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内部通報窓口、第三者委員会等に関する利益相反(倫理)についての考察

 旬間商事法務2024年9/15号に「座談会 不正調査実務の現状と課題[下・1]―――不正調査と利益相反」という記事が載っていました。企業法務で有名な弁護士数名の対談で、この問題の利益相反マネジメントに、皆さん苦労(苦心)しているのだなというのが、よくわかりました。

 私は大阪(関西)に住んでいるので、今は、兵庫県知事に関する内部通報と懲戒の問題(結局、斎藤知事は失職して出直し選挙)や宝塚歌劇団のパワハラ自殺をめぐる阪急電鉄の対応など、上述の記事に関係のある事件が身近にありますし、特定社労士の第2問(倫理事例問題)で過去にこの問題が出題されたことがあって、今年も出題されてもおかしくないので、この問題について、少し検討してみました。

 その前に、2つの事件について、私の把握している情報と私の見解を簡単に書いておきます。

 阪急電鉄(宝塚歌劇団)の場合、いつも相談している大手法律事務所の弁護士に、会社が主体となって行う内部調査を依頼して、弁護士たちは会社に指示された範囲で関係者にヒアリングをし、とても公正で中立とは言えない報告書を作成して会社に提出し、会社がこれを、さも独立性の高い法律事務所の中立で客観的な報告書のように誤解させるような公表の仕方で発表し、世間から調査方法と内容が偏っているとの批判を受けました。被害者遺族に起こされた民事訴訟の会社側代理人をどの法律事務所が受任しているのかは、私は知りません。

 兵庫県知事の場合、匿名の部下からの内部告発文書の外部告発を、公益通報者保護法で保護するのではなく、告発者探しの挙句、特定して、「嘘八百の内容が含まれる」と言って、懲戒処分にしました。その後の百条委員会などの調査で、パワハラ疑惑やおねだり疑惑や補助金キックバック疑惑の事実がほぼ明らかになり、兵庫県議会の全会一致による解任決議によって失職に追い込まれました。地方公務員が働かないという一般論(私は公務員になったことはありません)から考えて、知事が「働け」と言い続けたことを逆恨みしたというパワハラ騒動も考えられなくもないので、初動でパワハラに絞って、事実関係の解明を冷静に行っていたら、このような炎上はなかっただろう、つまり、初動の失敗が話を大きくしてしまったのかなという印象を持っています。斎藤知事が「告発者に公益通報者保護法による保護をせずに、懲戒処分にしても構わないか?」と相談したら、「懲戒処分にしても構わない」と某弁護士が回答したと言われていますが、どこまで事実関係を明らかにして弁護士にコメントを求めたかが分からないので、一概に、この弁護士を非難できないのではないかとも考えています。なぜなら、都合の良いコメントを引き出すために巧妙に仕組んだ質問をするという手はよく使われますから。それと、この事件では、斎藤知事(または兵庫県)を被告とする民事訴訟は提起されていません。

 閑話休題。まず、私は、特定社会保険労務士が、気を付けなければならない問題点について、大きく分けて、次の4つの場合について、慎重な検討(事前準備など)が要ると考えます。

1. 特定社会保険労務士が、従業員等の内部告発を受け付ける場合

2. 特定社会保険労務士が、会社主体の調査で、内部告発をした従業員等にヒアリングする場合

3. 特定社会保険労務士が、会社から独立した第三者委員会の調査で、内部告発をした従業員等にヒアリングする場合

4. 上記1.~3.の業務を行った後で、当該事件について内部告発者と会社の間で生じた個別労働紛争について、会社の代理人になる場合

 さらに細かく分けると、上記1.~3.を受任した特定社会保険労務士が、告発者(被害者等)をヒアリングする際に、事前に検討しておかなければならない論点としては、次の①から⑥が考えられます。

①    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、自らの氏名、肩書、立場(誰のためにヒアリングしているかなど)を名乗るべきか?という問題があります。

②    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、このヒアリングから得られた情報はすべて会社に報告されると伝えるべきか?という問題があります。

③    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、当該告発者から「このことは会社に内密にして欲しい」と言われて開示された情報について会社に開示しないことを含む守秘義務を負うのか?という問題があります。

④    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、後日、本件に関する個別労働紛争の会社側代理人になる可能性があることを告げるべきか?という問題があります。

⑤    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、後日、本件に関する個別労働紛争の会社側代理人になることは出来るか?という問題があります。

⑥    ヒアリングの際に、告発者に対して、どのような説明をしておけば代理人になれるか?工夫の仕方によっては、出来るのか出来ないのか?という問題があります。


 順番に私の考えるところを述べます(あくまで個人の見解です。)。


①    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、自らの氏名、肩書、立場(誰のためにヒアリングしているかなど)を名乗るべきか?

②   告発者の側から考えると、告発者が匿名だったとしても、(例えば電話の)相手が万一社内の人間で、自分の声に聴き覚えがあって犯人探しと懲戒の材料にされるかもしれないと考えると、正直に事実を告げることに恐怖を覚えると思います。だから、受け手は、まずは、自分の氏名と肩書を告げるべきです。次に、この通報内容が全部会社側に筒抜けになるのか、それとも、告発者の保護のために、ヒアリングの担当者のところで、ある程度オブラートに包んで報告がなされるのかによって、話の内容が変わってくると思います。特に、阪急電鉄(宝塚歌劇団)のケースのように会社主体の調査なら、そのような立場でのヒアリングだと伝えるべきです。そう伝えると、告発者は用心してしゃべるので、会社にとって都合よく告発者にとって都合が悪い情報は提供されなくなりますが、それはいたしかたのないことだと思います。相手を騙して情報を提供させるという姿勢は問題があると思います。会社から独立した第三者委員会による調査なら、その中立性を告げれば告発者はしゃべりやすくなるとは思いますが、この場合、告発者保護の観点から提供された情報が生で会社に伝わることはないと言ってあげると、告発者はより協力的になると思います。以上のような配慮なしに、告発者が匿名だから受付も匿名で臨めば、必要な情報が取得できないことは明らかであり、内部通報システムとしての存在意義が問われるものと思います。内部告発の情報を収集するというシステムの存在意義が疑われる、単なるアリバイのためのシステムじゃないのかということになりかねません。

③    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、このヒアリングから得られた情報はすべて会社に報告されると伝えるべきか?という問題があります。これも①と同じで、全部会社に伝えるなら伝えると、告発者が内密にして欲しいと頼んだことは伝えないなら伝えないと、はっきり言ってあげないと、告発者の側からは、受付担当者の理解を得るための情報として、どこまで話しても大丈夫かということが判断できずに、結局、当たり障りのない内容しか教えてくれないということになります。告発者は、例え匿名の内部告発であっても、常に犯人探しと仕返しの恐怖心をいだいているので、受付担当者が公正で中立だと信用してもらえないような内部通報システムや事実調査は、(やってます感を演出するための)単なる飾りに過ぎないと考えます。

④    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、当該告発者から「このことは会社に内密にして欲しい」と言われて開示された情報について会社に開示しないことを含む守秘義務を負うのか?
 事前に会社との話し合いで、告発者に対して守秘義務を負うことの可否を明確に取り決めておいて、最初に、そのことを告発者に伝えておくべきと考えます。告発者に対して守秘義務を負っているようなふりをして、会社にとって都合のよい情報を聞き出したうえで、会社に全部報告するようなことは絶対に避けなければなりません。最初に、貴方に対しての守秘義務は負えませんと明確に告げれば、告発者は用心をして話すので、後日のトラブルは防げますが、真相究明に必要な詳細な情報を取得することは難しくなるので、ヒアリングの目的に照らして、どう対応するかを決めておく必要があるのです。

⑤      告発者(被害者等)をヒアリングする際に、後日、本件に関する個別労働紛争の会社側代理人になる可能性があることを告げるべきか?

  後日、同一事件について、代理人を引き受ける気がないのなら、そう告げてあげれば、告発者は安心すると思います。一方、その可能性があるなら、その可能性があることを伝えておかないと、実際に会社側の代理人になったときに「あのときヒアリングした人が代理人になるなら、あそこまで話さなかったのに。あの人を信頼して詳細に情報提供したのに、騙された(裏切られた)。」とか告発者に恨まれて、場合によっては、社会保険労務士会に対して懲戒請求がなされるおそれがあります(商事法務の対談記事を読むと、弁護士の方は社会的信用度が高いので、この手のトラブルになっている事例が多いようです。)。正直に、その可能性を示唆しておけば、少なくとも懲戒請求とかにはならないと思うのですが。この点は、(代わりはいくらでもいるのに、わざわざ)代理人を依頼する会社側にも問題があると思います。私は、在職中、絶対に、このような依頼はしませんでした。

⑥    告発者(被害者等)をヒアリングする際に、後日、本件に関する個別労働紛争の会社側代理人になることは出来るか?

 当初は全く想定していなかったが、後から、ヒアリングをした特定社会保険労務士が代理人を依頼されるというケースが考えられます。今まで述べてきたように、ヒアリングの依頼主体は会社である、告発者に対する守秘義務は負わない、代理人になることはあるというように、告発者にとってリスクとなる情報を事前に開示しておけば、告発者から見て、騙されたとか裏切られたとかいうことにはならないので、会社側代理人になることは何ら問題がありません。問題は、告発者に対して騙し討ちになるケースです。特に、氏名や肩書を明かしてヒアリングをすれば、告発者はヒアリングをする人間が自分の味方のような錯覚に陥るものです。これを利用して、情報を聴きだしておいて、後日、会社側代理人として個別労働紛争を有利に戦うというのは、卑怯なやり方だと思いますし、公正・誠実・信用・品位の欠片もない行為だと思います。では、告発者もヒアリング者もお互いに匿名で、込み入った情報提供もなく(したがって守秘義務を負う情報もない)会話が終わった後で、ヒアリング者が会社側代理人になることは可能なのか?という疑問が残ります。この場合は、告発者にとっても実害はないので、社会保険労務士会に懲戒請求されることもないものと思われます。つまり、特定社会保険労務士(弁護士も同様)の個人としての行動としての違法性はないし、非倫理的と言うほどのこともないのですが、何か違和感を感じませんか?もし、告発者以外の従業員が「あの、内部通報窓口の相談員は、告発者の話を聞いておいて、後で会社側の代理人になるんだって。」という噂をしだしたら、従業員は、そのシステムを使って内部告発をする(あるいはヒアリングに応じる)でしょうか?私なら、会社の回し者に内部告発の話をする(ヒアリングに応じる)のは危険だと考えて、別のルートを探します。つまり、会社の姿勢としてはおかしいし、これに協力する特定社会保険労務士(弁護士も)の姿勢もおかしいと思うのです。公正性や中立性が疑われるシステムやヒアリングに協力するという姿勢は、その道のプロフェッショナル(エキスパート)としていかがなものか?というのが私の考えで、こんな話にはかかわるべき(受任すべき)ではないと思うのです。弁護士のように、利益相反マネジメントにたけていて、トラブルのリスク回避策を講じていてもトラブルは発生しています。まして、法律の専門家ではなく、利益相反マネジメントにも未熟な特定社会保険労務士が、このような危ない橋を渡るというのは、とてもお勧めできません。「違法でなければ出来るんだ!」という考え方の方もおられるでしょうが、特定社会保険労務士試験の第2問はあくまで倫理の問題であって、社労士法や社労士倫理綱領の利益相反の条項が不足していることに乗じて、金儲けに走るという姿勢の解答が、試験で高得点に結びつくとは思えないのですが・・・。例えば、第18回第2問小問(2)の出題の趣旨を見てください。その最後で示されている「最高裁第一小法廷令和4年6月27日決定(許可広告事件)及びその原審の大阪高裁令和3年12月22日決定」を引用して、(その事件特有の事情を無視して)「弁護士が受任できると最高裁が認めたのだから、社労士の公正、信用、誠実、品位にかかわることはなく特定社労士も受任できるんだ」と書いたら余りにも浅はかな受験生だと採点者に受け取られるおそれは十分にあります。

⑦    ヒアリングの際に、告発者に対して、どのような説明をしておけば代理人になれるか?工夫の仕方によっては、出来るのか出来ないのか?


 ここまで述べてきたように、会社に起用されて会社のために告発を受け付けたりヒアリングをしたりしているということや、告発者に対して守秘義務を負うことはなくすべての情報が会社に提供されていることを最初に告げておけば、告発者は用心して情報提供するので、後日、会社の代理人になったとしても、騙されたとか裏切られたということにはならないと思います。問題は、第三者委員会のような、一見、中立のような立場でのヒアリングをした者が、その旨を説明しておいて、後日、会社の代理人になったらどうなるかですが、このことは商事法務の対談記事にも書かれているように、かなり悩ましい問題で、結構、トラブルになっているようです。

 結論を述べます。例えば、「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン 2010年 7月15日 改訂 2010年12月17日 日本弁護士連合会弁護士会」の脚注には、「10 顧問弁護士は、「利害関係を有する者」に該当する。企業等の業務を受任したことがある弁護士や社外役員については、直ちに「利害関係を有する者」に該当するものではなく、ケース・バイ・ケースで判断されることになろう。なお、調査報告書には、委員の企業等との関係性を記載して、ステークホルダーによる評価の対象とすべきであろう。」と書かれており、これらの利害関係を有する者の第三者委員会委員への就任は禁止されています。後日、第三者委員会の委員が、当該事件について自ら会社側の代理人になることまでは明確に禁止とはされていないのですが、私は、後日、代理人になることは利害関係を有する者に事後的になることであり、このGLの禁止事項に触れるのではないかと考えています。

 この例は弁護士の話ですが、特定社会保険労務士について考えるなら、もっと厳しい目で見て、自らを律する態度が求められるのだろう考えています。そうでないと、(この試験の解答としては)社会保険労務士の公正、誠実、信用、品位は保てないと思うのですが、いかがでしょうか?




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