の良くない男」しか出ないな、と。その他、「男」の描写が単純でイマイチだな、と感じました。

(8)「虎に翼」と少し離れますが、清水晶子さんという人が書いた「フェミニズムってなんですか?」というフェミニズムの歴史や考え方などについて、分かりやすく述べられた本が有り、とても勉強になったのですが、その本を読んだ後に思ったのは、男の人が全然出てこないということでした。

私はフェミニズムは「思想」というよりも、女性が今よりも生きやすい「社会」を作っていくためにどうすれば良いのかという「運動」という側面の方が強いのかな、と感じています。そして、上に描いた通り、社会は老若男女で出来ているので、「女性が今よりも生きやすい社会を作っていくために、男の人はどうすれば良いのか」ということも、語られても良いのではないかなと思っています。
私は「キャプテン・マーベル」を観た時に今後の世界で生きていくために、そして、単純にエンタメを楽しむためにフェミニズムについて知らないといけないなと思い、一時期、何冊か本を読んでいたのですが、やはりどの本でも「女性」がどうすべきかは描かれていても、「男性」はどうすべきかはあまり描かれていませんでした。せいぜい「自重せよ」という感じで。

(9)それで考えたのですが、やはりフェミニズムの運動にとって「男性」というのは「自分たちの権利を奪い、不当に抑圧する支配者」でしかないのかな、と。
言ってみれば、女性にとって男と言うのは、自分たちの国を占領した侵略者みたいな存在なのかな、と。侵略者をどう打倒するかが問題であって、侵略者の心情とか生き方を理解することにについては、あまり興味を持つ必要性を感じないのかな、と。

(10)これも型の一つではないかと考えるのですが、「実は弱い男」という描写にフェミニズム的な映画や本では時々出会います。「乱暴なことをして女性を抑圧するのは、実はその人の心の弱さが原因なのではないか」という考え方で作られたキャラクターですが、男の私としてはイマイチ共感が出来ません。

(11)私が読んだ、とある別の物語では「性犯罪をしてしまう男性は心が弱いからだ」という考えで作られたキャラクターがいました。私は心の底から「いや、そうじゃないだろ」と思ってしまいました。

自分の心地よさの為の言動や行動が、相手にとってどんな影響を及ぼすかを考えられないという無神経、優しさの無さが差別や犯罪そして性犯罪を産むのであって、人の心の強弱にその原因は求められないのではないかと思います。

心が弱くても、強くても人は差別をするし抑圧をする、と私は考えています。

(12)むしろ、差別をする人の中でも「強い人」というのが、差別のある社会を作ってきたのではないかと考えます。相手の事を考えられないのではなく、「考えなくても良い」「無視して良い」と思えるような「強い心」を持った男の人達が女性を差別する今の社会をけん引していたのではないかな、と。

(13)「虎に翼」では「弱くて優しくて女性の生き方のことを考えている男性」しか出てこなかったかな、と考えます。芯を持った強い男達は出てくるのですが、どこか抜けていているというか…。それはリアリティをもたらしてはいるのですが、そんな「弱くて女の人に優しい男の人」だけを描くことで良いのかな、と思ってしまいました。

(14)だって、居るでしょ、強い男の人。実際に。
強いというか、「(女性を含む)他人の痛みを考えて共感できる人」、男の人で少ないでしょ。そして、男の人達、これまでの歴史で、無茶苦茶な暴力や乱暴な考え方で、女性を抑圧してきたでしょ。(8)で女性にとって、男性は侵略者ということを書きましたが、圧倒的に相手に対する共感力が無い暴力的な侵略者、要は「インディペンデンスデイ」に出てくるエイリアンみたいな男は(残念ながら)現にいます。そういうのとの戦いを描く必要は無かったのかな、と思います。

(15)「虎に翼」の女性差別に対する考え方は「女性を差別し自由に生きることを困難にするのは、時代と社会である」であって、単純な「女VS男」という描写は避けられているということは上記(3)で書いた通りです。
なので、意図的に強い男性を描くことも、闘争を描くことも避けられているのであり、それはそれで良いと思います。
しかし、そうすると現実の世界で「強い(乱暴な)男」に権利を踏みにじられ、歯を食いしばって戦っている女性たちを蔑ろにすることにならないのかな、と思ってしまいました。

(16)寅子たちが大学に入った時に女性を見下していた男子同級生も、結局、弱いということになってしまったし、新潟編で高橋克実さんと田口浩正さんのコンビが出てきたときは、お、これはそういう乱暴な男が出てくるのかな、と思いましたが、そうはならず…。

(17)そして、ちょっと残念だったのは終盤の尊属殺のモデルとなった事件や裁判があまり語られなかったことかと思います。
私は別件で本で読んだだけですが、尊属殺編の元ネタになった事件、自分の娘に乱暴を続けて抵抗されて殺された父親はとても弱いとは思えなかったし、ドラマではあっさりと書かれていた高等裁判所で地裁の判決が覆るところとかは、正直、どうして法曹というとても頭の良い人たちが、こんな乱暴な女性差別が出来るのか理解が出来ませんでした。
尊属殺の裁判をよねさんと轟くんが担当することになって、その辺りの闘争が描かれるのかなと思いましたが、描かれなかったのは残念でした。よねさん、最後はとてもかっこよかったけど、本当はもっと暴れて欲しかったのです。よねさん、絶対、高裁の裁判でブチギレしてたはず…。

(18)上記(7)から書いてきた「虎に翼」の不満点は、強い男たちを出してその男たちとの闘争をもっとハッキリと描くべきではなかったのか、つまり、「虎に翼」は「もっとインディペンデンスデイのエイリアンと戦うシーンを入れればよかったのに」ということです(つまり、になってねぇ…)。朝っぱらから「エイリアン」と戦うような激しいシーンなんか観たくないし、「弱い男」というものが女性にとって、受け入れやすいものなのかもしれませんが、そうであるなら、朝ドラという形式では尊属殺の被害者の女性のような「強い男」に乱暴に抑圧される女性やマイノリティの物語を描くことが出来ないということになってしまいます。私は「虎に翼」は透明化された人々を描き、差別の複雑さを長い話数をかけて見事に描いていると心の底から思っていますが、そういう点で、男性の描き方と対峙の仕方についてはあまり納得できませんでした。

(19)ただ、上記の通り、この「乱暴で強い男が描かれない」というのは「虎に翼」に限らずフェミニズム的な物語が描かれる際の、共通の問題点ではないかといくつかの物語に接して私は予想しています。その原因についてはよく分からないのですが、今後もフェミニズムがテーマの作品を観る時は「男の描き方」に着目していきたいと思います。

(20)フェミニズム運動やLGBTの権利獲得をテーマにした物語はますます増えていっていますので、私たちはいつかエイリアンとの戦いを朝ドラや大学ドラマで観ることが出来るのでしょう。そんなことを考えながら、今後は朝ドラも観ていこうかな、と思っています。NHKオンデマンドも入会したしね。

(21)あと、少し付け加えるなら、「戦前からの差別構造は今も続いている」ということを「虎に翼」は描いている訳ではなくて、「現代の問題を過去の史実から拾い上げるように示しているだけ」と私は考えているということを念の為、表明しておきたいと思います。差別は時代と社会が作るものだから、我々にとっては常識のことも、当時の人にとっては「はて?」かもしれません。

(22)不満点について色々書いてしまいましたが、「虎に翼」は本当に見事な物語で、「全部観て本当に良かった」という「エンタメの感想」として、最上級の評価をすることが出来ました。観ていない人は再放送などで是非観て欲しいですし、もうこの機会にNHKオンデマンドに入って、全話観て欲しいと思います。

では、読んでいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?