「無料より安いものもある:お金の行動経済学」

「無料より安いものもある:お金の行動経済学」(ダン・アリエリー ジェフ・クライスラー 櫻井祐子 早川書房)
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「予想どおりに不合理」などの著者による、お金に関する行動経済学の本。非常に面白かった。それと同時に、お金に関して(自分も含めて)しばしば不合理な判断をしてしまうことについて、驚きも感じた。
序章で、この本は金融リテラシーを高めたりはせず、お金についてどんなまちがいを犯しやすいのか、またなぜそういうまちがいをしてしまうのかについて考えたいと述べている。
第1章から第3章が、第I部「お金とはなんだろう?」となっている。第1章「それに賭けてはいけない」は、カジノでは気前よくチップを賭けるが、カフェの数ドルは節約するなどのエピソードを紹介して、我々が犯しがちな心理的誤りについて述べている。キーワードとして娯楽費と生活費を仕訳している「心の会計」、無料の駐車場やドリンクに釣られる「無料の代償」、現実感のないカラフルなチップに無頓着になる「出費の痛み」、カジノ代総額に比べてチップがはした金に思える「相対性」、カジノでの光や音がもたらす「期待」、未来の貯えのために目先の誘惑を断ち切るのが困難な「自制」をあげている。
第2章「チャンスはドアを叩く」は、お金の特徴として汎用性、分割可能性、代替可能性、貯蔵可能性をあげ、公共財として重要で役に立つが、あることにお金を使うことで他のどんなことを諦めなくてはいけないか(機会費用)を考える必要があり、そのためにお金に関する決定は複雑になると述べている。
第3章「ある価値提案」は、製品・サービスに払ってもいいと思う金額である「価値」とは必ずしも関係ない方法でものごとの価値を評価しがちであると述べている。

以下第4章から第13章までが、第II部「価値とほとんど無関係な方法で価値を評価する」となっている。第4章「すべてが相対的であることを忘れる」は、割高に設定した定価を値引きして適正価格にするという(よくあるが不当な)慣行を廃止した百貨店JCペニーに対して得意客が反発し、売り上げが減ってCEOが更迭され、結局元の慣行に戻ったエピソードを紹介している。我々はモノやサービスの価値をそれ単体では測れないことが多く、割高な定価との相対性によって価値を測ろうとすると述べている。他にも数百万の車につける数万のオプションははした金に感じられやすいことや、高額商品の20ドルの割引より、低額商品の20ドルの割引の方がおトクと感じやすいことなどを紹介し、論理的な選択ではないが、多くの人は簡単な選択を好むとしている。(本来は相対的な割合でなく実際の金額を考えるべき)
第5章「分類する」は、多くの人が「心の会計」として家計の出費を「食費」「娯楽費」「医療費」などの費目に分けて会計処理をしがちであり、それぞれの費目が足りなくなっても補充せず、逆に余っていたら気前よく使ってしまうとしている。これは合理的ではないが、ありとあらゆる機会費用を考えなくても済むという点で実際的な方法であると述べている。心の会計を建設的に利用する方法として、「嗜好品」のように大まかな分類にいくら使うかを決めておくことと述べている。
第6章「痛みを避ける」は、ハネムーンの費用を前払いにしたカップルと後払いにしたカップルのエピソードを紹介し、何事も終わりが肝心であり、我々は出費の痛みを回避しがちであるとしている。ただ、出費の痛みを避けるためにとる方法が、長い目で見ればさらに厄介な問題を招きがちであるとして、出費と消費の時間差を大きくし、出費への注目を減らす苦痛回避としてクレジットカードや自動引き落としなどについて述べている。さらには出費の痛みと消費の痛みについての筆者らによる被験者実験の話や、定額使い放題や無料の選択肢の魔力、クレジットカードによって金払いが良くなり、軽率な支払いをしがちであることを述べている。
第7章「自分を信頼する」は、家の売却希望価格が高いほど、その価格査定も高くなりがちなことを述べ、本来何の関係もない数値によるアンカリングによって影響を受けることが多いことを述べている。他に価値判断を惑わすものとして、群衆と同じ行動をとるハーディングや、過去の自分の決定が基準になる自己ハーディング、自分の過去の決定を肯定するような方法で新しい決定を下す確証バイアスなどについて述べている。事前に書きとめた社会保障番号の下二桁が価格判断に影響を与えるという実験には驚いた。そのようなランダムなアンカーに影響されていたとしても、理由なき一貫性と呼ばれるプロセスによってその後の別の価格判断のアンカーになるとも述べている。
第8章「所有物を過大評価する」は、所有者は授かり効果により、買い手よりも高く価格設定をしがちであり、それがお試し期間や試供品につながることを述べている。またその逆の損失回避のために、客観的に見る能力が脅かされがちであるとしている。「あなたは現在の収入の80%で生活できますか」と「あなたは現在の収入の20%を失っても生活できますか」では、後者は損失の痛みに関心が集中するため、前者に対してイエスと答える割合が高いとのこと。また終末期医療において「生存率は20%です」と「死亡率は80%です」では、ポジティブな側面が強調される前者の方が、医療的処置を
選ぶ人がずっと多くなるとの話には、やや恐怖を感じた。
第9章「公正さと労力にこだわる」は、すぐに終わる鍵交換と、時間がかかる鍵交換のエピソードから、公正さが価値認識に影響を及ぼしていることを述べている。ドアが開くということの価値よりも、鍵交換のための労力が重要となりがちである。
第10章「言葉と儀式の魔力に惑わされる」は、同じ食べ物でも材料についての情報や蘊蓄が加わると支払い意志額が高くなることや、ワインのテイスティングなどの儀式によって食べ物の価値が高まることを述べている。
第11章「期待を過大評価する」は、ブランドや評判が価値判断に影響を与えるとしている。
第12章「自制を失う」は、遠い未来への貯蓄よりも目先の誘惑の方が強くなりがちであるとしている。
第13章「お金を重視し過ぎる」は、ソファーや心臓手術などで、安物より高いものを価値があると考えがちであることを述べ、価格と価値判断について述べている。

以下第14章から第18章までが、第III部「さてどうする?思考のあやまちを乗り越える」となっている。第14章「考えるだけでなく行動で示す」は、今までの第4章から第13章までに対して具体的にどうすべきかについて述べている。
第15章「無料のアドバイス」は、無料のアドバイスはないという1ページの章である。
第16章「自制せよ」は、年金の貯えや病気の予防など、将来のために今の誘惑に打ち勝つことについて述べている。
第17章『「彼ら」との闘い』は、情報や選択肢が増えると間違えを犯しやすくなることや、シンプルなコインの存在が貯蓄のインセンティブを高めることなどについて述べている。
第18章「立ち止まって考える」は、我々は多くの決定を迫られており、ときどきは立ち止まって考えるのがいいとしている。

特にクレジットカード払いによる出費の痛みの軽減や、ポジティブな面に注目することで医療処置の決断が変わってくる話などは、面白いを通り越して少々怖い感じもした。本の内容とは関係ないが、文庫本の定価が千円を超えていることにも少々驚いた。

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