
「子どもを信じること」
「子どもを信じること」(田中茂樹 大隅書店)
心理学の教授で、臨床心理士の著者による、子どもを信じるという方針に基づいた育児についての本。読み始めた時は、あまりにも楽観的すぎるのではないかと思ったが、読み進めるにつれて、親が変われば子が変わることをわかりやすく説明した、とてもいい本であると思った。
そして、これまで多くのケースに出会ってきた経験から見て、子どもに起こる問題はさまざまでも、親のとるべき態度や方法は、ほとんどの場合同じであるというのが、私がたどりついた考えです。
それが、「子どもを信じること」なのです。そして、より具体的に言えば、「子どもに小言を言わず、やさしく接する」ということです。
親が手出しをしなくても、子どもは、自分が幸せになるためにとるべき行動を、自分からとるようになります。そのことを信じて、子どもと向き合うのです。(4-5ページ)
この本の目的は、「子どもを信じる」という方針に基づいた育児の、具体的な方法を提案することです。
その方法というのは、いたって単純なものです。ひとことで言ってしまえば、「子どもに小言を言わず、やさしく接する」ということです。子どもにやさしく楽しく接しても、大丈夫なのです。そのことを、多くの事例を挙げながら、できるだけ分かりやすく説明していきます。(12ページ)
ところで、ここまで、すでに何箇所かにおいて、私は、「子どもの問題」と書きましたが、「問題」と言っても、それらはけっしてネガティブなものではなく、むしろ、それらの多くは歓迎すべきもの、子どもによるSOSの表現であると、私は考えています。
表現されることがなければ、そこに問題があることに周囲が気づくことはありません。たとえば不登校は、それまで苦しかった子どもが、自分を助けるために、勇気を出してとった行動だと言えます。
その意味では、自尊心を傷つけられ続けていても我慢して学校に通っていることの方が、問題としては、より深刻である場合もあります。(16ページ)
しかし、子どもを変えることや、状況を変えることは、そう簡単にはできないでしょう。それに、そもそも、物事の原因というものは、往々にして、複雑であることが多いものです。
一方で、そういった場合に、ただちに、確実に、できることがあります。それは、親が自分の子どもへの接し方を変えることです。
たとえば、子どもに対していろいろと小言を言っているのであれば、それをやめることです。生活のいろいろな点に指示を与えているのであれば、それを控えることです。
これは子どもに行動や変化を求めるものではないので、親が自分で心がければすぐできることです。朝起こすこと、朝食に呼ぶこと、遅れないように家を出ろと言うこと、忘れ物はないかと確認すること。このような指示や小言を意識してやめるのです。(26-27ページ)
私が言いたいのは、先に勉強しておいても、後で追いつかれてしまうから小さいうちから勉強に長い時間を使うことは無意味だということではないのです。そうではなくて、ここが本当にお伝えしたいことなのですが、子どもの頃のゆったりした時間に、遊んだり、ぼーっとしたり、なんの役にも立たないことをして過ごすことや、親にやさしく受けとめてもらって過ごせることは、その子どもの人生の重要な基礎になる、ということなのです。(41ページ)
このような考え方の根本には、人間への信頼があります。あるいは生き物への信頼と言っても良いでしょう。生き物には必ず自分を守る力が備わっています。その力が発揮されることを信じて待つのです。
カウンセリングにおいて大切な姿勢、すなわちクライエントに備わっている力を信じて、たとえカウンセラーから見てよい方向に進んでいなくても(それどころか良くない方向に進んでいこうとも)見守る姿勢、それは育児において子どもを信じる姿勢に通じるものです。(70ページ)
子どもに対して「あなたが生まれてくれて良かったよ」とか、「君がいてくれるからお父さんは(お母さんは)幸せだよ」といった言葉をかけてやることは、親から子どもへのすばらしい贈りものです。
なんでもない時に、何回でも言って良いのです。子どもが幼い時は、親も照れることなく自然に言うことができます。自然に言える間に、何回でも言ってあげるべきです。それは親自身の幸せにもつながります。(72ページ)
この失敗を育児にあてはめて考えるならば、次のような教訓を導き出すことができるでしょう。すなわち、生きていく上で基本となる行為については、「まず好きになる」ことが大切であって、それが「上手にできる」とか「正しくできる」のは、好きになった後で良い、ということです。
(中略)
「まず好きになる」ことが大切というのは、いろいろなことにあてはまります。新しい友だちと出会うこと、知らないところに行くこと、といった未経験の事柄にチャレンジする場合はもちろん、食事をすること、お風呂に入ること、といった日常生活に基本要素についても、「まず好きになる」ことはとても大切です。
私が、この本で最も強く主張したいことは、このようないろいろなことを、子どもが「まず好きになる」ということの大切さです。そして、親は、このことを子育てにおける一番の目標に据えるべき、あるいはもっと言うと、このことだけを目標にするのでも良いと私は考えます。(77ページ)
そして、最も重要なことは、いろいろ失敗しても、自分でなんとかできることがあるし、相手や周りの人が支えてくれることもある、結局は大丈夫なのだ、なんとかなるのだ、ということを何度も味わうことだと思います。これは人間にとって必須の体験と言えるでしょう。そのためにも、親は子どもが安全に失敗する機会を奪わないように、重々気をつける必要があるのです。(115ページ)
この記述に出会ってから、私も、「自分の子どもたちが何者なのか見届けたい」と思うようになりました。何者なのかを見届けるためには、子どもが持って生まれてきたものが上手く現れてくることを、見守る姿勢が大切なはずです。(121ページ)
片付けをきちんとしなさいとか、勉強をしなさい、などの注意をされなければ、子どもが家で過ごす時間はぐっと楽になります。そして、彼らは必ず自分のしたいことを探し出します。
ふだん学校や塾など外の世界で指示を受け続けている子どもなら、とりあえず家ではのんびりと「なにもしない」時間を「積極的に」選ぶかもしれません。
そして、これはこの本の主題でもありますが、注意をしない、叱らないと決めてしまえば、親にとっても、子どもと一緒に家で過ごす時間が、苦痛から幸福なものへ百八十度転換します。
そなれば、イライラすることももうありません。家で過ごす時間が楽しいものになることは、子どもだけでなく、実は親自身を救うのです。おまけに、子どもは元気を回復して主体性が育ちます。(132-133ページ)
この章のタイトル「母親は子どもに去られるためにそこにいなければならない」は、ちょっとややこしいですが、ナンシー・マックウィリアムズの著書「パーソナリティ障害の診断と治療」の中で紹介されている、心理学者エルナ・フルマンの論文のタイトルです。(134ページ)
親は勇気を持って子どもを信じることが必要です。子どもが家を出て行くということを信じるのではありません。出て行くにせよ行かないにせよ、子どもは自分を幸せにする選択を自分でするだろうと信じるのです。(136ページ)
しかし、たとえトイレに失敗した場合でも、親は「淡々と」片付けてあげるのが一番です。叱ったり悲しそうな表情をしたりすらしないのが良いのです。そして上手くいっても、喜び過ぎないことです。また、「ウンチがちゃんとできたら○○を買ってあげるね」といったように、ご褒美で釣るのも良くない方法です。
トイレをちゃんとすることは、あくまでも子ども自身のためであって親のためではない、ということをしっかりつ伝えることが大事です。トイレが上手くいかないことは、子どもが困るべきことであって、失敗するうちは親が片付ける。それだけです。
ここでの「淡々と」という言葉の意味は、冷たく接するとか無関心というのとは違います。親が心にとめておくべきことは、「トイレを失敗しても成功しても、あなたのことが大好きだということはまったく変わらない」という子どもへの気持ちを忘れないということです。片付けている時に、もしも子どもが「失敗してごめんね」のような言葉を言ってきたら、「良いのよ。いくら失敗しても構わない。お母さん(お父さん)は、あなたのことが大好きよ」というように言葉にして伝えてあげるのも良いでしょう。(146ページ)
子どもを信じるということは、都合よく考えて放任することでないのはもちろん、見守っていれば失敗しないだろうと信じるのでもありません。そうではなく、失敗するかもしれないけれども、失敗してもまた立ち上がる強さを持っていると信じるのです。自分の子どもは信じるに値する子だ、大事にするのに値する子だと信じるのです。親から信じてもらえることこそが、子どもにとって決定的に大切な勇気の源になります。(152-153ページ)
子どもに暴力が出てくる場合、親の側には次のような共通点が多く見られます。①子どもの要求を頑として受け容れない、②宗教や権威のある人の考えなどを、親がかたくなに信じていて、その価値観を子どもに押しつける、などです。つまり、子どもの意見や主張を認めていないのです。その上、不登校という子どもの表現も無視(否認)しようとします。
このような状況では、子どもからの発信が親に伝わらないか、伝わっても聞き流されてしまい、親からの返信がありません。
そうなると、子どもは、なにか価値のあるものを傷つけて、親の関心をなんとしてでも惹こうとします。
「学校に行かない」ということは、自分の人生(時間や可能性)を傷つけることです。拒食や過食、リストカットは、自分の身体を傷つけることです。家のものを壊すことは、親の財産を傷つけることです。よほど追い込まれると、親を傷つけるところまで行くでしょう。
例によって、私はこの母親に、指示の言葉を控えて、子どもの思いや考えを聞くように、そのような言葉がけをするようにと面接でアドバイスしました。(185ページ)
夜更かしするよりも、早寝早起きをした方が良いのは、子どもでも分かることです。ただ、それが「正しいかどうか」ということと「正しいからそうしなければならない」ということは別です。人には正しくないことをする権利もあり、(周囲から見たら)本人が不幸になるような選択をする権利すらあるのです。
とはいえ、どの子どもも自分が幸せになる方法を精一杯に探し出そうとしています。何度も失敗をしてセンスを磨いていくしかありません。「失敗すると分かっている選択を子どもがすることを見守る勇気」の方が、「子どもが成功する選択をするようにアドバイスする(命令する)」ことよりもずっと大切であるとさえ言えるのです。(189ページ)
子どもは親の特性を引き継いで生まれてきます。けれども、親が努力して達成したことは、子どもに遺伝では伝わりません。たとえば親が大数学者であっても、子どもは数学の知識まで生まれつき受け継ぐことはできません。
それゆえ、せっかく努力して克服した自分の欠点を、自分の子どもがまざまざと自分に見せつけるように感じてしまうということが起こります。
そして、自分の辛かった過去を強く抑圧している親であればあるほど、それを子どもが暴くことを恐怖し、毛嫌いし、攻撃することになるのです。(199ページ)
聞き手主導にならずに、子どもの話を上手に聞くために実践しやすいコツを紹介します。
それは、とりあえず、いつ? どこで? 誰が? なにを? どうした? どのように? といった、いわゆる5W1Hの言葉を、できるだけ使わないように意識することです。
これは普通の会話とは大分異なる姿勢が求められますので、はじめはなかなか難しいかもしれません。相手の話をちゃんと聞こうとすればするほど、「いつ?」とか「どんな?」などの言葉が自然に出てきてしまうものです。しかし、ゲームを楽しむように、相手との会話の中で、自分が発しようとする言葉をしばらく意識していると、だんだんとできるようになります。
(中略)
しかし、カウンセリングでは、聞き手には「話し手はどう感じているのか」に焦点を当てていくことが求められるのです。「どんな失敗をしたか」よりも、その結果として話し手が「落ち込んでいる」こと、そちらに関心を向けるべきなのです。
親子の会話でも、子どもが話している時に、なにがあったのか、ということよりも、子どもはどう感じているのか、に関心を受ける練習をすることで、会話の感じが変わってきます。(226-227ページ)
この本を読んで、自分も子どもとの接し方を変えてみようと思われた方がおられるようでしたら、まず、「○○しなさい」とか「××してはダメ」といった指示や禁止の言葉をできるだけ控えてみる、ということから実践してみることをおすすめします。
とはいえ、小言をまったく言ってはならない、というところから入るのではなく、子どもに声をかけようとしたり、子どもから話しかけられたりした時に、自分が今から発しようとしている言葉を意識してみる、ということからはじめるのが良いでしょう。
もしも、その言葉のほとんどが指示や禁止の言葉であるとすれば、子どもにとって親と話すことは、楽しくないことだと感じられている可能性が高いでしょう。(234ページ)
子どもは、ちゃんとできるようになりたいと、いつも思っている生き物です。このことを信じる必要があります。親がそのように信じてやると、子どもはそれをちゃんと理解します。「親が信じてくれている」ということを理解するだけでなく、「自分にはその力がある」と自信を持つことが出来るようになるのです。
何度でも書きますが、親に導かれなくても命令されなくても褒められなくても、子どもは自分のために上手にできるようになりたいと思っていますし、幸せになろうとし続ける生き物なのです。(264ページ)
自分の意見を言える子どもは、どうすれば育つのでしょうか。それは、小さい頃から自分の話をしっかりと聞いてもらえた子に違いありません。
(中略)
相手の言うことをちゃんと聞ける子どもは、「親の言うことを素直になんでも聞ける子(聞けるようにしつけられた子)」ではなく、「自分の言うことをちゃんと聞いてもらった子」なのです。聞いてもらえた子が、人の話も聞けるようになります。(304-305ページ)
アイスクリーム療法
最後に、すぐに実践できる簡単でユニークな「子どもを元気にする方法」を紹介します。家の中を明るくする方法と言っても良いですし、小言を言う親への認知行動療法と言ってもよいでしょう。私が考案したオリジナルの方法です。なお認知行動療法とは、本人に問題を引き起こしている行動をあらためるだけでなく、ものの見方や考え方、感じ方などもより良い方向に修正していこうという心理療法です。
まず、スーパーでアイスをたくさん買ってきます。箱入りのものよりも単品のいろいろな味や形のものをまんべんなく買うのが、見た目にも楽しく効果的です。冷蔵庫の冷凍室が満杯になるように、最初は三十個くらい買ってください。それを、どさっと入れておきます。そして、「アイスはいつでも食べ放題だよ」と宣言するだけでOKです。
(中略)
アイスクリーム療法の目的は、なにかに対するご褒美などではなく、「無条件の幸福な時間の提供」なのです。学校やら塾やらで、いろいろしんどいことがあっても、家に帰って冷蔵庫の前に来れば中にはどっさりアイスがある。いつでもなんでも何個でも食べて良い、というこの感覚が、癒しの効果を生み出し、子どもを元気にするのです。(317-320ページ)
もう一度確認しておきましょう。アイスクリームを食べ放題にすることの目的は、子どもに家庭でリラックスしてもらって、元気になってもらうためです。アイスを食べるという娯楽を、子どもに楽しんでもらうという方針を貫くことが、効果を大きくします。(322ページ)
そして、実際にやさしく接することができなくても、多少厳しく接してしまうことがあっても、子どもに向き合う時の自分の姿勢を意識するだけで、あなたも子どもも、そして親子の関係も、違ってくるのです。このことをいつも心の片隅にとめておいていただいたら良いのではないかと思います。(329ページ)