良い例題の定義
先日、Puzzle Square JP(以下puzsq)にてパズルの例題募集を行ったところ、169種類290問もの例題応募をいただきました。
この例題の募集・審査をするにあたり、1つのパズル種に投稿された複数の問題について、どれが例題として最もふさわしいかを定義する必要があったため、良い例題とは何か、を考察していました。
また、私は2020年から2021年にかけて、Instructionless GridというInstructionlessが大量に出題されるイベントを企画し、その際に全例題のチェックを行いました。その際にInstructionlessの例題はどうあるべきか、ということを考えていました。
今回、せっかくの機会なので自分の中にある「良い例題」の基準について整理しようと思いました。
良い例題とは(通常編)
例題の役割は大きく分けて2つあり、
例題を見ることでルールについて誤解の恐れなく理解できる
例題を解くことでルールや頻出手筋について理解が深まる
だと考えています。
より具体的には、前者はパズルに慣れている人に対して例題画像を⾒るだけで既存の他のパズルとの違い(固有ルールなど)を伝えられること、後者はすべての人にとって、そのパズル種で1問目として解かれるチュートリアルとしての役割を果たすことを特に想定しています。
この2つを満たす条件として、3つの要素を基準として設けました。それぞれ順に説明していきます。
1. サイズが小さく難しすぎない
これは、例題を解いた時にチュートリアルとしての役割を果たすための条件です。そのパズル種に出会ったばかりの人が例題で躓いてしまったら、ひょっとしたら「自分にこのパズルは合わない」と判断されてしまうかもしれません。そのため解きやすいことは重要です。
2. ルールが全て説明できている
これは、例題を見た時にルールを正確に伝えるための条件です。ここでいうルールとは、そのパズル種に存在するルールだけでなく、そのパズル種に存在しないルールのことも含まれています。
例題において、盤面全体にかかるルール(例: 黒マス2×2禁止、白マス分断禁止)は見ただけで存在を確信させることは困難なことが多々あります。一方で、これらのルールは存在しないことを確信させることは容易です。そのため、ある程度パズルに慣れた人向けの例題としては、各ジャンルごとに頻出の盤面全体にかかるルールについて、そのルールが存在しないならば存在しないと明示することが誤解の少ない正確なルールの理解に繋がると考えられます。
3. 初級手筋のチュートリアルとなっている
これは、例題を解いた時にそのパズル種をより深く理解してもらうための条件です。ここでいう初級手筋とはそのパズル種において基本的な議論を指しており、手筋そのものの頻度自体は考慮していません。
例えば橋をかけろというパズルにおいて、8というヒントが使われることは頻度としては高くないと思います。しかし、この8というヒントには「1つの丸から出る橋の個数は最大8本である」という重要な考え方が表出されていると捉えることができます。
したがって、橋をかけろの例題には8というヒント数字が含まれている方が望ましいと考えられます。
良い例題とは(Hybrid編)
複数種類のパズルを組み合わせて作るハイブリッドパズルの例題の役割は、通常のパズル種の例題の役割とは少し異なります。先程説明した
という原則に立ち返って考えてみましょう。
Hybridパズルのルールは、元となったパズル種のルールと、複数のパズル種を組み合わせるにあたり拡張・廃止したルールの組み合わせからなります。
このうち、元になったパズル種のルールは、そのパズル種の例題を解くことでルールや手筋の理解ができました。
したがって、元になるパズル種の本来のルールの詳細説明は各パズル種の例題が担う物であり、ハイブリッドパズル自身は大まかな説明をしていれば十分であると言うことができます。また、Hybridパズルのルールのうち特に例題で説明しなければならない要素としては、複数のパズル種を組み合わせるために拡張・廃止したルールを指すと考えることができます。
このため、元のパズル種のルールとの差分、競合する概念のリストアップをすることにより、Hybridパズルにおける例題構成要件が明らかになる、と⾔えます。
ここでハイブリッドパズルを大きく2つに分類します。それぞれにおいて例題に求められる要件が異なると考えられるため、章立てして説明します。
Mix型: 各パズル種が境界無く⼊り交じっている物 (例: へやジリみさき)
Region型: 各パズル種が境界を持って盤⾯内に存在し(=領域)、境界を通じて領域同⼠が関係している物 (例: Fusion Black)
Mix型
Mix型のパズルは、盤⾯全体で複数のパズルのルールが部分的に適用されている傾向にあります。Mix型パズルの例としてへやジリみさきの例題について考えてみます。
へやジリみさきのルールや問題はこちら(puzsq)で確認出来ます
へやジリみさきは、へやわけから三連禁、黒連禁、部屋数字を、ヤジリンから⽩マス全通ループ、黒連禁、⽮印数字を、ぬりみさきから岬の概念をそれぞれ取り⼊れてできたルールです。
これらの6要素については、部屋数字と三連禁を除きどのマスでも表現することが可能です。したがって、これらの要素を全て取り⼊れた例題を⼩さなサイズで作成する事は原理上可能です。(実際に例題として採用された例題では6要素が全て使われていました。)
このように、Mix型のパズルでは、盤⾯全体を⽤いてどのルール要素が採用されているかを説明できる場合が多いため、全ての要素を取り入れることが例題に求められると考えています。
また、しばしばMix型のパズルではルール要素が通常のパズルと比較して多岐にわたることがあります。そのため、ルール要素に加えてパズル種における多彩な手筋を例題内で表現するには盤面サイズが小さすぎるという問題が発生することが考えられます。
ルールさえ正確に伝わっていれば手筋は自力で発見できる可能性があるため、このように両立が困難な状況下では例題は手筋の説明よりもルール要素の説明を優先したほうが良いと考えています。
Region型
Region型のパズルは、領域内は通常ルールまたはそれに近いルールが適用されており、領域の境界において複数のパズル種を繋げるためにルールの拡張がなされている傾向にあります。
Region型のパズルの具体例としてFusion Blackの例題について考えてみます。
Fusion Blackのルールはこちら(Puzzle Boss Rush No.9 ルール)、問題はこちら(Puzzle Boss Rush No.9)やこちら(puzsq)で確認出来ます。
まず、Fusion Blackのルール文を元のパズル種のルールと比較し、どこが拡張されているのかを抽出してみます。
実際に例題チェックにあたり全文比較をした資料を参考に載せておきます。
この操作により、Fusion Blackというパズル種が次に列挙する16箇所においてパズル種を拡張していることがわかります。
このリストをみて分かるとおり、元になったパズル種において盤面全体に対して適用されていたルールが、Hybridとなったときにどの範囲で適用されるか、というのが例題においてとても重要な要素であると分かります。
一方で、これらの情報は領域の境界における挙動について示していることが多く、小さい盤面における領域の境界がとても短いことを踏まえるならば、小さなサイズでは全てを説明することがしばしば困難であると言えます。
このように、Region型のHybridパズルにおいては手筋どころかルールすら小さい盤面の例題で正確に説明する事が困難です。
これを解決する方法としては大きく分けて2つの方法が考えられます。
盤面サイズを大きくし、ルールを全て説明する
自然に予想できるルールの拡張の一部について説明を妥協する
この2つのアプローチはそれぞれ長所があり、どちらかが一方的に優れているという物ではないと考えています。
前者は、とくにイベントにおける一点物の出題に向いている手段であり、後者は、puzsqのように多数のパズル種を扱っており、ある程度均一化された例題が求められるときに向いている手段だと思います。
良い例題とは(Instructionless編)
Instructionlessとは、ルール文が与えられておらず、唯一解の例題とその解答の組からルールを予想してパズルを解く、というジャンルのことです。
性質上、一問一問に例題が必要となりますが、これについても良い例題の基準や、良い例題を作るための指針があると便利です。また、Instructionlessの例題は通常のパズル種の例題と考えるべき事が近いため、この記事で議論します。
私がInstructionless Gridの例題のチェックを行っていたときの基準は次のような物でした。
例題をみて思いつくルール片に対して、
そのルール片が想定するルールに含まれるならば、元のルールからそのルール片を除いたルールにおいて例題が唯一解でない
そのルール片が想定するルールに含まれないならば、元のルールにそのルール片を加えたルールにおいて例題が唯一解でない (あるいは例題解答がそのルール片に矛盾する)
(ルール片という語をあるパズルのルールの一部を抜き出した物を指して使いました。)
この基準はどちらも、Instructionlessにおいて例題だけでルールを細部まで正確に説明することが必要であるという考えから設定しました。
理想的にルール片を用意することができれば、この基準を用いて例題を作成することで、解き手が予想したルールが正しいかどうかを例題が唯一解かどうかという情報で判定することが出来ます。
しかし、実際に出題したところ、(純粋な不備以外で)想定解のルールではないのに例題が唯一解になる、自分自身の発想の外にあるルールを思いついた解き手がいたパズルが複数みられました。
また、解き手を引っかけようという意図を持って作られた例題は一問もありませんでしたが、表出の意図が伝わらない例題、さらにはルールの勘違いをさせようとしていると受け取られた例題もありました。
振り返ってみると、想定外のルールについてはチェックする人数を増やしたり、作問に関わっておらずバイアスの入っていない第三者にチェッカーを依頼することで発生頻度を減らすことが出来たと思います。
また、1イベント内で同じ概念に対しては同じ表記方法をつかうといった形でルールに対する認識を誘導したり、複数の表記方法を比較して視認性を高める工夫をすることもできたと思います。
Instructionlessパズルはそのジャンルの特性上、どのようなルール文でもありえます。また、既存のルールでないために表記方法やグリッドの種類を自由に変更することができます。
この自由度があるからこそ、Instructionlessパズルの例題は1人によるルール要素の表現の検討にとどまらず、複数の視点でのルール要素の表現の検討や、グリッド・記号を始めとした細かな表記方法の違いにまで注目し、解き手が誤解して問題を解き始めることが減るような工夫をすることが重要だと考えています。
特に、既存のルールであまり見られない概念をInstructionlessパズルとして出題する際には、既存のルール概念では唯一解にならないことを示すことを徹底する必要があります。
また、それでも例題が分かりにくい場合には、例題を複数問用意したり、想定している不正解例を表示することでルールをわかりやすくする手法が考えられます。
まとめ
どのようなパズルでも、この原則をもとに、ルールの複雑さや盤面サイズ、例題以外のルールを示す資料の有無、例題の役割に基づき、例題に含まれるべき要素の検討を丁寧に行うことで良い例題の基準を作ることができる、と考えています。