「考えた人すごいわ」を考えたすごい人
「読んだ人の価値観をひっくり返すような本を作りたいと思っている」と岸本さんは言った。「考えた人すごいわ」「なま剛力スタジアム」「まじヤバくない?」「モノが違う」「アゴが落ちた」「あらやだ奥さん」「どんだけ自己中」「不思議なじいさん」「くちびるが止まらない」「革命とはこのこと」「君は食パンなんて食べない」などのベーカリー(!)を全国にプロデュースしている岸本拓也さんの『「考えた人すごいわ」を考えたすごい人』(CCCメディアハウス)出版記念の記者発表で話を聞いた。
現在進行形も含めて200店舗近くになる彼のプロデュース店の名前やショッパーやファサードがあまりにも奇抜で印象的なので、特別パンが好きというわけではなくても、街で、あるいはメディアで見て、印象に残っている人も少なくないだろう。
「店作りは、ショーを作ることと同じ」。店ではパンを売ると同時に、お客さんに楽しい経験を売っている。今までプロデュースしたベーカリーをトータルすれば、一日あたりに訪れるお客さんの数は約3万人、野球の試合と同じくらいになるのだ。
「お客さんを楽しませること」というところは、最近の多くのパン屋さんたちが考えることであるが、「大衆をどうやって巻き込むか」を、パン職人にはない発想でとことん考えているのが、岸本さんだ。
パンブームに乗って、どんどん店をオープンしているのね、と思ったら大間違い。パンはブームと言われて久しいけれども、開業より廃業が上回っている事実をあまり多くの人は知らない。意外に厳しい業界なのだ。以下は以前書いた記事。
しかし、日本全国に、子供や年配の人はもちろん、柔らかく甘く、しっとりと口どけの良い食パンを求める人たちが大勢いる。彼らがパンを買う先を、スーパーマーケット以外に創出することで、岸本さんは大衆を巻き込んだのだと思う。
それも、かつてなかったデザインや名付けのセンスで、一度見たら忘れないインパクトの店を作り出すことで。店名やデザインにはちゃんとそれぞれに意味や理由がある。町や地域や働く人やパンのディテールを表している。
パンも店舗によって少しずつ違っている。タイ人アーティストによって壁画が描かれた「だきしめタイ」ではココナッツシュガー入りの食パン。佃煮の佃浅商店の「題名のないパン屋」では江戸甘味噌入りの食パン。
彼は今、地方創生にも乗り出している。経営が軌道に乗ったら、地元企業に売却するプロジェクトもある。
鳥取の「もう言葉がでません」のショッパーに描かれた男性の服には鳥取の名産品や名所が隠れている。砂丘、梨、蟹……これはもう、現代アートの世界だ。不思議さに惹かれている。見ていて飽きない。
怪しげな、シュールな、派手な、なんだかわからない、一見そんな店で、クオリティの高い食パンが入手できるという面白いギャップ。ダサさを追求すると、突き抜けたときにカッコ良さが出てくるのだという。ほんとか。
彼のコンセプトは「パン屋で街を元気にします」。ターゲットは「0歳から120歳まで」。今後の展開は、非常食としてのパン。宅配事業、旅館やホテルの再生事業と、岸本さんはますます忙しくなりそうだ。
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