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吉海直人(1953- )『読んで楽しむ百人一首』KADOKAWA 2017年4月刊 264ページ  57 めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな 紫式部


吉海直人(1953- )
『読んで楽しむ百人一首』
KADOKAWA 2017年4月刊
264ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4044002762

「なぜ天智天皇から始まるのか?
親子の歌は18組もある?
秋の歌が春の歌の3倍近く!
紅葉の名所・竜田川から「竜田揚げ」は生まれた?
「小倉あん」の由来は紅葉で名高い小倉山?
百人一首研究の第一人者が、歌のなりたちから、詠み人の素顔に加え、
料理や動植物、色彩などにまつわるエピソードを紹介。
楽しみながら味わうコツがわかる。

目次
秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつつ(天智天皇)
春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山(持統天皇)
あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む(柿本人丸)
田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士のたかねに雪は降りつつ(山辺赤人)
奥山に紅葉ふみ分けなく鹿の声きく時ぞ秋は悲しき(猿丸大夫)
かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける(中納言家持)
天の原ふりさけ見れば春日なるみかさの山に出でし月かも(阿倍仲麿)
わが庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり(喜撰法師)
花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに(小野小町)
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関(蝉丸)
〔ほか〕」

試し読み
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福岡市総合図書館蔵書
2017年6月26日読了

『京都新聞』連載丸一年五十回をもとに
三倍に増量した264ページ。

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「百人一首を[藤原定家による]「秀歌撰」と認定する根拠は
どこにも提示されていません。
 … 
私はむしろ年代順に並んでいることを重視して、
百人一首は和歌で綴った平安朝歴史絵巻だと考えています。」
p.10「秀歌撰とは異なる百人一首」

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「30
 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし
 壬生忠岑
後朝の別れの空にかかる有明の月を見てからというもの、
暁ほどつらく悲しいものはありません。

一晩一緒に過ごした男女は、具体的にいつ別れるのでしょうか。
通ってきた男性は何時になったら帰るのでしょうか。
その合図となったのが鶏の鳴き声や寺の鐘の音でした。
これらは日付変更時点を知らせる合図でした。

現在、日付が変わるのは午前十二時ですが、
平安時代は午前三時でした。
丑の刻までが今日で、
寅の刻になると翌日(明日)になるのです。
それは夜(今夜)から暁(翌日)になる時刻でもありました。

ですから「後朝の別れ」は、
すなわち「暁の別れ」でもあるのです。
その別れの空に有明の月が出ているのですから、
どうしても目に入りますよね。」
p.97

「57
 めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな
 紫式部
久しぶりにお逢いして、今見たのはあなたかどうか見分けもつかない間に、雲隠れした夜半の月のように、あなたはお帰りになったことです。

紫式部は歌人としては一流とは言えません。
『後拾遺集』にたった三首しか撰入されていないのです
(和泉式部は六十七首です)。
ですから純粋に一流歌人が撰ばれるのであれば、
百人一首に紫式部が入るはずはないのです。
ではどうして撰ばれたのでしょうか。

藤原俊成が判者を務めた
『六百番歌合』[建久三年(1192)]で
「草の原」という言葉をめぐって議論が生じ、
俊成はそれが
『源氏物語』花宴巻に出ていることを告げ、
「源氏見ざる歌よみは遺恨のことなり」
と言い放ったのです。
俊成は『源氏物語』を単なる物語ではなく、
歌人の読むべき教科書としたのです。
それ以降『源氏物語』は多くの歌人達に読まれるようになり、
連動して、
作者紫式部の歌人としての評価も上昇し、
『千載集』に九首、
『新古今集』に十四首も入集。
歌人として見直されたというより、
『源氏物語』の評価に付随してのことと思われます。
『源氏物語』の作者だから、
紫式部は百人一首に撰ばれたのです。」
p.155

https://ja.wikipedia.org/wiki/六百番歌合


読書メーター
吉海直人の本棚
登録冊数8冊
刊行年月順
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091377

百人一首の本棚
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https://note.com/fe1955/n/n586a12682eab
秋の田のかりほの庵(いほ)の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第一章 天智天皇
「秋の田の」歌(一番)を読み解く」p.15-24
『日本語学』2017年6月号(第36巻6号)

https://note.com/fe1955/n/n62266db52edf
春すぎて夏来にけらししろたへの衣ほすてふ天の香具山
田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第二章 「白妙の」は枕詞か
 持統天皇歌(二番)と山辺赤人歌(四番)の違い」

https://note.com/fe1955/n/n0ba90ea3e6c6
あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝ん
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第三章 柿本人丸歌(三番)の
「ひとりかも寝ん」の解釈」

https://note.com/fe1955/n/n8a17ee829b0e
あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝ん
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第四章 柿本人丸歌(三番)の
「長々し」の特殊性」

https://note.com/fe1955/n/n4f431d990faa
かささぎのわたせる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第五章 大伴家持
「かささぎの」歌(六番)を待恋として読む」

https://note.com/fe1955/n/n33fa91b5395e
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第六章 阿倍仲麻呂
「天の原」歌(七番)の再検討 上野[誠]論を起点として」

https://note.com/fe1955/n/n1e1c79d9cfff
立別れいなばの山の峯におふるまつとし聞かば今帰り来む
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第七章 在原行平「立ち別れ」歌(一六番)の新鮮さ」

https://note.com/fe1955/n/ncf668d55a127
ちはやふる神代も聞かず竜田川から紅に水くぐるとは
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す 2
 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第八章 在原業平歌(一七番)の「ちはやぶる」幻想
 清濁をめぐって」p.97-113
『同志社女子大学大学院文学研究科紀要』17
 2017年3月

https://note.com/fe1955/n/nd7cbc56bb2ef
ちはやふる神代も聞かず竜田川から紅に水くぐるとは
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第九章
 在原業平歌(一七番)の
「水くぐる」再考 森田論を受けて」

https://note.com/fe1955/n/n0cd814798890
今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十章 素性法師歌(二一番)の「長月の有明の月」再考」

https://note.com/fe1955/n/nf5c13c161a9f
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十一章『百人一首』の「暁」考
 壬生忠岑歌(三〇番)を起点にして」
『同志社女子大学大学院文学研究科紀要』13
 2013年3月

https://note.com/fe1955/n/na4105dc83b68
久方の光のどけき春の日に静(しづ)心なく花の散るらむ
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十二章 紀友則歌(三三番)の
「久方の」は「光」にかかる枕詞か?」
『解釈』683集(第61巻3・4号)
 2015年4月

https://note.com/fe1955/n/nb4ff7c92d48c
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波こさじとは
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十三章 清原元輔歌(四二番)の
「末の松山」再検討 東北の大津波を契機として」p.179-199
 『古代文学研究』第二次23 2014年10月

https://note.com/fe1955/n/n3b8dec0bafab
滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなを聞こえけれ
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十四章 藤原公任
「滝の音は」歌(五五番)をめぐって 西行歌からの再検討」

https://note.com/fe1955/n/n16dc1cc3dbeb
大江山いく野の道の遠ければふみもまだ見ず天橋立
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十五章 小式部内侍
「大江山」歌(六〇番)の掛詞再考
 浅見論を契機として」
p.213-236
『古代文学研究』第二次 28
 2019年10月

https://note.com/fe1955/n/nf6a845025e47
夜をこめて鳥の空音にはかるともよに逢坂の関はゆるさじ
吉海直人(1953- )『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊 
「第十六章 清少納言歌(六二番)の
「夜をこめて」再考 小林論の検証」
『日本文学論究』79 2020年3月

https://note.com/fe1955/n/nfda49d0f8bf2
よもすがら物思ふ頃は明けやらぬ閨のひまさへつれなかりけり
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十七章 俊恵法師歌(八五番)の
「閨のひま」再考」
『解釈』第66巻3・4号 2020年4月

https://note.com/fe1955/n/nd0476d50dc9f
み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
吉海直人(1953- )
『百人一首を読み直す
 2 言語遊戯に注目して』
新典社 2020年9月刊
「第十八章 参議雅経歌(九四番)の
「さ夜更けて」の掛詞的用法」p.279-291
『解釈』第61巻9・10号 2015年10月

https://note.com/fe1955/n/nf957326d7a92
ピーター・J・マクミラン
『英語で読む百人一首
 文春文庫』
文藝春秋 2017年4月刊

https://note.com/fe1955/n/n545a8520ba24

https://note.com/fe1955/n/n652563764889


https://note.com/fe1955/n/n8dfcbf3d6859
式子内親王(1149-1201)
 田渕句美子(1957- )
『新古今集 後鳥羽院と定家の時代(角川選書)』
角川学芸出版 2010.12
『異端の皇女と女房歌人 式子内親王たちの新古今集』
KADOKAWA(角川学芸出版) 2014.2
平井啓子(1947- )
『式子内親王(コレクション日本歌人選 010)』
笠間書院 2011.4
馬場あき子(1928.1.28- )
『式子内親王(ちくま学芸文庫)』
筑摩書房 1992.8
 

https://note.com/fe1955/n/n47955a3b0698
後鳥羽院宮内卿
(ごとばのいんくないきょう、生没年不詳)
『新日本古典文学大系 11
 新古今和歌集』
田中裕・赤瀬信吾校注
岩波書店 1992.1

https://note.com/fe1955/n/n34d98221cddf
たとへば君 ガサッと落葉すくふやうにわたしを攫つて行つては呉れぬか
永田和宏(1947.5.12- )
『あの胸が岬のように遠かった
 河野裕子との青春』
新潮社 2022年3月刊
318ページ

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