「秋本治の仕事術」
「秋本治の仕事術」(秋本治 集英社)
週刊少年ジャンプで「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、通称「こち亀」を一度の休載もせずに40年間連載し続けた漫画家の著者による、仕事術の本。漫画家というと、夜型の生活をしているのではないかと何となく思っていたが、この著者は「勤務時間は9時から19時までと定めていて」(64ページ)、普通のサラリーマン以上に時間にきちんとした生活をされている。65ページにはタイムカードの写真まで載っていて、このスケジュール管理が長期連載につながったのだろうなと感心した。月並みの感想だが、当たり前のことを当たり前にやれるのが、優れた人なのであろう。
だから僕は、誰でも漫画家になれるなんて思ってはいませんし、才能がない人に漫画家になれと勧めることもありません。本人がいくら努力しても、ダメなものはダメということも確実にあるわけですから。
もちろんこれは、ほかの仕事にもいえると思います。やりたい仕事のために一定の努力は必要ですが、実りがないのにいつまでもがんばり続けるのは、無駄なだけかもしれません。「これじゃなきゃいけないんだ」「これがダメだったらもう終わりだ」と意固地になっても、必ず報われるとは限らないのですから、とっとと見切りをつけて次に移るくらいのタフさが、人生には必要だと思います。
また、本来は才能があるのに、それをうまく生かし切れていない人もいます。僕は、自分の才能を生かすためには、客観的な他人の声にしっかりと耳を傾けるべきだと思っています。自分の才能は、本人がよくわかっていないことも多いのです。(34-35ページ)
勤務時間は9時から19時までと定めていて、昼と夕には食事のための休憩時間が1時間ずつ。残業はなるべく少なく、そして徹夜はしないという方針で勤務してもらっています。社員はきちんと休みを取り、タイムカードで出退勤管理をしているというのも驚かれるポイントです。こうした規則正しい勤務体制は、僕自身の理想的な働き方に合わせています。(64ページ)
モノをつくる仕事をしていれば、アウトプットだけではなく、当然、情報のインプットもしなければなりません。アウトプットばかりしていると、すぐにネタが涸れてしまいます。でも、忙しいとどうしてもインプットする時間は取りにくく、気がつくとひたすらアウトプットだけしているような状況になってしまいます。
それを避けるために、僕が使うのはラジオ。僕のマンガに描いていることは結構、ラジオから拾った情報が多いのです。(77ページ)
いくら話していても結論が出ない場合は、話をしているだけではネームは一歩も進みません。だから僕は、互いの意見を半々で反映させた折衷案をとにかく描いてみて、できたネームでもう一度判断してもらいます。
納得はできなくても、相手の意見を尊重してとりあえずネームを進める。
議論するなら、その後もう一度やる王が、ずっと建設的なのです。(85ページ)
そして身につけたのが、うまくいかずにイライラしはじめたら、そこからスッと立ち去るという方法でした。うまくいかないコマ、面倒なコマはとりあえず置いておいて、別のカット、特に描いていて楽しいコマにとりかかるのです。
それともうひとつ重要なことがあります。そもそもイライラが起きないように、常に時間的余裕を持っておくことです。僕の場合、必ず連載マンガのストックを持つようにしていましたから、どんなときも〆切が目前に迫って焦ることはありません。そうした時間的余裕があると、精神的余裕も生まれます。多少面倒くさいコマでもイライラすることなく、楽しく描けるのです。(98-99ページ)
モノをつくり、発信する仕事をしていると、評価とともに必ず批判がついて回るものです。僕のマンガも面白いといってくれる人がいる一方で、「つまらない」という人も必ずいます。
批判の声はシャットアウトした方がいいという人もいます。でも僕は、冷静に受け止められるのであれば、批判的意見を知るのもいいのではないかと思います。
僕が批判を冷静に受け止められるのは、そもそもそんなものだと思っているから。誰もが褒めてくれるような仕事なんて、絶対にできるわけがありません。
そして大事なことは、批判は無視することでしょう。「ここがダメだといわれたから、次からこうしよう。いや、ああしようかな?」とフラフラ迷うと、間違いなく作品はますますダメになってしまいます。
それより褒めてくれる人の声に応え、もっと喜んでもらうためにがんばろうと思った方が、ずっと建設的なのです。(104-106ページ)
何かをたくさん背負い込んだときは気持ちも昂っているので、無理に処理してもあまりいい結果につながらないことが多いものです。そんなときは、とにかく一旦荷物を降ろし、しばらく横に置いておくことです。
「後で片付ければいいや」というズボラさも、少しは持っていた方が生きやすいのではないかと思います。(122-123ページ)
今更な説明ですが、ネームというのはマンガの下書き、叩き台のようなものです。0から1を生み出すマンガの作業にとって、非常に重要な檀家ではありますが、この段階であまり正確にやろうとこだわりすぎるのもどうかと思います。(130ページ)
自発的な興味と遊び心こそが、出発点であり原動力である。
これはマンガ以外の仕事でも同じなのではないかと思います。(134ページ)
年齢を重ねることを悲しいと思う人もいるかもしれませんが、僕にとっては何も問題ではありません。なぜなら、若いころは若いなりの発想、中年になると中年なりの発想ができるからです。
発想力においてももちろん、若者の方が瞬発力に優れています。でも歳をとった人は、積み重ねてきた経験に裏打ちされた深い発想ができるはずなのです。
絵や文章に関しては、歳をとってきてからの方が洗練されたものをつくれるという感触もあります。(135ページ)
日曜日の夜、普通だと「あー、明日からまた会社かぁ」と思うものでしょうが、僕の場合は「明日からまた続きが描ける!」とワクワクしてくるのです。だから、ストレス発散にお酒の力を借りる必要はなかったのでしょう。(144ページ)
仕事をはじめる前にコーヒーを飲んで、テレビを観て、これをやって...などということはなく、とにかく座ったら描くだけです。
"座ったら描く"。この名言は、尊敬するさいとう・たかを先生の言葉です。座ったら仕事をするだけ...、非常にシンプルですが、漫画家だけではなくあらゆる仕事に使える心構えなのではないかなと思います。(148ページ)
僕は、"出されたもの"は何であれ、こなしていく人こそが、本当の大人だと思っています。学生だったら好きなことだけやっていても許されるでしょうが、大人になったらそれだけでは前に進みません。やはり人間は、それなりの苦労をするべきだろうと思います。(161ページ)
ひとついえるとしたら、逆説的ではありますが、最短で成功をつかむためには回り道を厭わないことだと思います。ただがむしゃらに、選ばないで何でもやってきた人が、比較的早く成功をつかんでいるような気がしてならないのです。(163ページ)