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“勘と根性”から業務を解放——再エネ発電事業クラウド「Tensor Cloud」

2012年9月に「スタートアップ都市ふくおか」を宣言してから11年。福岡市のスタートアップ環境は発展を続けてきました。

直近ではヌーラボやQPS研究所のように福岡で誕生した企業が資金調達を経ながら成長を遂げ、グロース市場に上場する例も生まれています。この連載では、現在199社が集う福岡市のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next(FGN)」の中から、注目の入居企業を3社紹介します。

今回取り上げるTensor Energy(テンサーエナジー)は、再生可能エネルギー(再エネ)発電事業向けのクラウドプラットフォーム「Tensor Cloud」(テンサークラウド)を運営しています。2021年11月創業の同社は、発電と蓄電の電力管理と財務管理を一気通貫で行うシステムによって事業者を支援し、持続可能なエネルギーの適切な供給への貢献を目指しています。

3月27日にプレシリーズAで4.5億円の資金調達実施を発表した、Tensor Energy代表の堀ナナさんとヴィンセント・フィルター(Vincent Filter)に話を聞きました。

気合いと根性、勘と経験から電力事業業務を解放する「Tensor Cloud」

Tensor Cloudの対象顧客は、太陽光発電などの再エネ発電所を運営する事業者です。再エネ発電事業は用地買収から始まり、現場調査や資料収集などの現場作業が多い一方で、事業計画や予算といった緻密なモデル作成も求められます。膨大な資料と詳細に詰められた事業計画・予算に基づき、大勢のステークホルダーと契約を進めることになります。

発電所の運営期間は最長30年以上。再エネ発電事業は初期投資が大きく、融資や投資家からの資金調達が必要です。また電力価格は30分単位で変動するという特徴から、管理が難しい側面もあります。この財務管理と電力管理が、発電事業の重要な部分を占めます。

事業者は、融資元や投資家へのきちんとした報告が必要になりますが、財務管理は「Excelと気合いと根性」でやっているのが現状です。電力管理もまだまだ経験者が少ない領域で、ごくわずかなプロの勘と経験に頼っているのが業界の実態です。(堀さん)

カーボンニュートラル実現に向けた政府目標では2030年度に約46%の温室効果ガス削減を目指しており、再エネ発電所の数は増え続けています。2030年には現在の3倍の数になるともいわれる発電所数に対して、人力での電力管理はますます難しくなることから、開発されたのがTensor Cloudです。

Tensor Cloudは発電事業に関わるデータを自動的に集積し、一元管理します。財務、市場、気象、発電所のモニタリングデバイスや電力メーターからのデータを吸い上げ、大量のデータの処理を行います。


発電事業に関わるデータを自動で集積

また、発電事業では多数の業者がそれぞれの情報を管理し、分散しやすい環境にあります。これを1つのデータソースから、各自必要な情報をいつでも取り出せるよう、Tensor Cloudではワークスペースを設けています。

コラボレーションのためのワークスペース

さらにそのデータを分析・加工し、機械学習により、さまざまな業務を支援するサービスを開発。現在は発電量予測と売電管理機能を提供しており、今後その他の機能も追加していく予定です。

各種業務支援サービス


クラウド上に発電所の場所、発電開始日時、設計情報、契約情報などを入力し、さらに初期投資や運転費用を入力すると、キャッシュフローのシミュレーションが行えます。翌日からは発電量予測をダウンロードできるようになり、電力広域的運営推進機関(OCCTO)への毎日の発電販売計画の提出に活用できます。また決算書を自動的に作成することも可能です。これらの機能により、発電所の管理にかかる時間とコストを圧縮することができます。(堀さん)

大手リース会社と電力小売業者によるPPA(電力販売契約)モデルの協業でTensor Cloudを採用した例では、12カ月で発電所の数を6カ所から107カ所に増加。現在、サービス全体では152カ所の発電所に採用されており、Tensor Energyでは2024年末までに400カ所への展開を目指しているそうです。

蓄電池による充放電の最適化で発電事業者の利益向上に寄与

AIによる発電量予測と売電管理機能が求められる背景について、もう少し詳しく説明しましょう。

九州は国内でも再エネ活用に積極的な地域といえます。太陽光発電の導入量が全国でもトップクラスの九州では、特に日照のある昼間時間帯には電気の販売価格がほぼゼロ円となり、余った電力が捨てられる状況です。そこで蓄電池を導入し、余った電力をためて電力需要が高い夕方や朝方などの時間帯に放電して販売する必要があります。

蓄電池は設置しただけではコントロールできません。Tensor Cloudは充放電を最適化するため、発電量と電力卸売価格の自動予測を行い、最適な充放電スケジュールを事業者へ提案して卸売市場への入札を支援する機能を搭載しました。入札価格は必要があれば顧客側で編集することも可能です。この価格予測は事業者からOCCTOへの発電計画の提出にも活用され、提出データは自動で生成することができます。

九州では半導体工場の進出などもあり、再エネ電力に対する需要が高まっています。そんな中、業務効率向上に加えて蓄電池の充放電の最適化が実現すれば、売電単価の向上とコストダウンとの相乗効果で、発電事業者の粗利を大きく向上させることが可能になります。

Tensor Cloudの料金はサブスクリプション形式で、ワークスペースごとの基本料金が月額10万円。そのほかに各サービスの利用料金が発電容量に応じて1キロワットあたり月額20円課金されます。また、蓄電池から放電した電力量に応じて、1キロワット時あたり2円の売電コミッションが発生します。

Tensor Cloudは海外展開も見据えて、日本語と英語に完全対応しています。Tensor Energyでは世界中からエネルギーやITなど各領域のエキスパートを集めており、再エネ電力のデジタルインフラを目指して、太陽光だけでなく、風力などの他のエネルギー源にも対応を拡大したいと考えています。

お客様の数というより発電所の量が増え、再生エネ発電事業が成長することが、私たちの売り上げが伸びる源泉となるかたちになっています。(堀さん)

自然エネルギー豊かで再エネ活用に積極的な九州に拠点を設置

Tensor Energyは2021年、再生可能エネルギー業界でのコンサルタント経験者である堀さんとヴィンセント・フィルター(Vincent Filter)さんの2人が創業した会社です。

フィルターさんは戦略コンサルタントとして電力セクターを担当した後、SaaSの開発から事業化までを担った経歴を持ちます。堀さんは東日本大震災の直後に再エネ業界に参入してからずっと、この業界に携わってきました。

堀さんが福岡に来たのは6年前、別の再エネ事業会社の立ち上げがきっかけでした。

当時から蓄電池の活用が必要になることは予測されており、それが最初に始まる市場として九州が選ばれました。また、この業界は事業の舞台が転々とすることが多く、海外勢も含めた多様性豊かなチームで進めることが以前からの定石です。福岡市にはスタートアップビザの特例をはじめ、外国人を受け入れる風土があったことも、この地で事業を立ち上げた理由のひとつでした。

Tensor Energyの立ち上げにあたっても、引き続き福岡市で事業を進めようと考えました。中でもFGNは福岡のスタートアップの一大拠点という位置付けにあり、東京だけでなく海外からも、福岡のスタートアップに関心を持つ人が集まる場になっています。それが私たちにとっても出会いの機会を増やしています。

個人的には元小学校に作られた施設で、小学校らしさが色濃く残っている点も非常に気に入っています。また、さまざまなアクセラレータープログラムやイベント、プログラムの開催・誘致にも積極的で、いろいろと声をかけていただく機会もあってありがたく、機会があればほぼ100%出席するようにしています。(堀さん)”


Tensor Energyは、3月27日に第三者割当増資による4億5000万円の資金調達を発表しました。参加した投資家5社のうちリード投資家含め2社は、FGNの紹介で出会い、今回の投資につながったといいます。

このような出会いを提供できるのはFGNならではのサポートだと思い、非常に感謝しています。福岡出身ではない私ですが、この1年はいろいろなところで皆さんに会える機会を作っていきたい。福岡での採用活動も積極的に行い、さまざまな事業者の方々とのパートナーシップも大切にしていこうと思います。(堀さん)