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巣立ち

 大学進学とともに、一人暮らしをすることになった。というよりも、一人暮らしがしたくて、関東にある実家からは決して通学できない、大阪にある大学をあえて選んで入学した。18歳の待ちに待った独り立ち。実家を離れる寂しさなどは1ミリないまま、小さなアパートへの引越しは完了。
 諸々を手伝いに大阪まで来てくれていた母は、入学式の日に帰っていった。新幹線のホームへと去っていく母の背中を初めて見送った時は、さすがに少し涙ぐんだが、それも一瞬。アパートに戻ると、いよいよ始まる一人天下の開放感に酔いしれた。
 大学生活は幸い順調にスタート。少ないながらも気の合う友に恵まれ、恋人もでき、勉強も面白くて夢中になった。どこか地に足のつかない浮かれた気持ちで、時間はあっという間に過ぎてゆき、生活に慣れた頃、季節はすでに初夏となっていた。
 その頃、借りていたアパートの裏手にある小高い丘に、二百段ほどの細い階段が連なっていることに気がついた。上の方はこんもりと小さな森のようになっていて下からは何も見えないが、蝉の声もチラチラと聴こえてくる。何かありそうだな、と気になって登ってみると、丘のてっぺんは小さな神社と公園があり、ぐるりを取り巻く樹々の隙間からは、大学のある街を一望する広い景色が見渡せた。想像を超える絶景には感動した。しかし、それにもまして、何かがおかしいと感じていた。景色の中に、絶対あるべきものが見つからないのだ。自分が無意識に真っ先に探しているものがどこにもない。生まれ育った横浜では、少しでも高い場所に行けば必ず遠くに見つかるあのシルエット、「富士山」がどこにもなかったのだ。
 この時ようやく、自分がしでかしたことの大きさに気づかされた。勢いで踏み出した一歩は、富士山が見えないような遠い街に自分を連れてきてしまっただけではなく、もう決して取り戻しがつかない、引き返せない、あのぬくぬくとした実家から、自分を出してしまったと。
 生まれ育った自分に何一つ関わりのない景色の真ん中で、私はいつまでも泣いた。



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