読書note『検察側の証人』アガサ・クリスティー
アガサ・クリスティの戯曲『検察側の証人』を読む。これまたずいぶんとご無沙汰ぶりでした。三幕もの戯曲なので分量そんなに負担なく楽しめる。
殺人事件の犯人として逮捕された青年。彼のアリバイを証明してくれるのは妻だけだった。しかしその妻は検察側の証人として法廷に立ち、夫に不利な証言をする。
なぜ彼女は検察側の証人として立ったのか。このあと二転三転のどんでん返しが読者を待つ。
『検察側の証人』は1953年初演。全三幕。三幕目は二場に分かれる。弁護士事務所と法廷が交互に舞台となる。文庫本には各舞台の配置図が載る。
クリスティはわりと細かく場のセットを書き込んでいるが、いまならこの通りではなく、もうすこし自由に空間を使って演出してもよいかなと思う。
主な登場人物は、法廷弁護士のウィルフリッド・ロバーツ卿、被告人レナード・ボウル、その妻ローマイン。この三人が中心になる。
この戯曲『検察側の証人』は、1957年の映画、ビリー・ワイルダー監督の映画『情婦』の原作である。
映画『情婦』はアガサ・クリスティーの数ある映像化作品の中でもいちばん好きな作品。映画はこれまで何度もみているので、久しぶりに『検察側の証人』を読んでいる間も、脳みその片隅には映画『情婦』のシーンが浮かびあがってくる。
映画『情婦』はわりと原作『検察側の証人』を忠実に映像化している。ちなみに『情婦』というのは邦題で、映画のオリジナルタイトルは戯曲のまま『検察側の証人』。
主要な3名を映画では、チャールズ・ロートン、タイロン・パワー、マレーネ・ディートリッヒが演じていた。
事務弁護士メイヒューは映画ではそれほど重きを置かれてはいないが、戯曲ではウィルフリッド弁護士のパートナーとして活躍する。
一方で、映画で大活躍の付き添い看護婦が戯曲には登場しない。
今回『検察側の証人』を読みながら、なぜ、ビリー・ワイルダーはこの場面を映画ではあのように変えたのだろうか、そんなことを思い巡らせながら読んだ。
もちろん、好き勝手に思いを巡らせるだけだが、フィルムとステージの違いが垣間見られるようで面白い。
レナードと妻のドイツでのなれそめや、被害者と容疑者の出会いなどは映画は回想シーンで具体的に描かれている。
第三幕に登場する女は原作では弁護士事務所に来るが、映画では弁護士を駅のパブに呼び出す。
回想や場所の移動は映画ならではの変更点だろう。
また本と映画との一番大きな違いは、映画でウィルフリッド卿が病み上がりになっていることです。
そこで、彼に付き添いの看護婦が必要になってくる。エルザ・ランチェスター演じる饒舌の看護婦がシリアスなサスペンスドラマにユーモアを提供してくれていた。
原作ではウィルフリッド卿の健康状態は不問である。
なぜ、この弁護士を病み上がりにしたのか。
この作品はウィルフリッド卿が実質的な主人公になる。戯曲では二転三転する事件を追うことが主眼のようで、あまりこの弁護士の性格までは踏み込まれてはいない。そこで映画ではこの弁護士の性格をふくらませてみることにしたのかも。ミステリーを謎解きゲームだけに終わらせず人間ドラマへと昇華させる。
おそらくこれは、チャールズ・ロートンという俳優の魅力に寄せたともいえる。この老優が演じる古狸爺さんの魅力を引き出すために、よくしゃべる付き添い看護婦が用意された。また、病み上がりにしたことで、禁じられている葉巻、数の減ってゆく錠剤、階段のリフトといった原作にはないアイテムを用いて映画のアクセントにすることができた。
翻ってビリー・ワイルダーが映画でそれだけ料理ができたのも、アガサ・クリスティの素材がしっかりしていたということでもあると思う。
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