「世界一流エンジニアの思考法」
「世界一流エンジニアの思考法」(牛尾剛 文藝春秋)
米マイクロソフトエンジニアの著者による、一流エンジニアの仕事術や行動様式についての本。非常に示唆に富んでいて、考えさせられる内容だった。試行錯誤は「悪」である(24ページ)や、「Be Lazy」というマインドセット(58ページ)など、日本流の頑張りとは真逆のやり方で成果を出しているのは驚きであり、今までの自分の心構えをいろいろ再検討しなくてはいけないと思った。
「理解に時間をかける」を実践する
そもそも学習における「理解」とはなんだろう。様々なレイヤーがあるが、私の考える<理解の3要素>とは次のようなものだ。
・その構造をつかんで、人に説明できること。
・いつでもどこでも即座に取り出して使えること。
・知見を踏まえて応用がきくこと。(29-30ページ)
「Be Lazy」(怠惰であれ)---これはクロスカルチャーの専門家ロッシェル・カップさんとディスカッションしたさいに、最新の技術をもっともうまく導入するために個人とチームに必要な思考の習慣として第一に上がったものだ。これは、アジャイル、スクラム開発の世界でも頻繁に言われている非常に重要なポイントだが、端的にいうと「より少ない時間で価値を最大化するという考え方」だ。できるだけ最小の労力で楽をする方法を探ろうというマインドセットだ。
Be Lazyを達成するための習慣は、次の通りだ。
・望んでいる結果を達成するために、最低限の努力をする。
・不必要なものや付加価値のない仕事(過剰準備含む)をなくす。
・簡潔さを目指す。
・優先順位をつける。
・時間や費やした努力より、アウトプットと生産性に重点を置く。
・長時間労働しないように推奨する。
・会議は会議の時間内で効率的かつ生産的に価値を提供する。
(58-59ページ)
プロジェクトにかかわる人全員で、本当に必要な機能は何か、不要な機能は何かを見極め、プロセスの改善を実施していかに「楽」をしてより高い価値を生み出せるかをディスカッションする必要がある。では、その手順を具体的に見ていこう。
一つだけピックアップする
(中略)時間を固定して、できることを最大化する
(中略)「準備」「持ち帰り」をやめてその場で解決する
(中略)物理的にやることを減らす
(中略)
(64-68ページ)
リスクや間違いを快く受け入れる
生産性を加速するうえで重要な第二のマインドセットとして、「リスクや間違いを快く受け入れる」というのを挙げたい。リスクとの向き合い方は、我々日本人にとってかなり難易度の高いものかもしれない。リスクを受け入れるとは、欧米のビジネスシーンにおいて次のことを意味する。
・間違いを厳しく批判したり懲罰したりしない。
・失敗から学ぶ態度。
・Fail Fast(早く失敗する)。
・実験が推奨されている。
・全員に「現状維持」や「標準」を要求せず、臨機応変が推奨される。
・非難や恐怖感のない環境。
(69-70ページ)
失敗を受け入れる具体的な実践法
「フィードバック」を歓迎するムードをつくる
(中略)「検討」をやめて「検証」する
(中略)「早く失敗」できるように考える
(中略)
(75-78ページ)
強調しておきたいのは、「計画の変更」は悪ではない。現実をみて、フィードバックを受けて納期や仕様が変わっていくのはむしろ「善」ということだ。日本人はそうした変更を管理能力のなさと決めつけたり、責任を問う空気が強いが、それは逆につくり出すものを凡庸にし、生産性を下げ、働く人々のモチベーションを下げる要因ともなっている。(92ページ)
本章では「Be Lazy」にはじまり、「リスクや間違いを快く受け入れる」「不確実性を受け入れる」というマインドセットの三原則について扱ってきた。総じて言えるのは、より少ない時間で価値を最大化できている集団ほど、会社内で「すべきこと」が圧倒的に少ないということ。インターナショナルチームではやるべき仕事はKPIの達成だけであり、それも、無理なものが設定されているわけではなく、やり方は自由で細かい指示はなく各人の裁量に任されている。(94ページ)
重要なことは、自分がしんどいと思う「努力」は一切やめてしまうこと。自分が「楽しくなくて、苦しい」と思うときは、「無理」があるサインだ。自分のレベルに合ってないことをやっても上達しない。(104ページ)
・どんなすごい人でも、時間がかかることはかかる。焦らずに時間をかける。
・30分から1時間を割り当てたら、そのこと「のみ」に取り組む。すぐに終わらないものは、人に問い合わせるなど、物事を進めておいて、待ち状態にして、次のタスクに進む。
・一つのことをやっているときは、他のことは一切せず集中する。
・一つのタスクを中断する場合、次に再開するときに、すぐにその状態に戻れるように記録したり、整理しておいたりする。
・タスクの残骸は消しておく---例えばブラウザのタブや、そのタスクが終わったら閉じて、必要なものは記録する(そうしないと、気移りしてしまう)。
つまり、「マルチタスク」はどんな人にとっても生産性が悪いので、「マルチタスク」をしないことが解なのだ。
(109ページ)
「書く」すすめ
人に説明可能な状態にもっていく訓練として最良の手段の一つは、ブログを書いてみることだ。(118ページ)
ミーティングの議事をその場で書かない。
人の話を聞くときは、他の人に説明することを想定して、聞きながら頭の中で整理する。
文章を書き出して考えるのではなく、頭の中で考えて、完全に整理し終えてから文章に書く。
(124ページ)
つまり、最初から全部説明せず、「情報量を減らす」コミュニケーションの仕方がすごく重要だったのだ。
それを知ってからは、会話の中で情報を盛り込み過ぎないように十分気を使うようになった。(134ページ)
相手が求めている情報への感度を研ぎ澄ます
「相手が本当に欲しい情報は何か?」---これを普段から意識しておくことが、生産性を抜本的に向上させる鍵となる。(138ページ)
自分にとって理解しがたい相手の意見や振る舞いも尊重して、受け入れる。正しいか間違っているかのジャッジではなく、「異なる視点から自分の考えや知識を深めることができて、楽しいよね!」という感覚を育みたい。(158ページ)
図13 ディスカッションのコツ
・間違えたら恥ずかしいと思わない
・初心者こそ遠慮なく参加する
・相手のことを理解して、尊重する
・切り出し方は「自分の意見では~」
・感謝の気持ちを忘れない
・楽しんだもの勝ち
(161ページ)
そんな辛い思いをしないとプロフェッショナルになれないのかとずっと疑問に思っていたが、アメリカではみんな「ハッピーかどうか?」が重要であって、仕事で「辛さに耐える」という発想が全くない。
前提として、みんな「自分」が一番大切で、自分の幸せを第一に考えている。自分が「自分以外のもの」になることは期待されない。そして、自分だけでなく他人も幸せで、「自分らしくいられること」が重視されている。自他ともにハッピーでいるために生きているのであって、仕事が辛くて心身を病んでしまっては意味がない。(184ページ)
「生産性を上げるためには学習だよ。だから、僕は仕事を定時くらいで切り上げる。その後で、自分のやりたいトピックを勉強したり試したりする。ずっと仕事していると疲れるし、たとえ同じプログラミングでも、仕事と切り離したものはリラックスしてできるよね」(208ページ)
「脳の酷使をやめる」三つの工夫
瞑想をする(マインドフルネス)。
ディスプレイから意識的に離れる。
しっかり睡眠時間をとる。
(212-213ページ)
考えが変わった一つのきっかけは、「Time off」(John Fitch & Max Frenzel著)という本との出合いだった。要点を簡潔にまとめると以下の通りだ。
・水泳をするときに、息継ぎせずに泳ぐことはできない。
・発想のブレークスルーは、その仕事をしていないときに発生する。
・一日に一つのことに集中できるのは4時間。4時間過ぎて疲れたら、単に休むのではなく、違うことをするのが良い。
・休息する(Take a rest)のは、何もしないことではなく、いつもと違うことをするのが重要。
(217-218ページ)
ハーバード大学のショーン・エイカー著「幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論」(徳間書店)に書かれていた「幸せを感じるから成功するのであって、成功したら幸せになるわけではない」という研究結果は大きなヒントとなった。(219ページ)
これには「あなたの1日を3時間増やす「超整理術」」(角川フォレスタ)という本が役立った。「成果を出す人というのは、あらゆる点で整理が行き届いている」という指摘とともに「身の回りの整理」→「情報の整理」→「頭の中の整理」の流れで整理力を高める大切さが説かれていた。(224ページ)
サプリメントに関する個人的なおすすめは、もう直球でテストステロンブースターを飲むことだ。とくに私のように年齢のいっている人は習慣的に摂取するとよい(日本でも同種のものが売っている)。加齢にともなう様々な不調を一気に改善できる可能性が高い。(232ページ)
「仕事がもはや面白くなくなったら、そのときは何か新しくて挑戦的なものを探すだけだよ」(239ページ)
「いいトリックがあって、自分が何年も頑張ってきた分野のコンテキストで、どうしたらAIとアラインできるかを見つけ出して、そこから行くんだよ。それはたぶん、多くの分野でとてもインパクトがある。大勢の人たちにとって、たくさんの機会が存在するよ」(239ページ)
今回のChatGPT騒動で私が確信したポイントの一つは、時流に惑わされず「専門性」を追求する姿勢こそが一番強いのではないだろうか、ということだった。(245ページ)
もしも、ここに書かれた方法論の数々に「圧倒」されてしまった人がいるとしたら、最後にこれだけは伝えたい。本書の仕事術は、あれもこれもやるという足し算というよりは、むしろ「○○をやめる」---身を軽くすることに真髄がある。
「脳の酷使をやめる」「準備や持ち帰りをやめる」「マルチタスクをやめる」「情報の詰め込みすぎをやめる」「管理をやめる」「批判や否定をやめる」...。
そうやって仕事の枷となるものを一つひとつ荷下ろししていったときに、驚くほど脳にスペースが生まれ、心身は楽になって、仕事は飛躍する。(268-269ページ)