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漫画の中に「解放される瞬間」がある。原稿用紙が俺たちのフィールド|ヤマシタトモコ×えすとえむ対談 「物語」への欲望を語り合う(4/4)終

対談公開最終回! 2015年に発売された『ヤマシタトモコのおはなし本』(祥伝社)の電子配信解禁を記念して、ヤマシタトモコ先生×えすとえむ先生のスペシャル対談(初出:『onBLUE』vol.2(2011年4月25日))を一挙大公開中! 同い年でかつ作家としてもほぼ同期、「執筆の場が一番かぶってる」というおふたりがたっぷり語り合ってくださいました。


■ ケンタウロス愛

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ヤマシタ えむさん、今一番強い萌えって、やっぱりケンタウ?(ケンタウロス)

えむ ケンタウって略す方?

ヤマシタ え、逆にタウロス?

えむ ケンタウロスはどこで略せばいいんだろ。

ヤマシタ そもそもケンタウロスって何語?

えむ ギリシャ語。人前でケンタウロスって言うのは、割とはばかられますけどね。頭がネバーランドの人みたいじゃないですか。電車に乗っているときに、隣の人が「ペガサスが」って盛り上がってたらびっくりするでしょ。

ヤマシタ あはは、今〝ケンタウロス〟を大辞林アプリで調べたんですけど「ケンタウロスの複数形はケンタウロイ」ですって。

えむ えっ〝ケンタウロイ〟?

ヤマシタ うん。「ギリシャ神話で半身半馬の怪物。テッサリアなどの山岳森林地帯に住む野蛮な部族。近隣のラピュタイ族の王の婚礼に招かれ、酔って花嫁や女たちに乱暴をし、大乱闘になり制圧され土地を追われた。複数形:ケンタウロイ」

えむ ふふふ、そのエピソード、超萌えるでしょ。

ヤマシタ 大暴れ(笑)。ひひーん!

えむ 〝ケンタウロイ〟は初めて聞いたなあ。〝ケンタウロスたち〟って言うときは〝ケンタウロイ〟って言わなくてはいけないんだ。さらにおかしい呼び方が…。

ヤマシタ 呼んだらいいじゃないですか。

えむ カモフラージュ的な呼び名が欲しいですよ。

ヤマシタ 〝馬人間〟。

えむ うまにんげん、て! 私は電車の中で「今日ケンタウロスの話していた人がいたんだけど、あの人たち何だろう」と怪しまれたくないんですよ。

―では、募集しましょう。良き呼び名を思いついた方、ぜひ編集部までご一報ください。

えむ それにしても最近、ケンタウロスなら何でも萌えるんですよね。

ヤマシタ 私も、異種婚礼譚は昔からすごく萌えますね。BLにも限らず、少女と馬とかも。

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えむ それも最高!

ヤマシタ そんなふうに私もそっちが好きな属性はあるから「そこでえむさんはケンタウにシフトしていくんだ」と思った覚えが。私は高校生のときに花村萬月先生の作品を好きになって、特に『ブルース』(KADOKAWA)っていう作品がたまらないんですよ。主人公のおっさんがすごい色っぽい。彼と恋に落ちるのは若いピュアな女の子で、主人公のことをずっと好きなオカマのヤクザもいる。「暴力と愛とエロス」というような作品。私の好きなものしか入っていない…!

■ 人生は漫画にある

ヤマシタ えむさんの作品は、何か新しいものを好きになるきっかけになりそう。ケンタウみたいに。

えむ そうであってほしいな。

ヤマシタ 私は、雑誌で初めてケンタウが載ってたとき「えむさん新しいな! 切り込んだなーっ」と思いました。ひとしきり考えて、もう1回読んだり。

えむ ようやく来たか! と喜んでいる読者さんがいるといいなあ。

ヤマシタ 獣人萌えにね。

えむ 〝好き〟とのマッチングがあると良いですよね。そういうマッチングって意味でも、私はヤマシタさんの『悪党の歯』(『恋の心に黒い羽』所収)にアホほど萌えました。

ヤマシタ 好きなものがいっぱい入った作品です。自分で描いちゃった。

―えむさんは、ご自身の作品の中で、好きなものの原型のような作品はありますか。

えむ 『愚か者は赤を嫌う』が一番。多分対極の立場っていうのがすごく好きなので。あの場合は殺すものと殺されるものだけど、その立場がぐるぐる変わる。

ヤマシタ 私は肉の解体屋にぞくぞくしました。難しいですよね、肉の解体って。

えむ そうですね。命をもらってるんで〝美しい〟と言い切るのは、はばかられるけれど。

ヤマシタ でもこのシーンは美しいとしか言いようがないですよね。

えむ デビューコミックスの『ショーが跳ねたら逢いましょう』(東京漫画社)も好きなものばかりですよ。でも、それとは別に、〝好き〟や〝萌え〟ではなく、〝どうしても自分の中で消化できないこと〟を描くことってありませんか。自分のこともそうだけど、ニュースだったり、自分が好きな人やものがなくなってしまったり、みたいな。

ヤマシタ そうですね、プラスの出来事でなくとも、その中から何か物語を探そうとしてしまう。

えむ そう、そこに物語が欲しいんだよ。ひとつの物語にして区切りをつける。

ヤマシタ そのときにできなくても、何年後かにその出来事から何か得て漫画が描けるんだと思うと、若干救われるところがある。

えむ 納得したいんだよ、という気持ち。

ヤマシタ そうやって、日常のフラストレーションを細かく細かく消化している。

えむ でも、漫画の原点ってそこなんですよね、きっと。カートゥーンだとか、面白くしないと生きていけない! という感情から生まれている気がする。コメディーも。何かのフラストレーションをぶつけているよね。だから、私たちはとても幸運な場所にいるよね。それを表現させてもらえる。

ヤマシタ 確かに。

えむ 表現しているから日常生活を安穏と生きていられるのかもしれない。…ただ、漫画を描いてるから日常生活がままならないこともあるけど。

ヤマシタ はは、大いにある…。どっちが先かみたいな。

えむ 本末転倒感、ものすっごくある!(笑)海外に行くと「何でそんなに働くんだ」って必ず言われるから。クレイジー扱いされるんだよ〜。海外の知り合いと話していると、向こうでは下請けや原作付きでやっている人は〝技術職〟という感覚が強いみたい。私たちにとっては仕事はそのまま自分とイコールにできることがあるけど、そういう感じがあまりしない。もちろんアート系の人も多いけど、それこそ、そういう人たちとは仕事の仕方が全然違うし。

ヤマシタ そうなんだ。

えむ でも実際の生活は、こちらの方が地味でしょうけど。地味でしょうがないけど、何か充足感がある。

ヤマシタ 解放される瞬間があるよね。

えむ でも外から見てたら「あいつの生活、大丈夫か?」って心配されるんだけど。

ヤマシタ 静かに静かに感情を爆発させてる。

えむ そう! クリスマスも描いているって言ったら「君の人生はどこにあるんだ」ってリアルに真顔で聞かれてしまった。

ヤマシタ 私たちの人生は漫画にあるんだよ。

えむ そうそう。ここにあるんだよ。あーもう、青春ものみたい(照)。でもリングとかカッコいい場所が良かったような…。

ヤマシタ 原稿用紙がフィールド。俺たちのフィールド。俺たちには原稿があるじゃないか。

えむ 〝俺フィー〟(笑)。まあ、たまに「もっとカッコいいのが良かった」とか思うときあるけど、まあいいか。

ヤマシタ それもまた良しってことで。

(取材・文/「on BLUE」編集部)


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