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【論文】愛の本質(The Nature of Love)〜ハーロウのリスザル実験より〜

1.はじめに

タッチや身体接触はとても不思議で魔法に感じる時があります。
臨床現場ではクライアントへのハンズオンが「気づき」を生み、クライアントが動きを学ぶきっかけになったりします。
また療育現場でも、椅子には座れないが、膝の上で座って遊ぶことができたり、集団の場にいることができる子どもに出会う時がよくあります。
タッチや身体接触は奥深いし探求していきたいテーマでもあります。
先日紹介した図書館実験もわずかなタッチの効果の影響を見ることができました。

その中でも今日は、アメリカの心理学者ハリー・フレデリック・ハーロウ氏がアカゲサルの新生児に対して行った古典的な実験を紹介します。
論文のタイトルは「愛の本質(The Nature of Love)」となっています。
Harlow HF (1958) The nature of love. American Psychologist 13: 673–685.

動物虐待の観点から現在はこのような実験はできないと考えられますが、とても身体接触や触覚を考える上で興味深いので紹介します。


2.どんな論文か


アカゲザルを用いた実験を通じて、触覚の接触快適感が情愛や安心感の形成においてどれほど重要な役割を果たしているかを実証した非常に重要な基礎研究。

3.実験方法

1)代理母の構築

ハーロウは、2種類の人工的な代理母を作成しました(図1)

布の代理母: 木のブロックにスポンジゴムを巻き、さらに柔らかい綿のテリクロスで覆われたもの。これには、内部に電球が取り付けられ、温かさを提供する機能も持たせました。この代理母は柔らかく、温かく、サルにとって非常に快適な存在です。
ワイヤーの代理母: ワイヤーメッシュで作られた、冷たく硬い代理母。授乳機能も提供するが、布の代理母に比べて快適さは非常に低い。

図1 ワイヤーと布の代理母 Harlow HF (1958)より

2)新生児アカゲザルのグループ分け

ハーロウは、8匹の新生児サルを2つのグループに分けて実験を行いました。

グループ1: 布の代理母から授乳されるが、ワイヤーの代理母は授乳しない環境下。
グループ2: ワイヤーの代理母から授乳されるが、布の代理母は授乳しない環境下。

サルたちは、自由に両方の代理母に近づくことができる環境に置かれました。

3)評価

研究では、サルたちの情愛反応を測定するためにいくつかの異なるテストが行われました。

時間の測定: 代理母のどちらにサルがどれだけの時間を過ごしたかを自動的に記録しました。このデータは、サルが物理的な快適さ(接触快適感)をどれだけ重視しているかを示すものです。

②恐怖反応のテスト: サルのケージ内に恐怖を引き起こす刺激(例:動くおもちゃの熊)を導入し、サルがどちらの代理母に避難するかを観察しました。これにより、サルがどちらの代理母を安全な避難場所として認識しているかが分かります。

③オープンフィールドテスト: サルを6フィート四方の未知の部屋(オープンフィールド)に配置し、布の代理母が存在する場合と存在しない場合で、サルの行動を比較しました。

4.結果

2つのグループの間には、摂取したミルクの量や体重増加に違いはありませんでした。唯一の違いは便の組成にあり、ワイヤー代理母の乳児の便が柔らかかった。サルたちは、食物の提供に関わらず、柔らかくて温かい布で覆われた代理母に対して強い愛着を示しました。

1)時間の測定結果:

サルたちは、授乳が行われていない場合でも、ワイヤーの代理母よりも布の代理母のそばで圧倒的に多くの時間を過ごしました。これにより、接触快適感がサルにとって最も重要な要素であることが確認されました。

表1 代理母で過ごした時間 Harlow HF (1958)より

2)恐怖反応のテスト結果:

恐怖を感じたとき、サルたちは一貫して布の代理母のもとに逃げ込み、安心感を得ようとしました(図2)。これに対し、ワイヤーの代理母にはほとんど逃げ込まず、むしろ布の代理母を選びました。これにより、サルたちが物理的な快適さを安心感と強く結びつけていることが示されました。
 生後7日目には約40%のサルが布の代理母に逃げ込んでいましたが、日齢が上がるにつれてこの割合は増加し、生後42日目には80%に達しています。この傾向は、生後62日目まで続いています(表2)

図2 恐怖反応テストで代理母に近づく典型的な反応 Harlow HF (1958)より


表2 恐怖反応テストにおける反応 Harlow HF (1958)より

ちなみに、2つのグループの間には、摂取したミルクの量や体重増加に違いはありませんでした。唯一の違いは便の組成にあり、ワイヤー代理母の乳児の便が柔らかった。

3)オープンフィールドテスト結果:

 代理母がいる場合、サルたちは彼女に駆け寄り、しがみつき、体をこすりつける様子が観察されました。時間が経つにつれ、乳児たちは代理母を安心感の源として利用するようになり、その姿は図3からわかります。彼らは新しい物を探索し操作した後、代理母のもとへ戻り、そして再び未知の世界に挑戦するという行動パターンを確立しました。

図3 代理母の存在が探索を促す Harlow HF (1958)より

しかし、母親が不在の場合、図4に示されているように、彼らはしばしばかがんだ姿勢で動かなくなることがありました。さらに、発声、かがみ込み、揺れ、吸い付きなどの感情的な反応が急激に増加しました。 
 一部の実験サルは、代理母が不在のとき、彼らは部屋の中心に走り、母親が通常いる場所を探し回り、絶え間なく叫び声を上げ続け、不安と混乱を如実に物語っていました。また、立っているときでさえ、自分の体に頻繁にしがみつく行動が観察されました。


図4 オープンフィールドテストで代理母がいない時の反応 Harlow HF (1958)より

5.この実験から言えること

 授乳よりも接触快適感の重要性が際立つ

物理的な接触、特に「接触快適感」が、情愛や安心感の形成において極めて重要な役割を果たすことを明らかにしました。
 サルたちは、授乳できるかどうかに関わらず、快適な接触を提供する布の代理母を優先し、柔らかくて温かい布の代理母に強い愛着を示しました。ワイヤーの代理母から授乳を受けても、布の代理母に移行する傾向が見られました。これは、情愛が食物の提供以上に、触覚的な快適さと密接に関連していることを示しています。冷たく硬いワイヤーの代理母にはほとんど安心感を見出せていないことがいえる。

心理的安心感の源としての母親や代理母

サルたちが恐怖や不安を感じたとき、布の代理母が存在することで、サルは安心感を得て冷静さを取り戻し、未知の環境でも探究活動を続けることができました。代理母がいない場合、サルは強い不安や恐怖を示し、行動が著しく制限されました。このことは、物理的な接触が心理的な安全と安心感を提供する重要な要素であることを示しています。

6.この論文からの学び

ハーロウは愛情は接触快適感によって形成されることを強調していますが、社会的相互作用やコミュニケーションも愛情には関係していると私は考えるので接触のみが本質と言い切るには不十分であると思います。またサルから人間へそのまま当てはめるのにも慎重さが必要かもしれません。
 しかし、接触快適感の重要性を実証したこの研究は、触覚が心理的な安心感を強化し、情動を安定させる役割を果たすことを示しており、人間の発達形成にも応用して考えることができるでしょう。こどもの発達、育児や親子関係はもとより大人の学びにも接触快適感は大切だと思います。自己理解と行動変容を促すためのデザインとして接触快適感はキーワードになると思いました。


<参考文献>
Harlow HF (1958) The nature of love. American Psychologist 13: 673–685.



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