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【フェムテックの社会学的探究シリーズ】Vol.6 ジェンダード・イノベーションの基本

Vol. 5ではフェムテックを通した科学技術への市民参加について検討しました。

科学技術社会論のなかでも議論されているのですが、ジェンダード・イノベーションという言葉を聞いたことがありますでしょうか。最近フェムテックの文脈でも徐々に登場するようになってきたのですが、単語は知っているけどよくわからないというお声もよく聞きますのでご紹介したいと思います!


ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations)とは?

提唱者

提唱者はスタンフォード大学歴史学科ジョン・L・ハインズ科学史教授
ロンダ・シービンガー先生です。「科学、保健・医学、工学、環境学分野におけるジェンダード・イノベーション」プロジェクト創始者、「科学と技術におけるジェンダー」研究の国際的な先駆者であり、国連、欧州議会、多くの研究助成機関で講演活動を展開されています。

定義

Gendered Innovations harness the creative power of sex, gender, and intersectional analysis for innovation and discovery. Considering these approaches may add valuable dimensions to research. They may take research in new directions. 
ジェンダード・イノベーションは、革新と発見のために性差分析、ジェンダー分析、および交差性分析の創造的な力を活用するアプローチです。これらの分析手法を取り入れることで、研究に新たな価値や次元が加わる可能性があり、研究を新しい方向へと導くことが期待されます。(著者訳)

Stanford University ; Gendered Innovations

最近では、性差分析は査読プロセスや助成金採択プロセスで要求されるなど、特に理系の研究者にとって重要な観点になりつつある国や地域もありますが、日本ではまだまだ浸透していません。

また、ジェンダーという言葉がついているのでジェンダーロールのような社会学的なものをイメージされることもあるのですが、日本語では「性差分析」、つまり生物学的な男女の差についての分析になります。

しかしながらこのご紹介だけではピンと来ないと思いますので、実際にどういう時に必要な考え方なのかについての例をご紹介します。

例1 : Engineering :自動車の安全性テスト

自動車の安全性テストには、クラッシュテストダミーが使用されますが、最も一般的に使用されるダミーは平均的な男性の体をモデルにしたもの=身長175cm 体重75.5kgです。(これでも日本人の平均より約5cm高いです)

1966年には女性のダミーがが導入されましたが、このダミーは男性ダミーを単に縮小しただけかつ、女性の最も小さい5%の数値(身長150cm以下)を使用していて、女性の体を正確にモデル化したものではありません。

さらに妊婦ダミーが導入されたのは2002年、車の長い歴史の中でほんの20年前なのです。もちろんサイズだけでなく男女で首の強度や耐傷害性なども違いますがそのまで反映されていません。

結果として同等の衝突でも女性は男性よりも重傷を負いやすい状況にあることは容易に想像が付きますね。実際、むちうちになるリスクは女性が男性の3倍、重症は1.7倍だそうです。

例2:Science:実験動物を用いた基礎研究

実験動物を用いたほとんどの基礎研究は、オスに焦点を当て、メスを除外しています。「メスは生理周期などでデータがぶれるからオスを使いましょう」と長年教育現場でも指導されてきました。なるほど確かに、と思ってしまったのですが、その結果多くの課題が生じています。

例えば、メスの実験動物の使用が不十分であるため、女性に特有の疾患プロセスについての理解が十分に進んでいません。多くの研究ではオスの実験動物が主に用いられ、その結果が正当な根拠なくメスに一般化される傾向があります。そのため、女性に多く見られる症状であっても、ほとんどの研究がオスを対象に実施されているのが現状です。また、女性特有の生理現象や疾患プロセスを分析する重要な機会が失われているとも言えます。今まで避けられてきた女性のデータの”ブレ”こそが重要なのです。

例3:Environment :環境

住宅と街並みの設計などに性差を組み込むというイメージしやすいものから、海洋科学まで幅広く考えることが出来ます。

例えばウミガメは孵化する時の温度によって生まれてくる性別が変わるそうです。温度が高いとメスが生まれるため、温暖化が進み気温や海水温があがるとメスばかり生まれてくることになります。実際にオーストラリアやハワイなどでも殆どがメスになっているとの研究が発表されています。

温度によって性別が決まる動物にとっての気候変動による温暖化の影響について理解を深めることは、将来的な生態系の変化や絶滅リスクにつながっていきます。

例4:Health Medicine:保健と医療

欧米では骨粗しょう症による股関節骨折患者のほぼ3分の1を男性が占めているにも関わらず、未だに女性の疾患と考えられており、男性が骨粗しょう症の治療を受けることがなかったり、遅れたりしています。

また、狭心症のような心臓の病気では、胸(心臓)に痛みが出るものだと認識されていますが、男性は主に胸に痛みが出やすいのに対して女性は首や肩、お腹など別の部分に症状が出ることが判明しました。しかし医療従事者であっても、胸の痛みでないなら違うであろうと誤診をしたり、原因不明になってしまう現状です。

医師だけでなく我々自身も、病気の症状にも性差があるかもしれない、と念頭に置くだけでも取れる行動が違ってくると思います。

フェムテックはどう関わるのか

これらの例を見て、ジェンダード・イノベーションの考え方はなんとなくイメージ出来たかなと思います。

このように例を検討すると、なぜ今まで気づかなかったのだろう?と思います。開発や研究の段階で、男性を基準とすることに誰一人として疑うこともなかった!という印象を感じますが、これにより歴史的に女性、メスに関するデータが不足しているのが現状です。

ジェンダード・イノベーション自体は、定義にも記載したように「研究、開発の段階から性差分析、性差だけでなく人種や年齢なども含む交差分析が重要である」という考えなので、フェムテック=ジェンダード・イノベーション、という扱いは少し違います。(時々同義のように扱われていることがありますので注意です)

保健と医療分野のメディカルテクノロジーとして

しかし、このジェンダード・イノベーションの取り組みのなかでもフェムテックの役割があるのではと感じています。実際にStanford University のGendered Innovationsのサイトにも最近Femtechの記載がされるようになりました!✨

アメリカでは女性が出願する特許は全体のわずか13%に過ぎません。ハーバード・ビジネス・スクールのRem Koningは、1976年から2010年の間に出願されたすべてのバイオ医療特許が男女平等に生産されていたとした場合、女性向けのバイオ医療発明が約6,500件多かっただろうと推定しています(Koning et al., 2021)。

(中略)
フェムテックの目標の多くは、女性により良い治療を提供し、医療システムにおけるジェンダー平等を促進することです。

(中略)
日本では、Lily MedTech社が新たに開発した技術「Ring Echo」が、痛みが強いとされるマンモグラムの代替として注目されています。Ring Echoは、高精度で痛みのない検査を目指して設計されました。このシステムでは、受診者がベッド型の装置にうつ伏せになり、胸部を水が満たされた穴に入れます。その後、リング型の超音波トランスデューサーが上下に動き、胸部の3Dスキャンを行って潜在的な癌を検出します。

Stanford University

株式会社 Lily MedTechは、乳房用超音波画像診断装置の開発を目的とした、東大発のベンチャーです。数あるFemtechの取り組みのなかでも日本のスタートアップが取り上げられていることが嬉しいですね☺️


上記の例からもわかるように今まで男性、オスを軸とした研究データが積み上げられ、それを基礎として医学含め多くの社会が設計され、女性特有の痛み、症状などが見逃されてしまいます。

女性の健康にフォーカスしたフェムテックが、特有のデータや知見の蓄積に貢献が出来る技術やサービスが拡大していくことは重要です。

今回は基本のご紹介になりましたが、ジェンダード・イノベーションの考えについて頭の片隅においていただけると幸いです。今後深掘りしていきたいと思います。


参考


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