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ワイスケドリッパーのデザイン

2023年10月26日から新潟県燕三条エリアで開催される「工場の祭典」に合わせてデザインしたコーヒードリッパーが発売になった。このドリッパーはツバメコーヒー店主依頼でデザインしたわけだが、そのことについて書いてみよう。

ツバメコーヒー店主とは10年くらいの付き合いになる。以前にコーヒー豆の計量スプーンを頼まれて作ったことがある。彼はその後もそれを使ってくれている。同じようなノリで「ドリッパーを作れないか?」と言われた。商品をつくるのは簡単ではない。多くの工場の人たちでさえモノを作れば商品が出来たと考えているが、商品として流通するようにするのは簡単ではない。

どのレベルと考えているのか、一応希望は聞いた。店主は「十分な機能を満たしたうえで必要最小限の構成のドリッパーを作りたい」とのこと。「ワイヤーで作れば金型は要らないんでしょ」くらいの認識で作ろうとしていた。この考え方は間違いである。確かにワイヤー製品は形によっては金型が無くても製品が作れる。しかし、金型というのは効率と品質の上で必要になる。スタートの時点で考えるべきことではない。でも高いイニシャルコストを掛けられない、もしくは欠ける必要は無いということは分かった。

一般的には樹脂製のものが使われている。ツバメコーヒーではKONOの円錐ドリッパーとペーパーフィルターを使っている。KONOの樹脂製ドリッパーはアクリル樹脂製で透明度が高い。HARIOはAS樹脂製なので若干色を入れて青っぽくしているように見える。単純にプラスチックと一括りにはできないが、プラスチックは透明で割れにくく、温度的な影響も少ない。そして量産できるので安価である。欠点としてプラスチックは劣化が避けられない。定期的にゴミを生んでしまう。コーヒー業界は環境意識が高く、ステンレスで作れば経年劣化は問題ない、ワイヤーなら「透明のプラスチック」に変えても機能的に劣らないし温度の影響も少ない。

初期のデザイン案、右から中間のワイヤーが4本/6本/8本

一方で「十分な機能を満たしたうえで必要最小限の構成」は難問である。市場にあるワイヤードリッパーは、上下に円形リングがありその間をワイヤーでつなぎ内側にペーパーフィルターを入れてコーヒーをろ過するという構造。上下のリングを3本のワイヤーでつなぐというのが物理的に最小だろう。実際に上下のリングを3本/4本/6本のワイヤーでつないだ商品がみられる。それ以外に16本のワイヤーでつないだ製品があった。この製品はワイヤーが細く、溶接方法がそれ以外のものとは違いスポット溶接である。TIG溶接に比べスポット溶接は外れやすいし、ワイヤーが重なるので衛生面もマイナスであろう。

デザイン案の展開。右のようにワイヤーが真っすぐだと円錐形状には沿わない。

ワイヤーの本数は少なければコストが低い。しかしフィルターを支える安心感は低くなる。1本のワイヤーが円錐フィルターに接触する距離を増やせば本数が少なくても安定するだろうと考えた。ワイヤーを斜めにすれば良いが
真っすぐなまま斜めにしては円錐形状には沿うことが無く、スパイラル上に加工しなければむしろマイナスである。

ワイヤー本数を少なくフィルターが安定するフォルムを考える。

更にデザインを展開する。ワイヤー本数を少なくしてフィルターが安定する形はどうすればよいだろう。ヤコブセンの椅子のような造形を用い上部のリングを省略できればと考えデザインした案。このデザインは上から見ると花のようにも見えて、ドリップしていないときもキッチンやカウンターに映えるのではないかと考えた。

メッキや塗装で色を付けても良い。

実際に製造が可能か工場に確認したのだが、製造を予定していた工場から断られてしまった。別の工場を紹介してもらいツバメコーヒー店主と尋ねた。工場を見せてもらって製造についても相談した。フォーミングと呼ぶ機械でワイヤーを加工するのだが、自由な曲線で曲げ加工できるわけでは無くデザイン案のような形状は作れないとのことだった。

残念だが仕方ない。鋳造と違いプレスの場合作れるかどうか?の判断が難しい。やってみないと分からないことも多い。やってみてダメというのを嫌って断られることも多いと感じている。

初めての工場だと無理が言えない。何とか最初に断られた工場に頼めないかと考えた。断られた理由が他社のドリッパーを作っており競合するのを避けたいとのことだったので、直線と曲げだけで円錐を支える形状を「上下のリング」を使わず作ることで一見してドリッパーには見えないデザインを目指した。

ドリッパーらしくないフォルムのドリッパー案

金属プレスの場合、製造する人が協力的じゃないとやれないことが多いと感じている。このアイデアは試作までは出来た。金型を使わず量産は難しいとのことだった。

試作品で試して感じたこともある。上部のリングが無いとフィルターが「傘を閉じた」ように広がる。ペーパーフィルターは紙を圧着しただけの構造で豆はドリップの際に膨らむ。プラスチックのドリッパーは上部にしか豆は膨らむことが出来ないが、ワイヤードリッパーはかなり横方向にも膨らもうとする。元々ネルドリップを再現するのが円錐ドリッパーだと思うので横方向にも膨らむことは悪い事ではない。

商品化できなくてはならないので振出しに戻る。ここまでに2年以上を費やしていた。「ちょっといい普通」を作ろう。遠回りしたけれど、一番最初に考えた「普通」の形が理にかなっていてツバメコーヒー店主が望んだものに思えた。

円錐形のフィルターを円錐形のまましっかりドリップできる形にしたい。加えて主に考えるサイズを1~4人用とするべきだと考えた。ツバメコーヒー店舗では1~4人用のフィルターを普段使っているし、百均でも入手できるサイズだ。ワイヤーのドリッパーの場合サイズが大きくなるとより安心してフィルターを保持できる本数を考える必要がある。ツバメコーヒー店主と相談してワイヤーの本数は9本と決めました。店主の希望で取手も付けました。

フィルターにかかる負担を考慮した最小の本数

こうして完成したドリッパーを9月に下北沢のBONUS TRACKを借りて「BETWEEN CRAFTS AND PRODUCTS 工芸と工業のあわいにあるもの」と題した企画展で発表しました。1~2人用のSサイズを用意するかどうか迷いましたが、カフェでも1~2人を主に使っている店舗も多いとのことで用意しました。

中間のワイヤーはSが7本、Lが9本

私達はFD STYLEと呼ぶ協業プロジェクトでデザインした商品を販売してきました。今回は初めて工場以外のプロジェクトです。工場の人は良い商品が完成すれば売れると考えがちです。商品が売れるかどうかは商品よりも「伝えるための工夫」が重要です。私達は決してそれがうまくはありません。今回ツバメコーヒーと商品をまとめるのは私達が担当し、多くの人に知ってもらう工夫をツバメコーヒー店主が担当する。

右からステンレスに黒染め/素地/銅メッキ

FD STYLEの黒いキッチンツールはフッ素加工によるものです。ワイスケドリッパーは黒染めを採用しました。黒染めは鉄製品の錆止めに使われることが多く、ステンレス(SUS304)には一般的ではありません。染まりが悪くムラも発生します。色落ちもするでしょう。ただ剥がれるという感じはない。銅メッキも上からクリア塗装等はせず「酸化による変色」を楽しんでもらう仕様を店主が選択した。

溶接痕仕様

見え方として、TIG溶接時に発生するスケールと呼ぶ焼けを残した「溶接痕」仕様も用意した。こうした製造中に起こる個体差を商品の個性として残してみる。BONUSTRACKで限定5個用意したものだが、好評だったので商品として残したいと、これまた店主が希望。

TIG溶接

そうした変化を好まない方にはステンレス素地仕様も用意しました。画一的な商品ではなく、燕三条の職人の加工技術を感じてもらえる製品を目指しました。プラスチック製に代わる道具としての機能は勿論、見た目に洗練されそれを具現化する過程の技術を感じられる仕上げで、さらにエイジングを楽しむ道具としました。

写真はLサイズの黒染め

燕にお越しの際はツバメコーヒーにお立ち寄りください。お取り扱いいただく店舗様も募集しています。お気軽にお問い合わせください。

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