Interview#66 浅草「ペリカン」渡邊陸さんのパン時間
食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う連載企画、第66回67人目は、浅草・田原町のパン屋さん「パンのペリカン」の渡邊陸さんにお話を伺いました。
昔から変わらない味にほっとする。変わらないために大切にしていること
パンのペリカン 店主 渡邊陸さん
夜、トーストを食べる祖父の想い出
もうすぐ5歳になる娘はうちのパンが好きでよくそのまま食べています。いつも焼きたてがありますから。幼稚園のお弁当はサンドイッチがいいと言うので、ハムやたまごや野菜で小さいサンドイッチをつくっています。
わたしは夜、小腹が減ったときなどに薄くスライスしたトーストを食べるのが好きです。それは古い記憶のなかでおじいちゃんがやっていたことと一緒なんです。夏休みに遊びに行くと、おじいちゃんが仕事から帰ってご飯を食べたその後で、トースターでパンを焼いてバターをのせて食べていたんです。「うまいなぁ」って、下着姿でくつろいで、テレビを観ながらかじっていてね。もう歯を磨いていたから食べなかったけど、その情景をすごく憶えています。
今のわたしはそのときのおじいちゃんとまったく一緒です。気持ちわかるわ、と思いながら夜にパンを食べている。あまり何かと合わせることはないけど、レバーペーストが好きなので、見つけると買って、カリカリに焼いたパンにのせて食べています。仕事でいろいろあったりはするんですけど、わたしもペリカンのパンが好きなので、やっぱり昔から食べている味なので、ほっとするんですね。いろいろあるけど、これだけおいしかったら大丈夫だろ、って気持ちになるんです。
大学生の時におじいちゃんが倒れて、おじちゃんが一人で切り盛りしていて大変そうだなと思っていたし、他にやりたいこともなかったから、店を手伝い始めました。継いだ後におばあちゃんから、「多夫さんはあなたに継いでほしかったんだよ」って言われたってのはありましたけど、おじいちゃんから言われたことはなかったし、一緒に働いていた時間は全然なかったんですよね。だからおじいちゃんが店に対してどういう考えを持っていたか、今さらながら聞きたかったなと思います。
喫茶店、カフェのトーストとサンドイッチ
長年うちのパンを使ってくださっている浅草の「珈琲アロマ」さんの「オニオントースト」がすごく好きです。小さい角食をトーストして、バターとマスタードが入った自家製マヨネーズを塗って、生の玉ねぎとピクルスをのせているんですが、ポップアップ式のトースターで何度か裏表を返して、ていねいに焼いてくださるので、すごくきれいに焼けているんです。
「ペリカンカフェ」を始めることになったとき、トーストを何でするか考えるなかで、ポップアップ式トースターの話も出たんだけれど、アロマさんには勝てないだろうから、うちは炭で焼こう、となったんです。網状の焦げ目がいいんですが、あの焦げ目をつくるのは結構難しいですよ。ちょっと置いたら焼け過ぎちゃうし、下手すると周りが丸焦げになっちゃうから。炭火は練習しないとなかなかきれいに焼けないです。麻布台ヒルズのペリカンカフェ2号店の方は、炭が使えないですが、網焼きにはしています。
ペリカンカフェのおすすめはオムレツサンドです。片面がマヨネーズ、片面がケチャップになっています。オムレツは卵焼きとは違うんで、フワフワに、黄色のところが濁りのないように焼くのは熟練の技がいるのと、これを焼くときはつきっきりになってしまうから、結構大変なんですよ。
変わらないでいるために大事にしていること
小麦粉はずっと日清製粉さんの同じものを使っています。ただ作物なので毎年少しずつ違うとは思います。日清製粉さんはそこをよく考えてくれていて、大きくぶれないように調整してくれている。さすがに何十年のスパンで考えると製粉の方法も技術も進化してきているし、小麦の品種も違えば食べる人の感覚も変わって、おじいちゃんの時代と一緒なわけはなく、少しずつ変わってきているはず。でも変わらない味を守っている。
変わらないでいるために大事にしていることは、仕事を「作業」にしないということかなと思います。「こなす」とか「まわす」ではなくて、その日の生地やその日のお客さんに真剣に向き合う。効率を優先するのではなくて、目の前の生地やお客さんをちゃんと見て、手間をかけるのが仕事でしょう? その人に合った心地いい接客をしなくてはならないし、パン生地も食材も冬と夏とでは違い、昨日と同じ手順で同じものがつくれるわけじゃない。そこを見きわめて、加減したり調整したりしないといけない。そういうことは、名木さん(ペリカンの味を守るベテラン職人の名木広行さん)をはじめとして、うちで働いている人たちに教わることが多いです。
渡邊 陸
パンのペリカン 店主
NKC Radar vol.99より転載
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