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人生の答え合わせ

高校同期会に参加して感じたこと

自分たちの出身高校は地方の公立で、いちおう「進学校」と目される学校だった。中には大きく出世した人も複数いて、また、よくあることかと思うが、同期会・同窓会には「飛び抜けて出世した人」と「苦境にある人」は参加しないように思う。成功の定義をどこに置くか、また、どんな気持ちでかつての同期生に会うか、というのは人によってさまざまとは思う。なので、様々な評価項目的な軸でバランスの取れた人が出てきて交流するのが安定した間柄を築くのに必要ということになろうか。一方、無意識に考えている目的として、自分と高校までは背景の似通った人間が、どういう暮らしぶりでどんな考え方をしているのか、を知って相対化することではないか、とひそかに思うのだ。

それはもしかすると人生の答え合わせ的部分があるのかもしれない。

同世代のas is からの気づきと今後の見通し

高校時代と現在の差分がプラスであれば、答え合わせはOKということになろうか。そして、他の同期生と比べて、「たられば」を悔やんだり、ちょっぴり優越感に浸ったり、ということも正直なところあるのかも知れない(こんなふうに人との比較をしている限り幸せには程遠い気もするが)。多くの人の共通点をみて、ああ、これが自分たちの世代の「常識」なのかも、と気づかされることもある。そして、残りの人生でできそうなこと、やっておきたいことなどのヒントもつかめるようにも思う。

そしてまだ、子供や孫の話や、病気の話ばかりになっていない同期生でよかった、と安堵したので、手回しのよい幹事が決めてくれた次回の同期会に出て、その時には今の目標を達成していたいと思えたので、有難い機会だった。

課題図書の抜き書き

あなたの現在の地位や状態は、あなたの思考が作り出したものなのだ。

私たちはできていないが成功者はやっている52のこと
ナポレオン・ヒル



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