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架空のえずき犬

むかし、私が高校生の頃、隣の犬が「おぅぇえええええええ」とえずくおっさんのような声を出す犬だった。最初、ほんとうに、どこかのおっさんがえずいているのかと思った。気の毒にきっとなにかの病気だったのだろうけれど、どう聞いてもおっさんの声にしか聞こえなかった。

学校で、その犬の声の真似を、後ろの席のCにして見せた。彼女は顔を真っ赤にして大爆笑した。
「嘘だぁ、それ嘘でしょ、やだぁ、嘘でしょ」

私が話を面白くしている、というのだ。
「いや、本当なんだってば!」それを伝えるために、結構真面目にその真似をしてやった。犬の家に面している私の部屋で、四六時中私が聞いていた、えずきの声だ。いくらでも真似できた。彼女は爆笑し続けていた。

ある日、母が保護者会から帰宅してきた。
「Cのお母さんに会ったよ」
「あんた、Cにとなりの犬の真似してみせてるんだって?」
母の話曰く、Cは帰宅して「架空のえずく犬の真似をするフェリファブの真似」を嬉々としてやって見せているらしかった。

それを、C母は「作り話」と思ったらしい。
「フェリファブちゃんそんなことしないでしょ?!」
Cが話を面白くしている、と。

私は保護者界隈ではおとなしい子で通ってるらしく、Cママの中では、猫をかぶってる架空のフェリファブ像の方が、自分の娘の渾身のモノマネより勝っていたようだ。
幾重にもかさなる「架空」。隣の家の犬のえずきはCには「フェリファブの作り出した架空の犬の爆笑話」として伝わり、Cの私のモノマネは、「Cの作り出した架空のフェリファブの爆笑話」として伝わっていた。

「だからね、ちゃんと言っておいたよ」
母は言った。
「隣の犬は本当におっさんみたいな声出す子だし、うちの子も元来、その手のお調子野郎だよ」と。

架空を是正する者(嘘をつく可能性のない第三者の成人)として、華麗に杖を一振りした母。
Cママは「ヤダー!」と存分にショック受けていたようだ。

そんなわけでCママ経由で、例の犬は本物である、とやっとCに伝わった翌朝。
学校に来るなり、「ねぇ〜!」と彼女は私の肩を叩いて言った。
「──あの犬、実在だったんだねぇ!!!」

むしろ今度は、私が本気でショックを受けていた。

あんなにやったのに、本当だと本当に信じてもらえていなかったのか?!と



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