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一人で過ごす最後の夜

引っ越しが明日に迫りました。

迫られている感はあまりないんだけど、この「家が二つある状況が長い割に身動きが取れない状況」が、そこそこもどかしかったりする。


というのも我々は方位学的指示により 新居で寝泊まりを開始する日を決められていて、それまではそれぞれが現自宅で、寝泊まり開始日以降は最低75日以上新居で寝泊まりを続けないといけないらしい。

そうなると、今の段階で適当に荷物を移してしまうこともできず
1か月の余裕があるにも関わらず、開始日にほとんどの荷物を移動させないと不便 という、もはや腹立たしかったりする状況である。

せっかく前後1か月あるのに、どっちで寝てもいい期間 というのが存在しないが故に融通が利かない面倒臭さ。もう。

そもそも荷物が少ない私が新居に運べたのは、使わない楽器と夏物の衣類と布団のみ。嗚呼、もどかしい。

どうせ短期間で引っ越しを済ませるなら、猶予なんてそんなにいらなかったんじゃなかろうか。
タミオ君は、今のマンションも二人のおうち という認識が強かったようで私が退去日を決めてしまったことを嘆いていたけれど
いずれは手放すんだし長く手元においておけば気が済む話でもなければ、伸ばせばその分日割りで家賃は取られてしまう。

2週間あれば3万帰ってくるのにな…とか思ってしまっている私はやっぱりどこか薄情者かもしれない。

寂しい気持ちは私にもあるし、お金が欲しいわけじゃないけれど、それを引っ越しで必要になる別の費用に回せるのにな と思っちゃう。


*****


最近、Polletという【不用品買取アプリ】を知った。
定価が千円以下のものや日用品・ベビー用品等 売りに出せないものもあるが、家電やその他電気機器・衣類や香水など許可されたブランドもの(その他諸々)なんかを箱に詰め込んで送ると、査定して買取金額を振り込んでくれるというお手軽システムだ。

箱も依頼すれば無料で送ってくれるし、指定した日付で回収もしてくれるので、箱詰め以外の手間がほとんどない。

本来の目的はタミオ君のコレクションを減らすことだけど、そうとは言わず試しに私がやってみて、「イケるな」と思えたら本格的に勧めてみようかと思っている。

結局のところタミオ君は、モノを片付けたいというザックリした希望はあっても、使わないものを片っ端から選別して売ったり処分したりしたい という熱い気持ちはない模様。

できるだけ本人に余計なストレスを与えずに整理してもらう作戦の、まだ入口に立ったばかりである。



しかしながらそもそも私は物をあまり持っていない上に、メーカーやブランド物にも全く興味がないので売れる衣類など存在しない。
妹が『一緒に売っていいよ』と言って恵んでくれた服と、昔の男にもらった数少ないブランド品のバッグ、読んだことがあったりなかったりする本をいくつかまとめて入れてみた。


恋人タミオ君は、これまでのコレクションの中になぜか新品のまま保管している家電を持っているので、我が家で使っていた小さめの家電も一緒に箱に詰め込むことにした。

妹からのおさがりで使っていたトースターとホットプレートと一度も使っていない電動泡立て器、あと自前で買った激安炊飯器も。
昨日最後のお米を炊いて、全部夜中までかかって綺麗に掃除して、箱に詰めた。

我ながら大事に使ったな、あっという間の2年間だった。少しでも高く買い取ってもらえますように!

***

その日タミオ君からは、仕事終わりのお疲れ連絡と一緒に『もうすぐ毎日一緒にいられる日が来るね、わくわくしてる。』といった内容の可愛いコメントが入っていた。

不安の方が大きかったはずのタミオ君が ここに来て ワクワクしてくれてるな という嬉しい気持ちと、逆に純粋にワクワクだけしちゃいられないと思ってしまっている自分がいる。

荷物を移動させたくてもさせられないもどかしさや
続く休日出勤による身体への負担も然り

あと何が最初に必要だったかな、何から運べばいいのかな、どういう順番で運べば生活しやすいかな、何を妥協しようかな、なんて日々休まず頭の中で考えている気がする。

結婚式参列をメインとした東京小旅行も無事に終わり、一つミッションが完了したことで安心したのも束の間、年明けの出張も決まってしまい、親同士のご対面もいつ叶うのかわからなくなった。

何よりも健康維持は第一にして、大事なことはノートに書き出しながらひとつひとつ着実にこなしているつもりではあるけれど、いかんせん基本値がドジなので いつもどこかで何かを忘れたり空回りしたりする。

土曜日から新居で寝泊まりを開始するとなると、結局今のおうちでタミオ君と過ごす時間は前回が最後だったんだな、とか

自分が過ごした2年間はもちろん、途中で加わったタミオ君との1年間の思い出が詰まった今のおうちを離れる日が近づいている寂しさだったり
どうしても実家を出たくて、逃げるように契約したのが今のマンションで、方位学を逆に利用して強行突破した思い出が記憶に新しい。

当時はまだ本気で孤独死計画を立てていたし、一人で老いた場合いかに妹たちや甥っ子たちに世話をかけずに過ごせるのかを考えて生きていた。

1年後に恋人ができて、添い遂げる未来を思い描くようになるなんて思ってもいなかったし、そのまま一緒に暮らすためにここを退去するなんて想像もしていなかった。


契約を決めた当初、部屋の間取りも設備も費用も 自分の希望に沿っていたわけじゃなくて気が乗らなかったけど
それでもとにかく実家を出たい一心で、他に選択肢がなかったので仕方なく引っ越しをした。自力で物が運べる距離だったり、簡単に実家を行き来できることで便利なこともあったけど、葛藤も大きかった。

住めば都とは言うもんだし、少しずつ自分の生活空間を確立させて 自分で自分の世話を焼くことが日常になってきて初めて、愛着が湧いてきた気がする。狭くても不便でも、私にとっては大切な園になったし、その割に高い家賃だって、どん底に落ちていた自己肯定感を上げるための費用だと思えば安いもんだ。

そしてその園があったおかげで、タミオ君とも距離が縮められたり、二人の時間を存分に作れたり、結果的に愛や絆を深めることができたわけ。元は取れたと思っている。考え方大事。



そんなことを考えながら


少しずつ閑散としていく部屋が寂しくなって
箱に詰めた家電をもう一度定位置に戻して写真を撮った。

そしてタミオ君とのLINEに、【おもいで】アルバムを作って
少しでも物がある状態を残しておこうと思って、いろんな角度から撮影した家の中の写真を放り込んでおいた。


昨日は綺麗にした家電を箱詰めしながら、フッと糸が切れて泣いた。


そして、タミオ君のワクワクに
同じ熱量で乗っかれなかった自分に気が付いて

私もすごく楽しみにしていることを伝えた。
嘘じゃないけど、少し忘れてしまっていただけ。



*****


お昼休みにタミオ君から
『御子ちゃん家で寝るの最後だと思うから、今日行こうと思う!』

と、連絡が来てた。

最後の夜を一人で満喫するのも悪くないな、と思っていたけど
やっぱり二人いっしょが 寂しくなくていいかもな。


一人で過ごす最後の夜 は、昨日だったみたい。

今日は早く帰ろう。

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