『魔法免許』 第1話 魔法免許
全体あらすじ
本文
スマートフォンのアラームが鳴り、直後に少しだけスマホが浮いた。そして、持ち主の手元へと宙に浮きながら進む。持ち主である松永由美は手元にスマホが届くとスマホのアラームを止めて、まだ続く眠気と戦いながら自室からリビングへと移動する。
「おはよう、由美」
「……おはよう」
彼女の母が挨拶をする。眠そうに由美は返事をした。由美は母が用意してくれた目玉焼き入りのトーストとコーヒーをいただきながら、朝のニュースを見る。これが彼女の普段の朝である。ニュースを見ているとある話題が彼女の目に留まる。
『速報です。「魔法探偵ミエ」などで知られる作家の緑彩花さんが病死していたことが明らかになりました。緑さんは今週月曜日に……』
由美の食べていたトーストがテーブル上に落下した。
「どうしたの由美……。あら……」
驚いた様子の娘を見て尋ねた母もニュースを見て驚きを隠せず、二人は揃ってテレビに釘付けになった。
少しして、彼女は家を出た。今日は魔法の教習を受けに教習所へと向かう。
この世界では魔法が日常生活を送る上での技能の一つとなっており、魔法を使った職業に就くには教習所で講習を受けて免許を取る必要があるのだ。
バスに乗って教習所へと向かう由美。ただ、彼女の心模様は朝のニュースを見てから曇っていた。彼女は晴れない心でこの日の晴れ渡った空を窓から眺めていた。
『次は筑波魔法教習所前、筑波魔法教習所前』
バスのアナウンスが鳴り、由美は慌てて降車ボタンを押した。彼女は少しだけ溜息をついた。作家・緑彩花の訃報が彼女を動揺させていた。
教習所前のバス停で降りた由美は正門へと歩き出す。その足取りはいつもより重かった。そんな中、彼女の後ろから接近してくる女性がいた。女性は由美の横へと出る。
「おはよう由美!」
「ああ、おはよう亜紀……」
由美は元気よく横にやってきた友達の矢上亜紀に元気なく挨拶を返した。亜紀は由美の様子を見て今日の彼女は気が滅入ってると思った。
「どうしたの今日は?」
「大好きな作家さんが亡くなったの」
「え、誰?」
「緑彩花」
「マジで!」
驚く亜紀。その様子が由美にとっては余りにも不謹慎に見えて、少し憤っている表情を亜紀に見せた。それを見た亜紀はすぐに彼女の心情を察する。
「ごめん、由美。あなたにとっては大切な作家さんだものね」
「こちらこそなんかごめんなさい」
ここから更に話をした二人はやりとりを終えた後に昼から会う約束をして、それぞれ教習所の校舎の中へと入った。
由美は自分の教室へと入った。由美はペンと消しゴムとノートを魔法陣を作り出してその向こうから取り出し、ノートを広げて授業の準備をする。この物を別の場所から取り寄せる魔法は彼女が一週間前に覚えた魔法であった。彼女は自分がまた一つできる魔法が増えたことに喜悦の表情を浮かべる。だが、その表情は一瞬にして重い表情へと変わった。彼女の頭の中は喪失感で溢れている。それでも、できるだけ今のことに集中しようと彼女は気を張った。
講習が始まった。今日の内容は自分のいる場所と別の場所を繋ぐリングを作る魔法の習得だった。講師が魔法の使い方と扱う上での注意すべき点を説明している。
「ええと、この魔法は移動に使う魔法なのだけど、この魔法で海外に行くときは必ずパスポートを持った上で、入国審査場へと行ってください。そうしないと、不法入国で捕まります」
講師は淡々と説明をする。由美は講師の話を聞きながら、教科書の同じ内容の項を読んでいた。
「これは難しそうだな…… 」
由美が小さな声で呟く。この魔法は魔法を使い慣れている人にとっては簡単な魔法であるが、初心者には少し高度な術で習得するまでにかなりの練習を必要とするものだった。
実習の時間となり、生徒の各々が先程習った魔法を使うため、手から魔法陣を出す練習をしている。由美もまた、魔法陣を出そうと手を動かしている。だが、思うように魔法陣が作り出せない。すると、そこへ講師が彼女の横へとやってきた。
「おや、松永さん、いつもはさらりとできるのに」
「え、ああ……。すみません」
「いや、謝る話ではないよ。この魔法は最初の内は行きたいと思う場所をしっかりと思い浮かべないと、他のこと考えてたりするとできないんだよ」
「雑念を払うということですよね…… 」
「そうだよ、そういうこと」
講師は淡々と、だが優しい口調で語りかける。由美は少し複雑な気持ちになった。普段よりも講習に集中できていない。と彼女は自らを分析する。彼女の表情が曇る。講師はその顔を見て彼女の心に何かあったということを読み取った。
「松永さん、この魔法、次の講習までにできるようにしておいて。今はできなくても良いからさ」
「え、ですが…… 」
「いいから、いいから」
講師は優しく提案した。彼女は自分の心を見抜かれたようで少し、恥ずかしくなった。だが、今の自分にはこの魔法ができないということは十分に理解していたため、彼女は悔しかったがその提案を受け入れた。
講習が終わり、廊下を歩く由美の心は意気消沈としていた。彼女が歩いていると講習終わりの亜紀が由美のすぐ側までやってきた。亜紀が口を開く。
「今日はどうでした?」
「……うまくできなかったよ」
「そう」
悔しそうに由美は語る。それに優しく包むような声で返しを入れた。
由美と亜紀は落ち着いて喋れる場所を探して教習所から移動し、街の中心部に出た。中心部に着いて程なくして、二人は落ち着いた雰囲気のカフェを見つけた。店内に入りそれぞれがコーヒーとパンケーキを頼んで、席に着いたところで、亜紀は話を切り出した。
「今日の講習で魔法ができなかったのって、やっぱり朝の話題にも出た緑彩花が亡くなったってことが理由?」
「ええ……」
由美は図星を突かれた気持ちになった。
「なんで、そこまでショックなの?」
「……中学生の頃ね、思ったの。私には何も無いなって」
「うん」
「それで、なんか虚しくなって……、周りが羨ましくなってね。みんなは何かしろの目標を持っていてさ、楽しそうに生きてるのよ。あの時の自分には目標が無かったからさ」
「で、そんな当時の由美に何があったのよ?」
尋ねる亜紀。由美はほんの少しの間を置いて再び語り始めた。
「中学二年の夏休みにね、何気なくテレビをつけていたら『希望をください』っていうドラマをやってたの。それは、魔法使いの少し辛辣なお姉さんが主人公で、彼女が希望を持てなくった人々を手助けするって話なの。ゲストの登場人物が自分には何も無いと思っていて、周りを羨んでいたの。そのキャラがまるで私みたいと思ったの」
「うん、それで?」
「そしたら、主人公がゲストのキャラにこう言ったの、”私だってそう思ったことがある。でもね、誰かが持っているものがあなたの欲しいものだとは限らない。だからこそ、私たちは生き続けているんじゃないかな。欲しいものを探し続けるために。“ってね。私にはこの主人公が言っていることがとても響いたの。何も無いと思ったいた人でもああやって、誰かの役には立っているんだと思って。希望をもらった。その後、このドラマの原作者を調べたら、緑彩花だったの」
「つまり、緑彩花の物語に救われたのね」
「そうよ。それで、彼女の作品のファンになって、私もああいう風に人を助けられるようになれたらなと思った」
由美は自らの過去を振り返りながら、優しい気持ちで亜紀の疑問に答える。
由美は話を続ける。それを亜紀は真剣に聞いている。
「その後、私は緑彩花が書き残した厳しくも優しい世界が大好きになった。彼女が書いた作品はほぼ全て読んで、作品への感想を綴ったブログを開いた程よ」
由美の感情が炸裂する。彼女の話はまだ続く。
「そして、私は一つの夢を持った。かつて見たあのドラマの主人公の仕事だった、魔法カウンセラーになる夢をね」
魔法カウンセラーという職業はこの世界では当たり前に存在する職業で、一定数の人間がこの仕事で生計を立てている。主な仕事は悩みを抱えたり、苦しんでいる人と対話をして助言をするなど主な業務は基本、カウンセラーと変わらないが、必要に応じては催眠魔法を利用して顧客の精神状態を安定した状態にさせることもあるため、カウンセラーと魔法カウンセラーは別の職業とされていて、魔法カウンセラーになるためには魔法免許や専門の知識などが必要である。
由美は少し口を休めてからまた一つ、思いを吐露しようとする。
「緑彩花は私に希望をくれたの。だから、つまり…… 」
由美は言葉に詰まった。悲しい事実であるが故に思いを言葉にできずにいる。少しの間、気持ちを落ち着かせるために二人は沈黙する。
亜紀は由美の話を聞いて少し冷めたコーヒーを飲んだ後、考えているような姿勢をした上でまた口を開けた。
「由美は悲しいのね。自分の心を救ってくれた恩人をなくしたから」
「そうよ」
悲しそうに由美が答える。ずっと支えになっていた存在がいなくなったことの喪失感が彼女の心に大きな穴を空けていた。それを知り理解しようとしている亜紀は彼女に何かアドバイスができないかと頭を働かせている。気がつけば、日が落ち始めている。彼女はしばらく悩んだ末、由美に話を切り出した。
「私はね、去年、塾でお世話になってた先生を亡くしたの。勉強以外のこともいろいろ教えてくれた先生で、亡くなった時はとても悲しかったわ」
重い表情で何も言わず亜紀の話を聞く由美。亜紀は話を続ける。
「でもね、少しして気がついたの。先生は亡くなっても先生が決して居なくなったわけではないって。先生の居た証や思いは残り続ける。そして、私たちはそれを生きる糧の一つにし続ける。それが、先生にできる弔いなのかなってね」
悲しむだけが全てではない。残された人々が今は亡き人の意志を糧に生きていくことこそ、亡き人への弔いではないか。亜紀の言葉を聞いて由美の心に一つの光が差し込んだ。
「私、見えた気がした。悲しんだ後で、私にできることが」
そう語る由美の表情は清々としていた。彼女の言葉を聞いて亜紀は微笑んだ。
「よし、じゃあ心が晴れた記念にパンケーキを食べよう」
「うん。でも、冷めちゃってるけど大丈夫」
「あ…… 」
直後二人は冷めたパンケーキが可笑しく思えて笑い合う。由美の心は雲が消えて、晴れ晴れとしていた。
「じゃあ、また明日」
「また明日」
二人はパンケーキを食べ終えて別れた。亜紀と別れた由美は昼間できなかった魔法を試そうとしていた。
「雑念を払って、行きたい場所を思い描く…… 」
小さな声で呟く。喪失感の乗り越え方を知った今の彼女は目の前のことに集中している。手のひらの上でゆっくりと指でサークルを作る。次第にリングが現れ、彼女はそれを近くの壁に向かって投げた。
すると、放ったリングが由美の自宅の前へと繋がっていた。彼女は魔法を使うことに成功したのだった。
「やった。できた」
由美は思わずガッツポーズをする。彼女は自分の使える魔法がまた一つ増えたことをとても喜んだ。
リングを潜って、家に着いた由美。玄関を開けると彼女の母がやってきた。母は彼女の朝の様子を見て心配していた。先に口を開いたのは由美だった。
「ただいま」
元気な口調で挨拶をする。
「おかえり」
心配していた母だったが、彼女の言葉を聞いて安心する。彼女の母は何も言わずにただ、“おかえり”と言うだけだった。そこには確かな繋がりが存在している。
由美は自室に戻ると今日感じた思いを書き残すために、そして、大好きな作家を弔うためにパソコンを立ち上げて、ブログを綴った。
「できた…… 」
ブログを書ききった彼女は満足していた。そして眠りについた。
朝が来た。スマホのアラームが鳴り響く。スマホを魔法で手元に持ってきてアラームを止める。リビングに行きテレビを見ながら、目玉焼き入りのトーストとコーヒーをいただく。準備を整えた由美は玄関を出ようとする。今日もまた魔法教習所での講習だった。玄関を出る時、彼女は元気よく挨拶をした。
「行ってきます」
日付:五月四日
タイトル:緑彩花に捧ぐ
今日の朝、私が尊敬する作家の緑彩花が亡くなったというニュースが飛び込んできた。
彼女の死を悲しんでいるファンも多いと思う。私も彼女の死がとても悲しくて、この悲しみをどこへ持っていけばいいのか、私は彼女を弔うために何ができるのかを一日中考えていた。
そんな中、友人が思いがけない答えをくれた。“残された者にできる弔いは悲しむことだけじゃない。亡き人が残してくれたものを大切にすることも私たちにはできる。”という友人の言葉に私は気づかされた。
私にできることは、彼女の残してくれた数多の作品を、メッセージたちをこれからを生きるための力にしていくことで、私は彼女が作品を通して教えてくれたものを受け継いで、人の役に立てるようなことをしていきたい。
それが、私にできる作家、緑彩花への弔いだと思っている。
緑彩花先生、今までありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
『魔法免許』今後のエピソード
第2話「救済魔術」
第3話「魔法使い」
第4話「魔法道具店」