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4. キツかった頃のことを思い出してみようかと。

10年前の2月、オヤジが倒れた。
オフクロが認知症の診断受けたのが確かその6月。
あれからもう10年経ったんだなと。
どうしたらいいのか分からないまま10年という時間が過ぎた気がする。
そしてその年の2月の関東は異常なまでの大雪だった記憶があるよ。
夜中に新聞配達のアルバイトやってたからね。大変だった!
ホント2014年は家族と自分にとっては厄災の年だったなあ。

ここに書くことって自分の記憶の整理と感情の吐き出しのつもりで書き始めたんだけどさ。
この10年を思い出そうとしてもよく覚えていないところがあるんだよね。
オフクロの症状が進行してたときの頃とか何やってたのかな?自分、と。
あまりハッキリとした輪郭で自分の記憶にいない。

ただ、2017年中後半あたりから2019後半までがとくに酷かったかな?たぶん。
オフクロは不穏と徘徊が酷かったよ。

当時の平日の自分といえば、朝にオフクロをデイサービスへ送り出して、それから寝て、夕方起きるとオフクロがデイサービスから帰ってきて、また寝て夜中にバイト行って、朝帰ってきてオフクロをデイサービスへ送り出して…
ずっとこんなことしてた。

日曜日だけはデイサービスがないもんだから朝刊配達のバイトから帰ってきたら仮眠もほぼ無くそのまま夜まで徘徊を見張ってるだけだった。
と言っても結局出ていっちゃうんだけどね。

数えるくらいだけれどもパトカーで帰宅してきたこともあったし、交番まで迎えに行ったこともあったよね。
今これを書いていて思い出したんだけどさ、徘徊して警察に保護されたオフクロを交番まで迎えに行って書類を書いているときに

『あ。今日、自分の誕生日じゃないか…』

って気づいた時にはとてつもなく悲しくなった。
『あーあ、もうなんだかいろいろと終わってる感が…』
『自分の誕生日も忘れてたのか…』

あの当時はすべてに対してヤケクソだったような記憶がある。
なんだかこじらせた中学生みたいだけれども、実際いろいろとこじらせてたからねあの頃。

『みんなどこ行ったんだ!私を馬鹿にしているんだろ!帰る!』

と怒りながら出ていってしまうオフクロをただ見張っているだけの生活。
そんなまったく意味のないことを毎日毎日延々と繰り返すわけで頭おかしくなりそうになるよ、て言うかおかしくなってたね。あれは。

オフクロの不穏が、意味のない怒りが、とりあえずそこにいる自分に向かうわけで。
一日中怒ってるときとかあったし。キツかった。ホントキツかった。
正直『早く死んで。』と。
認知症という病気がさ、そうさせてるのは頭では分かるんだけれども。
分かるんだけれどもさ。

あの頃は親に死んでとか申し訳ないとも思っていなかったのではないかな。
永遠にこの生活をするのは無理だ、と思っていたから。

ここまででオヤジのことはまったく触れていないけれども、オヤジとはオヤジとで色々こじれていた。そのことについてもあとで書こうかと。

なんであえてキツかった頃のことを思い出すんだろうねと考えたけれど、よく分からない。
理由があるとすれば自分の頭の中であの頃の時間がずっとモヤモヤしててハッキリしないのが嫌なんだろうなと。
だからちょっと整理しておきたいなと。
ケジメつけたい。そう、なんかそんな感じ。
なんであんなにヤケクソに生きていたんだろうか、とかね。
自分の中で暗黒期だった記憶にケジメをつけてスッキリしたいぞと。

書いていて思ったのは、時間が経ってから思い出すと意外と落ち着いた感情で振り返れるなって。
もっと嫌な感情になるんじゃあないの?とも思っていたけれど全然そんなことなかった。今のところはね。

こんな感じでダラダラと書いていたらもう夜が明けそうなので、今日はここまでにしておこうかと。Peace✌️


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