社労士法と弁護士法の比較
前回の記事で、第2問(倫理事例問題)で使う法令の条項を紹介しました。ここで、少し視点を変えて、社労士法の話を続けます。
お気づきの方がおられるかも知れませんが、私は、社労士法の倫理に関する条文は、弁護士法から引き写した(悪く言えば、パクった!)ものばかりではないのかと考えています。新しい法律を作るときに、既に存在する類似の法律を下敷きにするということは良くある話で(例、宅建業法→旅行業法)、それ自体は珍しいことではありません。社労士法の立法者が、「倫理に関する条項は弁護士法をベースにした方が良い(特に、特定社労士は弁護士と類似の義務と責任を負う)。」と考えていたということが推測出来ます。
とにかく、よく似た条文を以下に書きますから、一度、読んでみてください。これを読むと、やはり一般の社労士と個別労働紛争解決業務を扱う特定社労士は、義務と責任に関する条項を区別して書き分ける(できたら業法そのものを分ける)べきだと思いが強くなるはずです。
この試験は、おそらく弁護士が出題と採点をしているので、たかだか20年前に作られた特定社会保険労務士には、底流には司法制度のような高邁な理想も倫理感もないという前提で、弁護士倫理を一部借用するという形で倫理試験をやっていて、出題者や採点者の頭の中では、弁護士法との比較がなされているのではないかと推測しています。だから、ここで弁護士法との比較について書いておきます。弁護士法と社労士法の違いの部分を出題されたら困りますから、そこのところをよく理解しておいてください。
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(会則を守る義務)・・・弁護士法
第22条 弁護士は、所属弁護士会及び日本弁護士連合会の会則を守らなければならない。
(注)不思議なことに社労士法には、これに類する規定がありません。もちろん、都道府県社労士会の会則(大阪府会は第44条)で、連合会および都道府県会の会則の遵守義務は規定されていますが、社労士法そのものにないのは何故かな?という疑問が湧きます(実質同じなら弁護士法に合わせた方がスッキリするのに。)。
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(秘密を守る義務)・・・社労士法
第21条 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他人に漏らし、又は盗用してはならない。開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員でなくなった後においても、また同様とする。
(秘密保持の権利及び義務)・・・弁護士法
第23条 弁護士又は弁護士であったものは、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
(注)ほとんど同じですが、弁護士の方がより重要な秘密を扱っていて、その開示を強制されても拒否できるように「秘密を保持する権利」とまで書かれているのでしょう。
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(業務を行い得ない事件)・・・社労士法
第22条① 社会保険労務士は、国又は地方公共団体の公務員として職務上取り扱った事件及び仲裁手続により仲裁人として取り扱った事件については、その業務を行ってはならない。
② 特定社会保険労務士は、次に掲げる事件については、紛争解決手続代理業務を行ってはならない。ただし、第3号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
1 紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
2 紛争解決手続代理業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
3 紛争解決手続代理業務に関するものとして受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
4 開業社会保険労務士の使用人である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、その開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が、紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件であって、自らこれに関与したもの
5 開業社会保険労務士の使用人である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、その開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が紛争解決代理業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるものであって、自らこれに関与したもの
(職務を行い得ない事件)・・・弁護士法
第25条 弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第3号及び第9号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りではない。
1 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
2 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に
基づくと認められるもの
3 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
4 公務員として職務上取り扱った事件
5 仲裁手続により仲裁人として取り扱った事件
6 弁護士法人(略)若しくは弁護士・外国法事務弁護士共同法人(略)
の社員若しくは使用人である弁護士又は外国法事務弁護士法人の使用人
である弁護士としてその業務に従事していた期間内に、当該弁護士法
人、当該弁護士・外国法事務弁護士共同法人又は当該外国法事務弁護士
法人が相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件であ
って、自らこれに関与したもの
7 弁護士法人若しくは弁護士・外国法事務弁護士共同法人の社員若しく
は使用人である弁護士としてその業務に従事していた期間内に、当該弁
護士法人、当該弁護士・外国法事務弁護士共同法人又は当該外国法事務
弁護士法人が相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が
信頼関係に基づくと認められるものであって、自らこれに関与したもの
8 弁護士法人若しくは弁護士・外国法事務弁護士共同法人の社員若しく
は使用人又は外国法事務弁護士法人の使用人である場合に、当該弁護士
法人、当該弁護士・外国法事務弁護士共同法人又は当該外国法事務弁護
士法人が相手方から受任している事件
9 弁護士法人若しくは弁護士・外国法事務弁護士共同法人の社員若しく
は使用人又は外国法事務弁護士法人の使用人である場合に、当該弁護士
法人、当該弁護士・外国法事務弁護士共同法人又は当該外国法事務弁護
士法人が受任している事件(当該弁護士が自ら関与しているものに限
る。)の相手方からの依頼による他の事件
(注)弁護士法25条4号および同条5号は、社労士法22条では、1項として
独立させて(前に持ってきて)ありますから、全体としては弁護士法が
9つ、社労士法が7つの場合があって、相手方の同意があれば受任出来
るという構成もそれぞれ「ただし書」で規定されていて、ほとんど同じ
内容になっています。弁護士法25条6号と社労士法22条2項4号、弁護士
法25条7号と社労士法22条2項5号は、ほぼ同じ内容で、それぞれ対応し
ています。さらに、弁護士法25条8号は、当該弁護士が帰属する法人が
(既に)相手方から受任している事件に関与してはならないと書いてあ
り、弁護士法25条9号は、当該弁護士が帰属する法人が(既に)受任し
ている事件のうち自ら関与していたら当該相手方からの別の事件(別の
事件だから依頼者の同意があればOKだが)の依頼を受けてはならないと
書いてあります。弁護士法の方が、受任を制限している場合が多い(細
かい)と感じるかも知れませんが、逆に、明確に受任出来ない場合を列
挙しているので、これらに該当しなければ受任を妨げられないと考えら
れます。実際、弁護士の場合は全員が法律行為や訴訟の代理人をする訳
で、しかも大きな法人に帰属している場合も多いので、受任を制限する
場合を明確にしておかないと、度々、受任出来ない事件に出くわして、
弁護士の仕事がし難いだけでなく、依頼人候補者としても折角有能な弁
護士を捜し当てても、(当該弁護士は関与していなくても)法律事務所
全体としての利益相反から受任してもらえないという事態に陥ってしま
うという困った問題を避けるためにも、ここは明確化がされているのだ
と考えています(私の経験に基づく推測です。)。ここで、同条に規定
されていない場合は受任して構わないと言い切れるのか?という疑問が
湧きますが、それは別途、弁護士倫理の問題(利益相反の回避・処理)
になるので、ここではこれ以上深入りしません。私の実感としては、特
定社会保険労務士試験の倫理事例問題でよく登場する「誠実」、「品
位」、「信用」、「公正」などのキーワードで、特定社労士の受任を制
限するという回答が求められています(弁護士よりも制限が多い)が、
もし、これを現実の世界で弁護士に当てはめたら、大混乱が生じるだろ
うなと考えています。そういう意味で、(特定社労士自体がまだまだ浸
透していない現状での)特定社会保険労務士試験の倫理事例問題という
のは、虚構(フィクション)の世界に限られた、資格試験のための
(「君子危うきに近寄らず」とのメーッセージを込めた)理論を試され
ているので、そのように考えて勉強すれば良い(特定社労士としての現
実は別)程度に割り切って考えたらどうでしょうか。
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(社会保険労務士の職責)・・・社労士法
第1条の2 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない。
(信用失墜行為の禁止)・・・社労士法
第16条 社会保険労務士は、社会保険労務士の信用又は品位を害するような行為をしてはならない。
(弁護士の使命)・・・弁護士法
第1条① 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
② 弁護士は、前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。
(弁護士の職責の根本基準)・・・弁護士法
第2条 弁護士は、常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律事務に精通しなければならない。
(注)条文を2つずつ並べてみました。弁護士法にあって社労士法にないの
は、「使命」ですね。残りは似たり寄ったりですかね。
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(非社会保険労務士との提携の禁止)・・・社労士法
第23条の2 社会保険労務士は、第26条又は第27条の規定に違反する者から事件のあっせんを受け、又はこれらの者に自己の名義を利用させてはならない。
(注)同条中に書かれた2つの条文は、社労士法26条(名称の使用制限)、
同27条(業務の制限)です。弁護士法73条は、同法28条(係争権利の譲
受の禁止)を受けたもので、社労士法には弁護士法28条に該当する条文
がありません。弁護士法26条(汚職行為の禁止)という条文もあって、
よく両方を読み比べると、弁護士法を下敷きにして社労士法が制定・改
正されてきたということが理解できます。それが何の役に立つのか?と
考える方もおられるとは思いますが、虚構の世界の試験対策として知っ
ておいて損はないと思います。
(非弁護士との提携の禁止)・・・弁護士法
第27条 弁護士は、第72条乃至第74条の規定に違反する者から事件の周旋を受け、又はこれらの者に自己の名義を利用させてはならない。
(注)同条中に書かれた3つの条文は、弁護士法72条(非弁護士の法律事務
の取扱い等の禁止)、同73条(譲り受けた権利の実行を業とすることの
禁止)、同74条(非弁護士の虚偽表示等の禁止)です。
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(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)・・・弁護士法
第72条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
(注)本来、法律事務は弁護士の独占業務であって、特定社会保険労務士
が、個別労働紛争解決業務の代理を受任出来るのは、社労士法その他の
法律が太字部分に該当するからです。現実の世界で、一般の社労士でも
特定社労士でも、ここを踏み越えたら違法になりますから、要注意で
す。過去の倫理事例問題でもこの点を問われたことがあるので、くれぐ
れもお忘れなく(老婆心ながら)。
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