ロイヤルを冠しても、すなわち王立ではない英国事情 ~ヴァイオリンの音楽検定から
みなさんにご愛好いただいている『フィドルが弾きたい!』には、ヴァイオリンの音楽検定のことに触れ、それを主宰する「Royal Irish Academy of Music」という名が出てきます。私は、それを「王立アイルランド音楽院」とせずに、「ロイヤルアイリッシュ音楽院」としました。アイルランド共和国には王様がいないので、「王立」では、なんだか妙だからです。アイルランドにあるこの音楽学校の歩みを見ていきながら、英国ならではの、「ロイヤル」の称号の秘密に迫っていくことにします!
どんな簡単な単語も、まず辞書で調べる
「Royal」を英語辞典で引くと、「王立の」という意味が最初に出てきます。そして、次に、「英国の官庁・公共機関・団体名などの前に置く、勅許を受けてはいるが王立でないものもある」とあります。民間でも、「ロイヤル」の使用を許されている場合がある、ということですね。
次に、「王立」を広辞苑で引いてみましょう。「王・王族が設立し、または、後援して維持・運営すること」とあります。
最後に、「Royal Irish Academy of Music」を『アイルランド音楽辞典』で調べていきましょう。
「Royal Irish Academy of Music(RIAM)」とは
1848年の創立当初は、「Royal」を冠さない、「Irish Academy of Music」であったそうです。そして、何人かの名前が連ねてあり、有志によって設立されたとあります。つまり、設立時は私立のようです。
さて、「Royal Irish Academy of Music」は、有志で発足した後、1870年に、政府の基金を得ることに成功します。この働きかけには、4年かかったとあります。
さらに、1872年には、ヴィクトリア女王の次男、エディンバラ公の訪校をきっかけとして、英国王室の後援が決定します。こうして「Royal」の称号を名乗ることが許され、「Royal Irish Academy of Music」となり、音楽学校としてロンドンにある「英国王立音楽アカデミー Royal Academy of Music」と同格になります。
寄付をした王室のメンバーの中に、ヴィクトリア女王の夫アルバート公の名前もあります。この頃は、アイルランドはまだ大英帝国の一員だったのです。
そして、別に新たな基金を得て現在に至る、とあります。その後、音楽院と王室の関係はどうなったのでしょうか?アイルランドは1920年代に英国から独立しました。英国王室からの資金援助はなくなったでしょうか?「Royal」を冠したままで。
アイルランドの歴史的背景を理解して訳す
さて、ここまでは、辞書で調べた内容です。翻訳は、ただ単に単語を訳せばいいのではなく、専門的知識や文化事情、歴史的背景などを考慮して、慎重に訳す必要がたびたびあります。英語が分かっても、これがなかなか難しいのです。
Google 翻訳やwikiを見ると、「王立アイルランド音楽院」と出てきます。アイルランドの音楽学校が、英国時代に王室に権威や援助を求め、現在も王室に関連する「Royal」の称号を捨てていないのは興味深いことです。
しかしながら、現在アイルランドは英国から独立して、共和国となり、もはや王を戴いていません。たとえもし、今も英国王室から資金援助を受けているとしても、「王立アイルランド音楽院」では、どこかそぐわない気がします。ここは、「ロイヤル」とした方がよいと私は思います。
最後に
英国には、文字通り王が作った「王立」もありますが、この音楽院のケースのように、民間での活動が軌道に乗ったのちに、王室から「Royal」の使用権を得たり、王室からの資金援助を取り付けたりすることは珍しくないようです。
私がこれに関連して思い起こすのは、1923年に設立された「ロイヤル・スコティッシュ・カントリーダンス協会(RSCDS)」というスコットランドの団体です。
戦前戦後に渡り、スチュワート夫人 (Mrs Ysobel Stewart) の尽力 によって、スコットランドの民俗ダンスの普及に取り組んだこの団体は、エリザベス女王の父ジョージ6世によって「ロイヤル」の使用権が許され、会の名誉総裁にエリザベス女王やマーガレット王女を迎えます。しかしながら、スチュワート夫人の強い意志により、当初から、王室からの資金援助を得ずに、人々の寄付によって、活動資金がまかなわれているそうです。
歴史あるアイルランドの音楽学校の歩みと、「Royal」が即、「王立」を意味しない英国事情も併せてみてきました。みなさんも、英国にある、さまざまな「ロイヤル」を見つけてみてくださいね!
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おまけ:
イギリスで行われている音楽検定は、通称「アソシエイテッドボード The Associated Board」と呼ばれ、この名で広く親しまれています。日本でも、空手や剣道を習うと、子供から大人まで、段や級を目指して練習に取り組みますね。それに似ています。
イギリスでは、楽器をする人は、独学の人も先生について習っている人も、多くの場合、これを念頭に置いて(つまり、課題曲の本をテキストにして)、音楽を学びます。
音楽検定の運営主体は、「王立音楽学校 Royal School of Music」ですが、「英国王立音楽アカデミー Royal Academy of Music」他、複数の「ロイヤル」を冠する音楽学校と連携して行われています。
日本のヴァイオリン教則本にも、ファーストポジションまでは、西洋の童謡や民謡が多く取り上げられているように、アイルランドやイギリスの音楽検定でも、2級までは、ビートルズやプレスリー、ボブディランといった歌謡曲から、クリスマスソングや、アイルランド、イギリス、アメリカの伝統曲といったラインナップになっていて、クラシックもフィドルも垣根がありません。イギリスのヴァイオリン事情は、日本とはまた違って興味深いですね!
イギリスの音楽検定のHP
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