秘密裏に開発が進められ、半導体素子CCDとの融合により実現 〜 電子スチルカメラ 『MAVICA』
『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (53)
現像・焼き付けといった面倒なプロセスを必要とする銀塩写真よりも、もっと便利なカメラを作ることができる。
1980年 (昭和55) 年10月、ソニーの技術者・木原信敏は、VTR開発のノウハウを基に光学記録からさらに進んだ磁気記録による「電子スチルカメラ」の開発を決心します。
すでにシート状の磁気媒体に画像を記録するノウハウは、『シートレコーダー』や、
その他の磁気カードを活用したいくつかの試作品開発から手元にあり、CCDカメラもさらに小型化ができそうだと判断、木原はフロッピーディスクや電池、モーター、レンズ、CCDの部品などが、図面上で格好よく収まるかどうかパズル合わせのように組み立て図面を描きあげます。
このころソニーの中核第二開発部にはビデオ時代を築いてきている錚錚たる人物が揃っていました。その中から木原は、小型部品や小型機械の設計では右に出る者がいないと言われていた斎藤悦朗 (さいとう えつろう) にこのプロジェクトを託し、それから半年ほどで、若い部下数人の手で試作品が作られます。
大容量のストレージデバイスもない時代、ラインセンサーを組み込んでの試作。原理試作として十分な手応えを感じた木原は、イメージャーとストレージデバイスの進化を待つことに。
一方1952 (昭和27) 年にソニー創業者の一人井深大が欧米視察より持ち帰った、「トランジスタ」を完成させ、日本における半導体の基盤を創り上げた岩間和夫 (いわま かずお、後の第4代ソニー社長) は、撮像デバイス『CCD』の育ての親でもありました。
岩間は、
半導体素子CCD を使ってカメラを作ろう、
競争相手はフィルムメーカーだよ。
と木原に提案。
確かにCCDを使えば撮像管に比べ小型でベビービューティーなカメラはできる。しかも目指すは銀塩写真並みの電子写真。
CCDの使用が確定したことで、木原は原理試作から本格的な開発へと乗り出します。
フィルム不要で即時生の高い電子スチールカメラへの挑戦は、木原にとって当然のことでありましたが、未だ誰も手がけていないことから、外部への情報漏洩を避ける目的もあり、開発は木原の独断で社内においても秘密裏に行われました。
こうして試作された機器は、撮影してすぐに写真を見ることができ、しかも2㌅のフロッピーディスクに50枚の写真を記録でき、また電子データであるので遠方への伝送も可能となります。
ところが1981年 (昭和55) 年、秘密裏に開発を進め試作機が完成した数日後、たまたま現場視察に訪れた大賀典雄 (おおが のりお、当時副社長、1930 - 2011) に開発中のカメラが見つかってしまいます。
磁気カメラが働いているのを見て、大賀はこれは大変とばかり早速ソニー創業者の一人・盛田昭夫(当時・会長)に報告。会長命令でそのカメラを5台作って発表の準備を急ぐことになります。
しかし命令を受けても、木原たち開発チーム内での仕事の範囲ならば徹夜をしてでも作り上げられますが、外部の関係各署にお願いしている部品などを急いで集めることは困難でした。
特に開発中でもあったCCDイメージャーとその周辺部品も、右から左へと簡単に手に入るものではなく、開発担当の斎藤はCCDを分けてほしいとCCD開発担当の越智成之 (おち しげゆき)に依頼するも、欠陥なしに働くものが今はないと断られ困惑。木原は非常手段として、盛田昭夫に直接経緯を相談し、CCD開発チームを説得。無理な依頼ではありましたが、新たに急遽用意してもらったCCDを使用し、1981 (昭和56)年8月24日に、
「マビカは新開発の磁気ディスク(マビパック)、CCD素子やIC技術など、新技術を結集させたスチルカメラ。レンズを通した画像をCCDで電気信号化し、マビパックに記録する。ビューワーを用いてテレビですぐ見られ、連続撮影(秒/六〇枚)特殊効果が可能。電話回線利用でマビパックに記録された信号を転送VTRに接続してカラー・ビデオカメラとして使え、ビデオテープへ転写してビデオアルバムができる」
と、マビカは無事に発表することができたのです。
1984 (昭和59)年開催の「ロサンゼルスオリンピック」では、CCD搭載の第2世代の電子スチルカメラの試作機を朝日新聞が使用し、タイムリーな画像を伝送、世界中のマスコミを驚かせました。
既存技術の進化と融合により誕生した電子スチルカメラ 『MAVICA』は、今日のデジタルスチルカメラ技術の原点となったばかりでなく、
既存技術に甘んじないでアイディアを振り絞れば新しいビジネスが見出せる
という、研究開発者の姿勢を教えてくれる貴重な開発テーマでもありました。
1988 (昭和63)年には家庭用フィルムレスカメラ・マビカ『MVC-C1』が発売。オプションで写真をテレビ画面で再生できるなど、誰もが気軽に楽しめる現在のデジタルカメラに通じる楽しみ方の基礎が確立されていきます。
文:黒川 (FieldArchive)