【VR×フェムテック】生理痛の共感体験が社会を変える理由
「Femtech-X」では、日本のフェムテックビジネス推進を目指し、日本のフェムテックプレーヤーの創業の思いや事業概要を発信しています。
第9回は、生理痛体験デバイス『ピリオノイド』の事業を展開している大阪ヒートクール株式会社 取締役 奈良女子大学 研究院工学系 准教授 佐藤 克成 氏(さとう・かつなり)氏にお話を伺いました。
インタビューはFemtech Community Japan公式のYoutubeチャンネルからもご覧いただけます!
https://youtu.be/flQWI_f73w8
1.「研究成果を社会実装したい」という思いから創業へ
木村:御社は5名の大学教員の方によって創業された企業と伺っています。
佐藤:代表取締役の伊庭野は、大学の研究環境の改善、特に研究成果を社会実装することの難しさに問題意識を持っていました。
彼が、さまざまな分野の研究者と幅広い交流を持っている創業メンバーの1人と相談しているうちに「知り合いの研究者を集めて企業をつくったら、面白いことができるのではないか」「事業の収益を研究者に還元したい」「各々が持っている研究の技術を社会実装すれば、さまざまな問題が解決できるのではないか」という発想に至りました。そこで、声をかけてもらったことがきっかけで取締役に就きました。
木村:どのような研究をされている大学教員の方が集まったのでしょうか。
佐藤:触覚をはじめ、「大阪ヒートクール」という名前からも連想できるように、熱関係に関わる研究成果を持っている研究者が集まっています。
2.生理痛体験デバイス『ピリオノイド』とは?
①学生発案の作品から、製品化・事業化へ
木村:生理痛体験デバイスの開発のきっかけについて教えてください。
佐藤:学生発案の研究をもとに開発しました。私の研究室に所属していた大学院生が、学部生の時にVR(バーチャルリアリティ)のコンテストに作品を出したいと考えていたのです。その際、過去に「妊娠体験をするVRシステム」が開発されていた経緯もあり、「女性の観点から何かVR作品を作れないか」と、生理痛に関するデバイスを着想しました。
生理がテーマになり得ると考えた時に、女子学生自身が生理痛のことをよく分かっていないという気づきがありました。女子学生が個人として体験していますが、他の女性の方がどういう症状を抱えているのか、どういう痛み方をしているのかが全然わからなかったのです。
友達付き合いの中などでも、すごく症状が重い方と、そうではない方がいる中で、「そもそも生理とは何か」について疑問を持ったことが、最大のモチベーションになりました。
そこで、VRで生理痛を体験できるようなものがあれば、それを元に、他の人の生理の症状をより知ることができる1つのツールとして使えるのではないか思い、開発を始めました。
生理痛の体験型の作品を発案した学生が、私の研究室に配属された後からは、実際作った作品を使って女性が体験するとどういう感じ方をするのかをより定量的に、学術的に調べる研究を始めました。
研究を進める中で、攻めた取り組みをしているということでメディアに取り上げられました。それを見た企業から「自分の社内研修で使いたい」と声がかかり、社内研修に協力したのです。その様子がまたメディアに取り上げられ、今度はそれを見た別の企業からも社内研修への利用依頼がありました。
企業が「女性の働く環境について何か改善したい」という漠然とした思いがある場合、「具体的にどういう活動をしたら良いのかわからない」、「女性の働く環境を改善することでどれだけ意義があるのかがよくわからない」という課題をもっていることが多いです。そうした企業が、実際に女性の生理痛の辛さを体験することで、その意義がより伝わりやすくなると考え研修を行っています。
しかし、企業からの研修依頼が増えるにつれ、私だけで対応していくことが厳しい状況になってきました。その際、ちょうど弊社設立に協力していたこともあり、代表に事業化の相談をしました。
開発の発案者である学生にも「事業化により、より多くのニーズに応えられるようにする」という提案をしたところ、2人とも快諾してくれました。それが、弊社の『ピリオノイド』という事業に繋がっています。
②デバイスの仕組み
木村:生理痛体験デバイスの仕組みについて教えてください。
佐藤:最初に学生が作った装置は、腹部に電極パッドを貼り、その電極パッドから腹筋に対して電気を流し、腹筋を収縮させて生理痛を再現するものでした。EMS(Electrical Muscle Stimulation)や低周波治療器などと呼ばれる機器と同じ仕組みです。女性の生理痛のお腹の痛みは、子宮の周りの筋肉が過剰に収縮することで生じますが、その痛みを腹筋の収縮による痛みで代替できないかというアイデアです。
実は数年前、スプツニ子!さんというアーティストの方が映像作品として同じアイデアのものを作っています。それと同じ仕組みのものを誰でも気軽に体験できるような形で作り直したという位置づけです。
3.生理痛の痛みの再現と安全性の両立の難しさ
木村:開発の中で苦労されたことは?
佐藤:電気刺激を使うことは、触覚の技術の中では比較的使われる方法ですが、人によって電気刺激そのものに対する感じ方が全然違うことが問題でした。学生がいつも使っている電気刺激を他の人がそのまま体験するととても痛いこともありました。
そこで、製品開発ではいくつかの強度のパターンをあらかじめ準備し、弱い方から順番に試してもらい、耐えられる強度を探していくことを行いました。痛みの個人差に対して、どういった形で安全性を保ったまま対応するのかというのは1つの課題でした。
同じように個人差があることによっての課題は、電気の流し方をいろいろと試行錯誤したことです。安全な範囲で行える刺激の強度というのはどうしても上限があるので、上限の刺激を行っても全然痛みを感じないという方もいます。安全な範囲内で生理痛の辛さを、できるだけ強く感じられるよう苦労しました。
木村:体型によっても、痛みの感じ方は変わってくると思いますが、実際の研究ではどうでしょうか。
佐藤:おっしゃる通りで、今まさに体型による痛みの感じ方の違いについて研究課題として取り組んでいます。基本的には筋肉を収縮させるので、筋肉が多い方は痛いのではないかと思いがちですが、いろいろな方に体験していただくと、明らかに筋肉が多い方でも、逆に筋肉量が少ない方でも、痛がる方と全く痛がらない方がいます。
皮膚の水分量や、体脂肪の量、筋肉量が複雑に関係しているのではないかと考えており、そうした要素との痛み方の強度の関係について定量的に評価を行う研究を進めています。
その一方で、共通点としては、筋収縮による痛み、筋収縮の感覚に慣れているかどうかという要素と痛みの感じ方の関係が一番強いです。過去にシックスパッドのようなものを使って腹筋を鍛えていた方ほど、男性でも耐えられる傾向があります。
他にも低周波治療器を整形外科や整骨院で使っている方も痛みを感じにくいです。内側の筋肉の収縮による痛みに慣れていると全然耐えられます。
そのため、女性の方があまり痛がらないことについては、普段の生理において、内側からの収縮の痛みに耐えることに慣れてしまい、痛みを感じにくいと考えています。
4.想像以上の痛みの経験が、"想い合い"のきっかけに
木村:研修の内容について教えてください。
佐藤:まず、生理痛に関して学ぶ研修(講習)を行います。弊社の『ピリオノイド』を使った生理痛の疑似体験を行います。このデバイスはお腹の痛みのみを再現するものですが、実際の生理の症状は非常に幅が広く、個人差も大きいです。生理前の辛さもあり、そもそも女性の生理とはどんなものなのかについてをより広く、深く理解していただきます。その上で、弊社の『ピリオノイド』を使った生理痛の疑似体験を行います。
その後に、ワークショップを行います。生理痛のように我慢してしまって、人に言えないような痛みは、他にもいろいろあると思います。偏頭痛・腰痛などの痛みを全般として広く考えた時に、周りの人が人に言えず抱えている痛みに対して、自分たちがどんな事ができるのかを考えるものになります。
木村:研修を通じて、御社のデバイスを体験された方はどのような反響がありましたか。
佐藤:私自身もそう思ったのですが、男性からは「こんなに痛い。辛いと思わなかった」であったり、他にも「今日気分が悪くなることやいろいろな症状があることは聞いていたけれど、具体的にどのぐらいの痛みなのかについて全然イメージしていなかった」「まさか、ここまでの痛みや辛さだとは思わなかった。これからは女性に対する接し方を見直したい」「お腹を壊して少し辛いぐらいの印象で考えていたけれど、なぜこの状態で普通の生活が送れるのかちょっと理解できない」といった感想を持たれた方がいます。
また、女性からも体験希望や、体験してよかったという感想をもらっています。弊社のデバイスは、女子学生数名が評価して自分の痛み方に近い強度を調べて開発しているため、大多数の女性が普段感じている痛みを再現していて、一種の痛みのスケールみたいなものが出来上がっています。
自分の痛みと体験できる痛みを比較することで、ご自身の生理の重さについて一種の診断ツールのような使い方ができることも面白いと思います。
▼【参考】2024年3月8日開催「ホケンノミライ」に、Femtech Community Japanの皆川と木村が登壇し、大阪ヒートクール株式会社と生理痛体験デバイスの体験会を実施しました。
木村:研修担当をしている株式会社リンケージとはどのように連携をされているのでしょうか。
佐藤:企業研修の案件は、リンケージさんにすべて実施いただいています。内容としては、基本的に研修(講習)と体験とワークショップをセットで実施しています。ただ、企業によって自社で研修の講師を別に招聘したり、またワークショップの内容に関して要望については柔軟に対応しています。体験の時間は、人数にもよりますが、約1時間強です。
リンケージさんとの連携のきっかけは、事業を始めていく中で、非常に多くのお問い合わせをいただくようになり、弊社だけでは対応しきれない状況になりました。その時に、お声がけいただいた企業の中で、弊社がやりたいことに合致したのがリンケージさんで、協業することになったという経緯です。
5.生理痛の痛みや辛さを緩和する事業も社会実装したい
①目指す社会の姿
木村:生理痛体験デバイスや研修を通して目指す社会の姿について教えてください。
佐藤:多くの企業から問い合わせを受けるようになりましたが、弊社から強制的に生理痛の辛さを体験してくださいという押し付けはしたくないと考えています。実際、最初に開発を始めた女子学生の思いも同様だったので、自発的に体験させてくれませんかという声が多くなってきたことは非常に良いことだと思います。
そして、他の人が抱えている痛みについて理解し、思いやることができる社会になってほしいと思っています。そのため、今の現状がその思いと一致していて、ある意味達成できていると考えています。
体験したいと感じてもらった時点で、理解を深める1つのツールとして体験をしたいという、思いやりの気持ちが広がっていると感じています。そういう意味では、このまま現状のような形で興味を持って体験したい、他の人も痛みについて理解しようという気持ちを持つ方がさらに増えていってほしいです。
②技術開発や事業展開の展望
木村:『ピリオノイド』をはじめ、御社の事業の展望を教えてください。
佐藤:現状、生理痛の痛みの再現やそれを通して生理痛に対する理解を深めていただくということはできたと考えています。そのため、次のステップとしては、やはりその痛みや辛さを緩和していくことにも貢献できないかと考えています。そのために、まずは痛みの度合いをもっと明確に数値化・定量化することに医学部の先生と一緒に取り組みたいと思っています。
加えて、生理痛によるお腹の痛みに限らず生理の諸症状の辛さを緩和していく製品の開発はしていきたいと考えています。
弊社の他の事業としては、例えば、かゆみを触覚刺激や(触覚の)技術によって緩和する装置の販売に向けて開発を進めています。弊社のビジョンとして、人の辛さを触覚刺激や事実によって緩和していくことが大きな柱であり、そうした事業についても今後取り組んでいきたいです。
もう1つ、生理痛の体験を通して、製薬・痛み止めなどを開発している企業からも非常に歓迎されています。その理由としては、生理痛の辛さがあまりにも社会に認知されておらず、ピルや痛み止めなどのいろいろな薬を作っても、その重要性が伝わらず販売店で扱われにくいことがあります。それゆえ、研究開発に進むのも腰が重くなるという現状も伺っています。
実は、生理の症状を軽減・治療する薬の重要性の社会的認知が広まることは、生理の辛さを緩和するための1つの手段だと考えています。偏頭痛なども同様に我慢すればいいだろうと扱われてしまいがちです。そうした現状に対して、実際の社会的損失額や、辛い思いをしている人の社会的な認知を高めるための技術開発が必要だと感じています。具体的に何かアイデアがあるわけではありませんが、そうしたところにも何か貢献したいです。
また、技術の効果検証や技術の社会実装においては、弊社だけではどうしてもできない部分もあります。企業や研究機関など何か協力していただけるというところがあれば、ぜひお声かけいただければ嬉しいです。
木村:社会的認知については、フェムテック全般に共通する課題だと認識しています。生理痛もそうですが、PMS、更年期など他の女性の健康課題についてもまだ社会的認知が低いために、理解が進まないと考えています。そうした現状について、技術によって社会的認知を高めていく御社の取り組みを私自身も応援していきたいと思っています。
6.メッセージ
木村:最後に、読者の方にメッセージをお願いします!
佐藤:私自身、これまで生理痛をはじめ、特に女性の健康問題について考える機会はほとんどありませんでした。そうした時に、学生が作ってくれたデバイスを体験してみて、すごく反省した側面もあり学生が考えて作ってくれて本当に良かったと思っています。
やはり、こうした「こういうものがあったらこんな風に役立つのではないか」というアイデアがあれば、まずはそれを行動に移したり、周りの人とも相談して何かまず形にしてみてほしいと思っています。
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