【木暮賢一郎「ボランチ」講習会】何のためにボランチをやるのかを、攻撃・守備の原理原則から学ぶ。
--木暮監督が「ボランチ」をテーマにした講習会を開こうと思ったのはなぜだったのでしょうか?
今はSNSなどに、フットサルのプレー動画に解説がたくさん上がっているじゃないですか。「ボランチ解説動画」みたいなものもある。カテゴライズしていくのは大事ですが、本質的な中身の理解と言葉の定義が、イコールになっていないといけません。ボランチにしても、発信している人が違うと言葉も違ってきます。同じようなアクションでも名前が違うこともある。
大事なのは、こういう狙いがあるから、こういう動きをするという、本質的なところを理解すること。日本の場合はフットサルの普及をしている段階ですし、そこに興味を持ってくれるのは良いことですけど、大事なのは「その戦術を、何のためにやるのか」です。メリットはなんなのか。デメリットはなんなのか。相手が対策をしてきたらどうするか。どういうタイプの選手が必要なのか。3-1、4-0、2-2でもできるのか。
「ボランチ」という戦術ができた背景や、トレーニングへの落とし込み方、そこから派生するアクションなどを、僕自身がシュライカー大阪や女子日本代表を通じて整理したものがあるので、それを講習会を通して伝えられたらと思ったんです。
--「ボランチ」という言葉だけが一人歩きするのは危険だと。
もしかしたら「ボランチ」を僕が日本で初めて導入した思われているかもしれませんが、そうではありません。アジウ監督の時の名古屋オーシャンズ、館山マリオ監督の時のバサジィ大分、バイアーノ監督の時のペスカドーラ町田もやっていました。そうしたものを、自分なりに解釈して、ブラッシュアップして、どんどんオリジナルになっていく。そういうサイクルこそが指導者にとっては大事です。
--動きを真似するだけでなく、どうやって落とし込んでいくかという過程がなければいけない。
はい、だから、今回僕が話すことをそのまんま真似をすればうまくいくかというと、そうではありません。それを聞いた人の解釈があって、自分のチームに合った形で落とし込まないといけないし、選手が実行できなければいけない。そういうことの繰り返しで指導者自身のレベルも上がっていきます。
--木暮監督が考える「ボランチ」とは、どのようなものでしょうか。
よくイメージされるのは、アルトゥールがボールを持っているところに、小曽戸允哉が前から下りてきて、ちょんと横に出したパスをもらう、というものだと思います。小曽戸がやっているあの動きは、ブラジルでは「ジセーザ」と呼ばれています。これはアルトゥールのお父さんでもある元ブラジル代表監督のペセがつけたものです。アルトゥールから聞いたのは、「ジセーザ」とはその時にテレビに出ていた人の名前だそうです。良くも悪くも、呼び方にはそこまで深い意味はありません。自分の解釈としては、「ボランチ」というのは総称です。ボランチと呼ばれる動きをベースに、いろいろなアクション、オプション、システムだったりがそこに含まれている。
--木暮監督が「ボランチ」と出会ったのは?
2008年のW杯でペセ監督が率いるブラジル代表が優勝した後、2009年から2011年ぐらいに、ボランチがちょっとしたブームになんたんです。ただ、個人的な記憶で言えば、2006年に代々木でブラジル代表とやった時に、ヴァウジンがやっていたんです。同じ試合に出ていた高橋健介(現インドネシア代表)も、初めて見たと言っていました。ということは、2006年の時点ですでに、ボランチの原型となるアイデアはあったということです。
ゾーン気味の相手に対して、どうやって数的優位を作るのか、どうすればマークにつきづらいのか。何かしらの課題があって、それを解決するためにどうするか。そういうサイクルがあります。根本的なところの理解を深めないまま、ただ動き方だけをコピーしてもうまくいきません。
--今、世界中のチームがボランチを取り入れているのはなぜなのでしょうか。
一つは、ボランチが守備の原理原則の逆を突く動きからです。フットサルではゾーン気味に守備をする時に「複数のラインを保つ」という原理原則があります。自陣方向に落ちる動きをした選手に対し、後ろにいる選手がついていくと前のラインに吸収されてしまいます。相手が落ちる動きについてこなければ、フリーでパスを受けることができます。
1発でゴールに行くことはできないけれども、少なくとも自陣で数的優位を作れる。自分がボランチを戦術に取り入れた一番のきっかけも、数的優位を作り続けるために有効だと考えたからです。それ以外にもボールを奥に入れる、ピヴォに入れやすくするという狙いもあります。
攻撃側にとって、相手の守備で一番厄介な存在は「逆アラ」です。ピヴォに入れたとしても、逆アラが挟み込んできたり、カバーリングをしてきたりする。それをどうやって取り除くかが重要です。ボランチによって、相手の守備バランスを崩すことで、ピヴォと(相手の)フィクソを1対1にするという効果もあります。
--木暮監督はボランチをチームに導入する上で、どんなところに気をつけていますか。
前から後ろに下がりながら横パスを受けた時、その選手は相手ゴールに体が向いていません。ゴールに背を向けてプレーするのは、得点を取る、前進するという、フットサルの原理原則からは外れています。相手は前を向いていない選手に対してプレスをかけてくるので、体の向きが悪い状態でパスを受けることを怖がる選手が多い。
ただ、後ろ向きでパスを受けたときに、どういうプレーをするのか、周りの選手はどう動くかをチームの中で整理してあげると、ボールを受けた選手は選択肢を持てます。僕自身、現役時代にブラジル代表やスペイン代表と戦った時に、プレッシャーが強くて後ろ向きで持たされて、どうすればよいのか困った経験があります。
後ろを向いてボールを持って、プレッシャーをかけられれば、多くの選手はGKへのバックパスをするか、外に蹴り出すしかありません。そこで選手任せにするのではなく、チーム全体として「こうやって回避しよう」というパターンを作ってあげる。そうすれば、後ろ向きでボールを受けるという、一般的にはネガティブなプレーが攻撃のスイッチになります。
--木暮監督がユースオリンピックでアンダー世代の女子日本代表にボランチを教えていたのを見たことがありますが、最初はかなりぎこちなっかったような印象があります。
なぜかというと、ボランチには選手たちが育っていく過程で「良くない」とされてきた動きが入っているからです。体の向きであったり、パスの出し方であったり。頭では教えられても、実際にやると違和感があるのでフリーズしてしまう。それはむしろ自然なことだと思います。
何度も言っていますが、大事なのは「何のためにやるのか」です。SNSの動画で見たから、面白そうだからと思って指導者がチームに取り入れたとします。もしかしたら何回かは成功するかもしれないけど、相手が対応してきたらできなくなってしまうし、チームのためにはなりません。
--今回の「ボランチ講習会」ではどのようなことを伝えたいと感じていますか。
ボランチが日本で導入するチームが増えている中で、僕の中で1回整理したものを伝えられたらと思っています。こういうオプションもあるよ、こういう練習メニューがあるよと。ただ、僕のやり方が全てではないですし、そこから何を感じて、どうやって落とし込むかは人それぞれです。このやり方は好きじゃないという人が聞いてみたとしても、新しい発見があるかもしれません。どちらにしても、何かしらのヒントになればうれしいです。
文:北健一郎