大塚ひかり(1961.2.7- )「嫉妬と階級の『源氏物語』 第八回 「嫉妬する召人の野望」『新潮』2023年8月号
大塚ひかり(1961.2.7- )
「嫉妬と階級の『源氏物語』
第八回 「嫉妬する召人の野望」
p.240-249
『新潮』2023年8月号
https://www.shinchosha.co.jp/shincho/backnumber/20230707/
https://www.amazon.co.jp/dp/B0C88YYZ1V
「[宇治十帖での]
中将の君
[八の宮召人~浮舟の母~受領・常陸介後妻]
の登場によって、物語で、
「嫉妬」と「野望」はくっきり形を表し合体する。
嫉妬と階級を描いてきた『源氏物語』は、
明らかに新しいステージに入ったのである。
娘を後宮に入れ競わせることで一族繁栄する
貴族社会に生きる紫式部は、
大臣から受領階級に落ちぶれた明石の入道が、
娘・明石の君を源氏と結婚させることで、
一族から皇后・東宮を出した様を描いた。
そこには、明石の入道の野望はあっても、
彼自身の嫉妬は描かれなかった。
明石の君にしても、
源氏の正妻格の紫の上に嫉妬されこそすれ、
我が子を奪う形となった紫の上を
恨むことなどあり得なかった。
ただ "人数[ひとかず]" にも入らぬ
身の嘆きを繰り返すだけだった。
ところが中将の君に至ると、
同じ血筋ながら受領に下った自分を見下した
八の宮[源氏異母弟]への「恨み」、
その遺族たる中の君への限りなく嫉妬に近い「羨望」、
娘を使って自分の悔しさを解消しようとする
「母の欲望」を、物語は描きだす。
その欲望を、一身に押しつけられる形となった
娘・浮舟は、一体、何を感じているのか。
彼女の気持ちにみじんも触れぬまま、
物語はなおも進む。
(つづく)」p.249
「[紫式部]の曾祖父・
藤原兼輔は従三位(権)中納言であったのが、
父・為時の代には受領階級に落ちぶれていた。
紫式部の夫・宣孝にしても
父・為輔は正三位権中納言、
曾祖父・定方は従二位右大臣
という上流貴族であった。
紫式部の曾祖父・兼輔と
宣孝の曾祖父・定方はいとこ同士で、
辿れば道長とも先祖を一にしている。
こうした[紫式部]自身のプロフィールが、
物語に影響を与えた可能性はあろう。」
p.243
「『源氏物語』には、
数多くの "召人" と呼ばれる女房たちが登場した。
…
しかし浮舟の母[中将の君]以外の召人たちは、
自分の仕える女主人の気持ちに寄り添って、
女主人の代わりに嘆きこそすれ、
自分の嘆きを口にすることはなかった。
まして嫉妬や憎悪や羨望を
主人筋に向けることは皆無だった。
ところが、もと八の宮の召人であった中将の君は、
「私と北の方とどこが違うというの!」と叫ぶ。
「私だって同じ血筋ではないか」と、悔しさに震える。
この悔しさは紫式部のそれに重なろう。
紫式部は、日記や家集で
"数ならぬ身" の口惜しさを繰り返している。
…
[高貴な]
人に仕える女房の苦悩も吐き出している。」
p.247
「上流の先祖を持つ紫式部ならではの落ちぶれ感、
常に上流と自分を比較して、
相対的に受領階級を "数ならぬ" とする
『源氏物語』の受領階級の女たちと同じ思考回路
…
道長やその妻とも先祖を一にする身ながら、
彼らに仕える身となって、よほどつらく、
悔しい目にあったとしか思えないのである。
中将の君の
「人に仕える女房というだけで、
人の "数" に入れてもらえなかった」
という心の叫びが、
作者のそれとイコールに近いと思う。」
p.248
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