福永武彦・中村真一郎・丸谷才一『深夜の散歩 ミステリの愉しみ(創元推理文庫)』東京創元社 2019年10月刊
福永武彦(1918.3.19-1979.8.13)
中村真一郎(1918.3.5-1997.12.25)
丸谷才一(1925.8.27-2012.10.13)
『深夜の散歩 ミステリの愉しみ(創元推理文庫)』
東京創元社 2019年10月刊 416ページ
福岡市総合図書館蔵書
2019年11月28日読了
2021年12月4日購入 アマゾン中古 796円
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http://www.webmysteries.jp/archives/19415895.html
「深夜、男は一冊の推理小説にそっと手をのばす。そこで彼は書物のなかを出掛ける。走ったり、ひと休みしたり、時々は欠伸したりしながら、いい気になって歩き廻っていると、そのうちにあたりは白々と明けてくる。真犯人を捕まえるまでは、この散歩を途中で止められないのだ――。
博雅の文学者にして推理小説愛読家である三人が、海外推理小説を紹介する読書エッセイ。推理小説を読み解く愉しさを軽やかに、時に衒学的に、余す所なく語り尽くす歴史的名著が甦る。
深夜の散歩 福永武彦
バック・シート 中村真一郎
マイ・スィン 丸谷才一」
単行本
福永武彦・中村真一郎・丸谷才一
『深夜の散歩 ミステリの愉しみ ハヤカワ・ライブラリ』
早川書房 1963.8
『エラリー・クインズ・ミステリ・マガジン』1958年7月号~1963年6月号掲載
福永武彦・中村真一郎・丸谷才一
『決定版 深夜の散歩 ミステリの愉しみ』装幀・挿絵 和田誠
講談社 1978.6
https://note.com/fe1955/n/nf236daad7399
に、
福永武彦「隠れんぼ」1956.4
加田伶太郎「ポーについての一問一答」1963.6
中村真一郎「「バックシート」の頃」1997.11
福永武彦・中村真一郎「しろうと探偵小説問答」
『日本読書新聞』1955年6月6日号~1956年11月26日号掲載六篇
丸谷才一「マイ・スィン」未収録回六篇
を追加収録。
エクセルファイル
"発表年月日順・丸谷才一作品目録.xls"
目次・初出・書評対象書を、単行本80数冊分他、
発表年月日順に並べ変えて編成中
現在2990行
以下、福永武彦・中村真一郎のお二人には言及しません。
初版・ハヤカワ・ライブラリは新書判でした。
福岡県立図書館県内横断検索
https://www2.lib.pref.fukuoka.jp/?page_id=75
を検索しても、所蔵館がないので、
高校生の頃(1970-72)に、
東京都立立川図書館から借りて読んで以来、
手にしていませんけど。
「マイ・スィン」連載21回分の四分の一を、
共著とはいえ、初めての単行本刊行に収録できなかった、
まだ三十代だった丸谷才一さんの胸中は如何だったでしょう。
マイ・スィン 丸谷才一
クリスマス・ストーリーについて
すれっからしの読者のために
長い長い物語について
サガンの従兄弟
冒険小説について
手紙
ダブル・ベッドで読む本
犯罪小説について
フィリップ・マーロウという男
美女でないこと
ケインとカミュと女について
男の読物について
ある序文の余白に
タブーについて
新語ぎらい
単行本未収録回六篇
「マイ・スィン」第三回 イアン・フレミング『ドクター・ノオ』早川書房 1959
「マイ・スィン」第五回 E.S.ガードナー『おせっかいな潮』早川書房 1961
「マイ・スィン」第十二回 マージェリー・アリンガム『反逆者の財布』東京創元社 1962
「マイ・スィン」第十六回 フランク・グルーバー『海軍拳銃』早川書房 1957
「マイ・スィン」第十八回 J.J.マリック『ギデオン警視と暗殺者』早川書房 1962
「マイ・スィン」第十九回 ハドリー・チェイス『イヴ』東京創元社 1963
「当時わたしは早川書房から出てゐた『エラリー・クインズ・ミステリ・マガジン』(略称EQMM)といふ雑誌で、毎号、新刊の翻訳探偵小説を一つ取上げて論じてゐた。」p.185
「角川映画とチャンドラーの奇妙な関係」
『週刊朝日』1978年10月20日号
『快楽としてのミステリー(ちくま文庫)』筑摩書房 2012.11
以下、「新刊の翻訳探偵小説を一つ取上げて」のご紹介です。
「マイ・スィン 第1回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1961年10月号
クリスマス・ストーリーについて
アガサ・クリスティ『クリスマス・プディングの冒険』橋本福夫訳 早川書房 1961.6
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAML8A
「マイ・スィン 第2回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1961年11月号
すれっからしの読者のために
ポール・ソマーズ(アンドリューガーヴ)『震える山』中桐雅夫訳 早川書房 1961
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAMVAI
「マイ・スィン 第3回 単行本未収録
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1961年12月号
イアン・フレミング『ドクター・ノオ』井上一夫訳 早川書房 1959
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JARRYS
「マイ・スィン 第4回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年1月号
長い長い物語について
ウィルキー・コリンズ『月長石』中村能三訳 東京創元社 1961
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAKNWG
https://www.amazon.co.jp/dp/4488109012
「マイ・スィン 第5回 単行本未収録
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年2月号
E.S.ガードナー『おせっかいな潮』尾坂力訳 早川書房 1961
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAM1QM
「マイ・スィン 第6回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年3月号
サガンの従兄弟
フレッド・カサック『日曜日は埋葬しない』中込純次訳 早川書房 1961
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAMPG8
「マイ・スィン 第7回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年4月号
冒険小説について
ライオネル・デヴィッドスン『モルダウの黒い流れ』宇野利泰訳 早川書房 1961
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=309059175
https://www.amazon.co.jp/dp/415000675X
https://www.amazon.co.jp/dp/415000675X
「マイ・スィン 第8回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年5月号
手紙
フリードリッヒ・デュレンマット『嫌疑』前川道介訳 早川書房 1962
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=217104303
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JALIIY
「マイ・スィン 第9回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年6月号
ダブル・ベッドで読む本
パトリック・クェンティン『わたしの愛した悪女』高橋豊訳 早川書房 1962
https://www.amazon.co.jp/dp/4150006938
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=338141897
「マイ・スィン 第10回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年7月号
犯罪小説について
ジュリアン・シモンズ『犯罪の進行』小笠原豊樹訳 早川書房 1961
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JALHFS
「マイ・スィン 第11回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年8月号
フィリップ・マーロウという男
レイモンド・チャンドラー『プレイバック』清水俊二訳 早川書房 1959https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h1038195274
「マイ・スィン 第12回 単行本未収録
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年9月号
マージェリー・アリンガム『反逆者の財布』東京創元社 1962https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAK8P8
「マイ・スィン 第13回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年10月号
美女でないこと
A・A・フェア『おめかけはやめられない』https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAK498
「マイ・スィン 第14回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年11月号
ケインとカミュと女について
J・M・ケイン『殺人保険』蕗沢忠枝訳 新潮文庫 1962
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAKK7O
「マイ・スィン 第15回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年12月号
男の読物について
レックス・スタウト『毒蛇』佐倉潤吾訳 早川書房 1958
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=347866174
「マイ・スィン 第16回 単行本未収録
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1963年1月号
フランク・グルーバー『海軍拳銃』中桐雅夫訳 早川書房 1957 https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAXHKG
「マイ・スィン 第17回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1963年2月号
ある序文の余白に
ロイ・ヴィカーズ『迷宮課事件簿』村上啓夫・小倉多加志・吉田誠一訳 早川書房 1962
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAK30S
「マイ・スィン 第18回 単行本未収録
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1963年3月号
J..J.マリック『ギデオン警視と暗殺者』丸本聡明訳 早川書房 1962
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAJLSS
「マイ・スィン 第19回 単行本未収録
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1963年4月号
ハドリー・チェイス『イヴ』小西宏訳 東京創元社 1963
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=214717795
https://www.amazon.co.jp/dp/4488133037
「マイ・スィン 第20回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1963年5月号
タブーについて
ウィリアム・P.マッギヴァーン『殺人のためのバッジ』佐倉潤吾訳 早川書房 1960
https://www.amazon.co.jp//dp/B000JAOOSU
「マイ・スィン 第21回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1963年6月号
新語ぎらい
「マイ・スィン 第3回 単行本未収録
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1961年12月号
イアン・フレミング『ドクター・ノオ』井上一夫訳 早川書房 1959
「これは、誰かそっちのほうに詳しい人に訊けばはっきりすることなのだが、イアン・フレミングの小説はちっとも映画になっていないのじゃないかしら。原書のラパーや表紙にある紹介記事――あのブラーブという文章にも、ぼくの見た範囲では(もし映画化されていれば、かならずそれに言及するのがあちらの習慣なのに)そんなことは書いてなかった。早川ポケット・ミステリの巻尾の解説も、映画化のことには一言も触れていない。都筑道夫ほどの博覧強記の人が知らないということは、つまり、そういう事実がないことを意味するだろう。ここにおいてぼくたちは知る――英国秘密情報部007号ジェイムズ・ボンドは、ついに映画に縁のない男だということを。」p.342
https://www.allcinema.net/cinema/14174
『007は殺しの番号』Dr. No 1962
監督 テレンス・ヤング
日本公開 1963年6月1日
リバイバル公開 1972年12月
『007/ドクター・ノオ』
1973年12月29日に、
国立(くにたち)スカラ座で観ました。
「マイ・スィン 第14回
『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1962年11月号
ケインとカミュと女について
J・M・ケイン『殺人保険』蕗沢忠枝訳 新潮文庫 1962
https://www.allcinema.net/cinema/11524
『深夜の告白』Double Indemnity 1944
監督 ビリー・ワイルダー
原作 J・M・ケイン
脚本 ビリー・ワイルダー レイモンド・チャンドラー
出演 フレッド・マクマレイ バーバラ・スタンウィック エドワード・G・ロビンソン
2005年7月29日に、
福岡市総合図書館から借りた、
VHSビデオで観ました。
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019070400011.html
論座 朝日新聞社 2019年7月5日 書評 神保町の匠
松本裕喜(編集者) 愉しいはずの書評が、なぜ読まれないのか
丸谷才一『快楽としての読書 日本篇』『快楽としての読書 海外篇』ちくま文庫 2012.4-5
を紹介する部分に掲載されている写真、
「新聞や週刊朝日などで多くの書評を書き続けた丸谷才一氏 1968年」
1965年國學院大學助教授を退職、
1968年『年の残り』で芥川賞を受賞しても、
物書き専業は定収入がなく、
1972年の『たった一人の反乱』がベストセラーになり、
TVドラマ化などで知名度が上るまでは、生活は苦しかったと、
生島治郎との対談、
「ロマンの心を呼び戻せ」
『眠れる意識を狙撃せよ 生島治郎の誘導訊問』双葉社 1974.11
https://www.facebook.com/tetsujiro.yamamoto/posts/463196267088351
http://www.amazon.co.jp/dp/B000J96L50
で語っていましたが、
43歳だった1968年には、こんな書庫のある住まいで暮らしていたのかなぁ。
自宅とは明記されていませんけど、裸足にスリッパなので、我が家なんでしょうね。