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自分の本音と向き合って見えたこと

私は、自分の感情を即座に言葉で表現するのがニガテである
だからなのか、それっぽい言葉や相手が喜びそうな言動をとることが多い

それ以上に問題なのが、自分の気持ちがわからないことである
HSPで敏感なはずなのに、自分の気持ちには鈍感なのである

気づいたら、「しんどい」と「まだいける」を両輪にして、ガタガタしながら走っていることが多い

年末年始に体調を崩してしまった反省も踏まえて、自分が本当はどうしたかったか/どうしたいかを整理しようと思う


合わないやつのために車出したり時間を使わなくても良かった

最初に言っておくが、研究室のメンバーは別に性格が悪いわけではない
ただ、私とは相いれなかっただけだ

大学時代、実家みたいなラボでぬくぬくと育った私にとって、大学院の研究室は極寒地であった

それなのに、私は仲良くなろうとして、教授からの誘いは基本断らず、同期とは距離を縮めるためにご飯を食べにいったりしていた

動いてみたけど何も変わらなかったし、むしろ教授と同期が勝手にピリついたので、本当に早く関わりを断ちたい

今考えると、風通しをよくしようと考えたり動いたりする時間・エネルギーをライティングや文献読み、その他やりたいことに回せばよかった

あの時の車のガソリン代と時間、戻ってこないかな

「休みたいなぁ」は本当に休んだ方がいい

ただの怠けだと思っていたけど、「休みたい」と思った時点で自分が思うより1.5倍以上疲れているんだなと思う

まだ言葉として出てくる時に休んでおけばギリギリセーフで、「俺はまだまだやれる」と下手に続けてしまうと、自律神経が狂ってしんどくなる

元気だからこそ、タスクも遊びもできるんだなと痛感した


タスクの細分化なんかせんでいい

計画下手なのに、作業分解して割り振っていこうとしていた
すると、余計に、やりたくなくなった

出会う先々で、「逆算思考」「バックキャスティング」という考え方を教えられてきたのだが、そもそも計画する段階で思考が散らばって収集がつかなくなるし、もっと言うなら「計画とかしたくねぇ」という人間なのである

私には、「これぐらいなら大体〇日で終わるから、△日前から始めよう」ぐらいの大雑把さがちょうどいい


本当はお菓子やジャンクフードじゃなくて刺身か肉が食いたい

ついつい、目の前のお菓子に手が伸びてしまう
そして食べてもあまり満たされないことが多い

でも、この前、肉のおかずを少し多めに食べてみたらお菓子の量が減ったのである

普段、少しでも安くなるように買い出しするせいでたんぱく源を控えがちなので、大好きな魚とかもう少し買って、気分を満たせるようにしたいと思う


駄文でも文章を作り続けたい

「物書きで食うのは自分には難しいだろう」
「うまく書けないのなら書く意味なんてないだろう」

自信のなさや他人との比較、「あまり実家に頼らず食っていきたい」という意地が、文章に向き合うことを邪魔してきた

でも、思えば昔から、自分が考えもつかない物語を考える小説家、自然や社会の現象を面白おかしく書ける研究者や作家に憧れてきた

それに、少しでも自分が関わった記事や情報が、誰かが何かを考える種になったり、誰かの好奇心を育てるきっかけになるのが嬉しいのである

現実問題、書くことで食うのは厳しい
けれど、たとえお金にならなくても、思考し伝える手段として文章を綴り続けたい


フルタイムで働きたくない

働きたくないけど、周囲に同化しようとして、就活みたいなものをしてきた
けれど、文章を書く・本気で生活を整える・社会や自然現象を見つめるというライフワークに向き合うエネルギーまでも、賃労働に吸い取られたくはない

時間もエネルギーも有限である上に、その容量は人によって違う
今までの経験上、私は平均よりも少ない可能性が高いので、慎重に時間・エネルギーの使い方を考えないといけない

一度、週5でインターンに参加した際、3日目から朝ごはんは泣きながら食べて出勤していた

「大学院まで出てフリーターなんて許さない」

かつて正論を振りかざされたこともあったが、我々人間も生物であり、それぞれの生存戦略というものがあっていいと思う


おわりに:常に本音を優先して生きづらさを軽減していきたい

たとえ、世間の常識に反しようが、どう言われようが、「イヤなものはイヤ」を可能な限り貫き通していけば、気づいたら息苦しさがなくなっていればいいなと思う

では、また

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