労働条件の不利益変更に関する情報の整理
今回は、「労働条件の不利益変更」をやります。過去問でいうと、第4回第1問ですが、第4回第1問のメインテーマは「雇止め」でした。有期雇用契約の非正規労働者の契約更新時に、労働条件(時間数と賃金)を引下げるという事例で、この引下げを受け入れられなければ「雇止め」にするという事例なので、私が今回検討したい、正規雇用労働者の労働条件の引下げを、雇用契約の合意による変更か、使用者による就業規則の一方的変更で行うというテーマとは違うので、対象からはずします。「雇止め」をテーマにする記事で、第4回の解説をやります。
正規雇用労働者が大学新卒で就職して、終身雇用で勤務を続けるとしたら、40年近く続く労働契約になる訳で、昔「会社の寿命は30年」という本が流行りましたが、まあ、定年退職するまでに会社の業績も上がったり下がったりしますから、当然、労働条件が向上することがあれば、引き下げられることもあり得ます。
この問題を、労働契約法では次のように規定しています。
<労働契約法>***************************
(労働契約の成立)
第6条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
(注)例えば、労働時間や賃金の額などの労働条件が定められていなくても、労働契約は成立します。労働条件のうち足りないものは、労働基準法等の法令、労働協約、就業規則などで補充されます。
第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。
(労働契約の内容の変更)
第8条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
(注)労働条件の変更に関しては、労働者と使用者が合意すれば労働契約を変更できる旨を規定しています。民法の契約自由の原則から言えば当たり前のことなのですが、労働契約に関しては、実際には、労働基準法等の法令が労働者を保護するための最低基準を定めているので、それを下回って労働者に不利な労働条件を定めても無効で、法令の最低基準が適用されます。
(就業規則による労働契約の内容の変更)
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
(注)使用者が一方的に就業規則を変更しても、労働者の不利益に労働条件を変更できない旨を規定しています。
第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合との交渉の状況⑤その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。
(注)①~⑤は、5要素があることを示すために、私が付けました。使用者が就業規則の変更によって労働条件を変更する場合には、その変更が、「労働者の受ける不利益の程度」、「労働条件の変更の必要性」、「変更後の就業規則の内容の相当性」「労働組合等との交渉の状況」といった事情などに照らして合理的であることが求められています。加えて、変更後の就業規則の周知が求められています。
(就業規則違反の労働契約)
第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
(注)就業規則が労働契約の最低基準を定めています。
(法令及び労働協約と就業規則との関係)
第13条 就業規則が法令又は労働協約に反する場合は、当該反する部分については、第7条、第10条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については適用しない。
(注)就業規則によって法令又は労働協約を下回る労働条件を定めることはできません。逆に言うと、就業規則より上位に法令と労働協約があります。
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以前紹介した安西愈弁護士の(トップ・ミドル向け)本のP237ーP261「十五 就業規則の不利益変更は有効か」に今回のテーマについて詳しく解説が載っていますので、同書をお持ちの方は該当部分を読んでください。
簡単に言ってしまえば、労働契約の変更に合意ができれば(労働者がその不利益変更を納得すれば)よし、ダメなら就業規則の変更に合意ができれば(労働者がその不利益変更を納得すれば)それでもよし、最後は、合意ができないので使用者が一方的に就業規則を変更して不利益変更を労働者に押しつけることができるが、この場合は、要件が相当厳しい(ハードルが高い)ので、事例問題では、この要件を覚えていて、要件に当てはまる事実を並べてみて、XとY社のどちらが勝つかを判断することになります。これを図にすると次のようになります。安西弁護士本から引用します。
<同書P238「第6-5図 労働条件変更の体系」>***********
[労働契約法第6条] (合意)
労働者 ← 労働契約 → 使用者
[同法第7条] ↓ <労働契約締結時>
就業規則 ①周知
(労働契約内容) ②合理性
[同法第8条] ↓ <労働契約内容の変更>
労働者 ←労働契約内容→ 使用者
の変更
(合意)・・・→就業規則を下回る不利益変更
の合意は無効
↓
[同法第9条] ↓ <就業規則による不利益変更>
労働者 ←就業規則の不利益変更→ 使用者
による契約の変更
(合意)
[同法第10条] ↓ <合意のできない場合>
就業規則の不利益変更 ①周知
による契約変更 ②変更の合理性
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図だと分りにくいかも知れないので、文章にします。
労働条件の不利益変更
① 労働者と使用者が、労働基準法等の法令に抵触しない範囲で合意すれば、労働契約は成立する。
② 個別の労働契約に定められた賃金等の条件が、就業規則や労働協約を下回る場合には、その部分は無効となり、代わりに就業規則か、または労働協約に定められた基準が適用される。
③ 有効に成立した労働契約の条件が、時の経過とともにその内容の変更を迫られることがある。このとき、労働者にとって条件が良くなる場合は問題にならないが、仕事が変わらないのに賃金が減額になるなど不利益に変更される場合は、問題となる。
④ リーディング・ケースとなる秋北バス事件(昭43・12・25最高裁大法廷判決)では、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない・・が、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない。
⑤ この判例では、これまでの労働条件より悪くなるような就業規則の新たな作成や、既存の就業規則における不利益変更につき、合理性があれば許容される旨を判示している(労働契約法はこの判例を踏襲している。)。
事例問題で問われるとしたら、最後の合理性を判断する基準の要件(かなり高いハードル)が問題となりますが、これは、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるといった事情などに照らして合理的であることの5要素が労働契約法10条で求められています。加えて、変更後の就業規則の周知が必要です。
ちなみに、秋北バス最高裁判例では、より細かく、次の7項目が挙げられていました。①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、②使用者の変更の必要性の内容・程度、③変更後の就業規則の内容自体の相当性、④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥他の労働組合又は他の従業員の対応、⑦同種事項に関するわが国社会における一般的状況です。
最高裁判例の考え方を労働契約法にするときにある程度絞られて抽象化されていますが、要件事実を拾い上げる際には、こちらで考えた方が便利かも知れません。
実際に第1問の設例を解くときには、これらの要素にどのような事実があてはまるのかあてはまらないのか、その結果、不利益変更が認められるのか認められないのかの難しい判断が求められます。そこで、参考になるのが過去の裁判例です。
たとえば、私が受験した「第16回特別研修 中央発信講義 教材」の中に、石嵜信憲弁護士が担当する「賃金体系と労働条件の変更」という章(P349~P400)があって、そこにこの労働条件の不利益変更の裁判例(P371~P374)が載っていますから、ページ数がずれていることはあっても、内容は変わらないので、お手元の同教材をチェックしてください。私が、特に興味を引かれたのは、キョーイクソフト事件(東京高判平15.4.24労判851号48頁)で、ビデオの中で石嵜弁護士が「狙い撃ちはダメ!」と言われていたのがメモに残っています。石嵜弁護士の章は、日本企業の人事制度(特に賃金制度)の変遷と、変更によって既得権が奪われる労働者の抵抗の歴史みたいなお話がなかなか面白かったなあ、と思いました。(記憶が曖昧で、本当はそんなに面白いお話ではなかったかも知れませんが。)。
この「狙い撃ちはダメ!」のコメントを含むこのテーマについて、弁護士池内康裕著「テレワーク導入のための就業規則 作成・変更の実務」清文社2021年7月30日発行P38-P40「8.就業規則の不利益変更」にも触れられているので、一部を引用します。
<P40>******************************
『このように、全ての不利益変更について、高度な必要性が要求されるわけではありません。全体的に見れば、不利益な点ばかりではなく、内容の相当性も認められるような場合には、当該不利益性に応じた必要性があれば、合理性が肯定されます。例えば、週休2日制の導入に伴い平日の勤務時間を延長した就業規則の変更について、高度の必要性は不要とされています。(羽後銀行事件・最判平成12年9月12日。)。
労働組合の交渉の状況についても考慮されます。ただし、最高裁判決では、55歳以上の従業員の賃金削減について、従業員が加入する労働組合が賛成したにもかかわらず、代償措置が不十分であることなどを理由に無効と判断しました(みちのく銀行事件・最判平成12年9月7日)。一部の従業員に対して不利益が集中しているときは、過半数の従業員が加入する労働組合が賛成しただけでは、直ちに合理性ありと判断されるわけではないということです。』
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折角、すべての要件事実を拾い上げたと思っても、この「一部の従業員を狙い撃ちにしているからダメ!」を見落として、法的判断の見通しを間違ってしまったら、大きな失点になるものと思われますから、ご注意ください。老婆心ながら。
追伸
配転・出向・転籍の記事を書くための勉強をしていて、菅野労働法を読んでいたら、興味深い箇所を見つけました。P733「(3)賃金を引き下げる配転命令」(第13版P668(5))です。労働条件の一番大きな要素は賃金です。それを引き下げられたら、もちろん不利益変更になる訳ですが、まあ、業績悪化のリストラに関連して賃金や退職金を引き下げるというのは容易に想像がつきますよね。確かに、この試験の第1問として、個人成績の不良とか勤務態度が悪いとかを理由に、配転や出向を命令したうえで、賃金の引き下げを同時にやってしまうということもあり得ます。この場合、①配転・出向が権利濫用で無効という主張と②その配転・出向に伴う賃金の引下げ(例えば、降格とか、役職を外すとかを理由に)が無効という主張を同時にして、それぞれの主張事実を書き並べるということが求められるし、結果として、法的判断の見通しはどうなるんだ?と問われる訳で、結構厄介な問題だなと気づいた次第です。とりあえず、菅野労働法の該当箇所を読んで、問題の所在と裁判例の現状を理解しておいてください。
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