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防災士ヴォイス 木原実さん(気象予報士)【防災】演劇から防災へ転身!? 阪神・淡路大震災をきっかけに

【防災】演劇から防災へ転身!? 阪神・淡路大震災をきっかけに

演劇に熱中していた時代を回想

こんにちは!「こちら防災情報部」ナビゲーターの乾 栄一郎です。
本日は3回に渡り、防災士の大先輩のインタビューをお送りします
毎日、テレビでお馴染みの気象予報士の木原実さんのインタビューを通じて
阪神淡路大震から30年あまり、防災士補足から20年間を振り返りつつ、防災の大切さについてお伝えしたいと思います。
インタビューは、TiB(東京イノベーションベース)にて収録しています。
お忙しい中、スタジオ入りする前にお時間を取っていただきました。
木原さんありがとうございます

防災士:木原実さんのインタビュー

今日は、私が防災士としての道を歩むことになったきっかけと、防災の大切さについてお話したいと思います。
実は私、大学時代は演劇に夢中でした。まだまだ学生運動が盛んな時代、日本大学藝術学部演劇学科で学び、仲間たちと劇団を立ち上げて青春を謳歌し、社会人になってからは、声優、レポーターとして芸能活動を始めました。
1995年に試験に合格し本格的に気象予報士として活動し、現在まで続いています。
そんな私が防災士になろうと思ったきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災です。

阪神・淡路大震災、そして防災士へ

テレビ局で気象予報士として働いていた私は、震災の瞬間をニュース映像で目の当たりにしました。
崩れ落ちた建物、逃げ惑う人々…
テレビ局の数多くのモニターに
災害の映像が押し寄せてきました
ネット局(ズームイン朝)である、
読売テレビの辛坊さんの災害を伝える姿を
よく覚えています
「何かしなければ」。そう強く感じました。
しかし、気象予報士として災害を伝えることはできても、
地震災害については専門外。
無力感に苛まれました。
そんな時、
新聞で「防災士」という資格の記事を見つけたのです。

防災士になって20年。

防災士になって20年。
設立当初、普及啓発の中心人物として
当初は、
防災クイズを作って地域の人たちと交流するところから始めました。
防災士の資格を取ったからといって、
すぐにリーダーになれるわけではありません。
どこで活動するにも関わりますが
地域の人たちとコミュニケーションを取り、
信頼関係を築くことから始めなければなりませんでした。

自主防災組織の難しさ

防災士として活動する中で、自主防災組織を作ることの難しさも痛感しました。
隣近所で助け合う大切さは誰もが分かっているはずなのに、実際に行動に移すのは難しい。
特に都市部では、隣に住んでいる人の顔も知らないというケースも少なくありません。

マイ・タイムラインのススメ

そこで私が今、力を入れているのが「マイ・タイムライン」の作成です。
これは、災害が起きた時に、自分がどう行動するかを事前に書き出すものです。
避難経路や持ち出し品、家族との連絡方法などを具体的に決めておくことで、いざという時に落ち着いて行動できます。

防災はまず「家族」から

防災は、一人ひとりができることから始めることが大切です。
まずは家族で防災について話し合い、避難計画などを具体的に決めてみましょう。
そして、少しずつ地域へと輪を広げていけたらいいですね。

まとめ|防災は自分と大切な人の命を守るために

防災士になって20年。
阪神・淡路大震災から始まった私の防災への道のりは、まだまだ続きます。
防災は、自分や大切な人の命を守るために、とても大切なことです。
私のできることで皆さんにお伝えできればと思います

「こちら防災情報部」防災士ヴォイス木原さん01いかがだったでしょうか?

木原さんのインタビュー1回目はいかがだったでしょうか?
この記事が、防災について考えるきっかけになれば幸いです。
次回も、木原さんの防災士の活動について、役立つ情報をお届けします。
お楽しみに!

YouTubeでも公開しております
ご視聴いただければ幸いです

読者への呼びかけ

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#防災 #阪神淡路大震災 #気象予報士 #防災士 #マイタイムライン #日本テレビ#ズームイン朝 #木原さん #そらジロー


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