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「定年前と定年後の働き方」

「定年前と定年後の働き方」(石川恒貴 光文社新書)

越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等を研究し、社会人大学院の教授である著者による、定年前と定年後を継続して働き続けるための本。
やや学術的で硬い内容のところもあるが、「ある類型の年齢や性別の集団を、一括りでこういうものだと決めつけ」(6ページ)ることの危険性を指摘したり、「(仕事中心の価値観である)マッチョイムズへの囚われ」(63ページ)を問題視したり、確かにそうだよなと感じる内容が多かった。自分にとって面白かったのは6章「シニア労働者の働き方の選択肢」で、以前出版された関連書である「定年後」や「ほんとうの定年後」について言及して、その足りない部分を指摘したりしていた。

60歳以上を新規雇用する会社の取り組みや、プロボノや地域の市民活動の紹介や、越境的学習など、広範な内容を扱っており、定年後の仕事についていろいろ考えるヒントを与えてくれる一冊だと思った。

 しかしそういった集団的な決めつけは、大事なものを見過ごしてしまうだろう。むしろ研究で明らかになっているシニアの働き方を幸福感と結びつける思考法は、個人それぞれ異なった特徴を発揮することにある。シニアを一括りの集団とみなさず、個人の違いにこそ注目する。そうした思考法の違いによってこそ、シニアの幸福な働き方は実現していく。(6ページ)

 恐ろしいことに日本の調査では、加齢に関する否定的なステレオタイプをもつこと、つまりシニアに対するエイジズムをもつ者は、短命化が予測されていたという。つまり若い時にシニアに対する偏見をもつと、自身がシニアになった時に内面化された年齢ステレオタイプが自分に影響を与えてしまい、寿命にも悪影響を与えてしまうのだ。因果応報といえばそうだが、なんとも悲しい結末である。(21ページ)

 若者を一括りにした偏見も、年齢を基にした偏見であり、エイジズムであることには変わりない。そしてシニアの場合は、どう考えても差別的としか思えない「シニア男性の働き方を揶揄する呼び方」がWEB上に溢れている(本書では、その呼び方を記載することは避けたい)。筆者があるメディアの人にお聞きしたところ、その呼び方をWEB記事に使うとPV(ページビュー)を稼げるので、今までは積極的に使ってきたそうだ。しかし最近、これは差別用語だという認識に変わり、そのメディアの企業では一切使わないことになったという。
 特定の年代・性別などの対象層の特徴を一律に決めつける呼び方を繰り返し聞かされた人々は、それが客観的な事実だと知らず知らずに刷り込まれてしまう可能性があるだろう。そうなるとアンコンシャス・バイアスにつながってしまう。(24-25ページ)
(注:おそらくは「老害」とか、その手の呼び方だろうと推測される)

 アンコンシャス・バイアスのような思い込みが自分に影響を与えてしまう現象は、自己成就予言と呼ばれる。自己成就予言は社会学者のロバート・K・マートンらが中心的な提唱者として知られている。自分はそうなってしまうと考えて行動していると、本当にそうなってしまう、ということを意味する。(25ページ)

 近年では幸福への注目が集まっているが、一般的には、ハピネス(happiness)、サティスファクション(satisfaction)、ウェルビーイング(well-being)、エウダイモニア(eudaimonia)という4つの言葉で使い分けられている。実は幸福にはこうした異なった考え方があり、それを考慮して測定する必要がある。(33ページ)

 ここで本書の結論を先取りすると、エウダイモニア(観照的生活、人生における意義や目的を考えて生きること)の実現こそが、シニアの働き方思考法なのである。(36ページ)

 前に述べたとおり、メディアはシニアの働き方を悲観的に捉えることが多い。役職定年や定年再雇用などをきっかけにモチベーションが低下する、と捉えることもある。そして「シニア男性の働き方を揶揄する呼び方」をすることもある。
 しかしこうした悲観的な捉え方は、幸福感と仕事への熱意の調査を見る限り、あてはまっていなかった。むしろシニアの働き方への悲観的な捉え方は、神話の類だったのかもしれない。(48ページ)

 他方、SST(社会情動的選択性理論、個人が残された自分の生涯をどのように捉えているかの時間展望)ではシニアは自分の生涯に短い展望を持っていると考える。それは、シニアが自らの人生の有限性を明確に意識していることを意味する。そうなるとシニアは、若手とは異なり、より限定的な人々との交流を重視する。具体的には、自分にとって親密で、意義があると考える人々とだけ交流する傾向が強くなるのだ。おそらくその場合、シニアは若者に比べて、人々との交流でストレスを感じることは少なくなる。(58ページ)

 SOC(選択最適化補償)理論の枠組み:喪失に基づく選択、注意の焦点化、他者の助けを得る (69ページ)

 つまり、一言でいえばジョブ・クラフティングとは、個人が主体的に職務を再創造することを意味する。(83ページ)

 筆者としては、「目の前のことだけをする」は、ジョブ・クラフティングにも幸福感にもつながりにくいと思う。それに対して、「収入」「自己の成長と専門性の追求」「全体性」は3つとも幸福感につながる要素だろう。だから3つとも存在することが理想的だと考える。そのうえで、特に「自己の成長と専門性の追求」と「全体性」の両方が結びつくことは、ジョブ・クラフティングの実現に必要だと考える。(97ページ)

 筆者は企業で、シニア社員を対象に、「情熱・動機・強み」を洗い出すワークをやることがある。その際、企業側の事務局が、このワークに懐疑的なことがある。実際、筆者は企業側の事務局から「うちの社員に、仕事上の情熱を聞いても、何も答えられないと思いますよ」と言われたことがある。筆者は驚き「なぜそう思うのですか」と尋ねた。その答えは、「だって、今まで、皆、やれと言われたことをまじめにやってきたのだから」というものだった。(105ページ)

 組織側のシニアへのエイジズムの悪影響を端的に示す例が、たそがれ研修だ。たそがれ研修とは、主に50代の社員に向けて、今後のキャリアを考えてもらうために組織が実施する研修の通称である。組織側はキャリア研修という名称で実施するのだが、研修の通知を受け取った社員は「とうとう自分にも、たそがれ研修の通知がきた」と嘆息するという噂が流布している。
 たそがれ研修に関しては、組織側が良からぬ意図をもって実施するわけではないと思われる。むしろ組織としては、今後のシニアの参考にしてもらおうと、良かれと思って実施することが多いのではないか。しかしそこに、組織側の無意識のエイジズム(アンコンシャス・バイアス)が絡むと、意図と異なる悪影響が生じてしまう。(116ページ)

 前川製作所は食品工場のエンジニアリングをはじめ、高度な機器の製造・販売を行う企業である。そのため、長年の経験を有する社員は貴重な存在だったのだろう。2013年に高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの希望者の雇用が義務化される以前から、実質的に定年制はなかったという。ただし当時、無制限に60代以降の雇用が認められていたわけではない。前川製作所が発行する「プラチナニュース」(第14号、2017年)では「①健康であること②やりたいことが明確であること③それを周囲が受け入れていること」という定年後も働き続ける3条件が示されている。(131ページ)

 シニアの雇用について、今まで述べてきた仕組みとは異なる発想で、60歳からの新規採用を行っている企業がある。岐阜県を拠点とする加藤製作所とサラダコスモである。(135ページ)

 この「ほんとうの定年後」の主張に対して、読者の反応として多かったものは、ほっとした、安心した、ということのようだ。(中略)小さな仕事で幸福感が得られることに希望を見出して安心できるのかもしれない。
 定年後の仕事のあり方が小さな仕事でも大丈夫となれば、現職継続、転職、起業という3種類の選択肢が多様化する。(中略)しかし小さな仕事であれば、時間や場所に縛られない柔軟な就業形態が可能である。そこで、本書ではフリーランスという第4の選択肢を付け加えたい。(154-155ページ)

 他方、リモート性も裁量性も高い分類のギグワークも存在する。いわゆる、スキルシェアサービスである。スキルシェアサービスには、スポットコンサルティング(たとえばビザスク)、得意なスキルのシェア(たとえばココナラ)、講師スキルのシェア(たとえばストアカ)などがある。(165ページ)

 他方、副業者個人側も、いきなり大きな成果は求めずに、小さい成果を目指すという姿勢をとる。そのうえで、経営者より現場を重視する考えを持ち、中堅・中小企業の現場の社員との交流を密にする。また企画書の作成などの「頭」を重視するより、自らが手足を動かして現場の業務遂行に取り組んでいく。(173-174ページ)

 ところで、ここで小さな仕事とは何か、その範囲について筆者の考えを述べておきたい。「ほんとうの定年後」の実態の分析は適確で、シニアにとっては小さな仕事が有力な選択肢であることに、筆者も異存はない。しかし同書が、小さな仕事とは主にノンデスクワークであり、現場仕事であると、狭く捉えていることには賛成できない。小さな仕事を狭く捉えすぎているため、同書では、シニアは役職こだわらないようになるだけなく(注:原文のまま)、高い専門性にこだわらないようにすべきだとしている。
 筆者は、シニアが役職にこだわらず、プレーヤーとしての第一線の仕事を重視することには賛成である。しかし専門性にはこだわってもいいと思っている。ここまで述べたように、シニアの蓄積した豊富な経験とスキルを棚卸すること、専門性を向上させていくことが、ギグワークやモザイク型就労にうまく対応できる鍵になるのだ。(179-180ページ)

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