セクシャルハラスメントに関する情報の整理
前回、パワハラについてしつこいぐらい書きました。過去問では、パワハラ被害の損害賠償請求と退職原因としてのパワハラという論点で何度か出題されていますが、正面からセクハラを論点にした過去問は少なかったたように記憶しています。だからと言って、セクハラが軽い(小さい)論点で、第1問(労働紛争事例問題)にはならない(設問を作り難い)とは、言い切れません。
令和元年5月に成立した「女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律を改正する法律」(略称、「女性活躍・ハラスメント規制法」)によって①労働施策総合推進法、②女性活躍推進法、③男女雇用機会均等法、④育児・介護休業法および⑤労働者派遣法の5つの法律が改正され、原則として、令和2年(2020年)4月1日から施行されました。ここでは、①パワハラ、②セクハラ、③マタハラ、④パタハラおよび⑤LGBTハラスメントの大きく5つのハラスメントが取り上げられています。
この法改正に併せて、パワハラ厚生労働大臣指針(告示)が出されているので、どうしてもパワハラに目が行きがちなのですが、セクハラも(パワハラに)負けず劣らず重要な論点なので、ここで、一度、セクハラに関係する情報を整理しておこうと考えました。
布施直春著「2019年法改正対応 改正女性活躍推進法等と各種ハラスメント対応」経営書院2019年10月9日第1版(以下「布施ハラスメント本」と言います。)を読みながら、情報の整理(区分け)の方法としては、セクハラを原因とする損害賠償請求をする労働紛争事例問題を作るとしたら、どのような視点(切り口)が良いのか?ということを考えました。
まず、①どのような行為がセクハラ(になりうる)か?を明らかにする。次に、②加害者である従業員および使用者に対する法的責任を追及する法律構成を明らかにする。三番目に、③使用者が従業員に対して負っている義務の内容、つまり、使用者がセクハラ防止のために何をすべきか(事前対策)?とセクハラ被害が発生したらどのように対処すべきか(事後対応)?の3点を明らかにすれば、第1問小問(1)~(4)はパワハラ問題の解き方に沿って回答できるし、小問(5)は、解雇やパワハラに共通の考え方(両当事者の主張の強弱と常識的な妥協点)で回答できるだろうという結論に至りましたので、以下、その線で記事を書きます。今回の記事のベースになる指針は、令和2年1月15日付け厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」です。
1.セクハラの定義
厚生労働省のWebsiteに掲載されているパンフレット「職場におけるセクシュアルハラスメントに取り組みましょう!!」から引用します。この厚生労働省の定義の肝は、セクハラを「対価型」と「環境型」に分けてあることです。
<職場におけるセクシュアルハラスメントとは>************
「職場」において行われる「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件につき不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されることを言います。
<対価型セクシュアルハラスメント>*****************
職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それに対して拒否・抵抗などをしたことで、労働者が解雇、降格、減給などの不利益を受けること。
● 典型的な例
・事務所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、その労働者を解雇すること。
・出張中の車中において上司が労働者の腰、胸などに触ったが、抵抗されたため、その労働者について不利益な配置転換をすること。
<環境型セクシャルハラスメント>******************
職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど労働者が就業する上で見過ごすことができない程度の支障が生じること。
● 典型的な例
・事務所内において上司が労働者の腰、胸などに度々触ったため、その労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること。
・同僚が取引先において労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、当該労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと。
(注)これは笑い話になります。会社員時代に、製薬業界の同業者との会話で、私が「製薬企業にとって、相応しくない物品の提供は禁止となっているが、麻薬とか拳銃とかなら話は別だが、ボールペンや手帳やカレンダーやせいぜいお菓子ぐらいなら、相応しいとか相応しくないとかいう物はないのではないか?」と尋ねると、「昔は、ヌードカレンダーを配っていた会社があって、それを受け取って、堂々と診察室に貼っている医師がいました」と回答があって、絶句したことがあります。女性もいる職場にヌードカレンダーが貼ってある光景は、今では想像できませんが、昔はよくありました。これは、典型的な環境型セクシャルハラスメントでしょう。
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2.責任追及のための法律構成
セクハラ行為によっては、強制わいせつ罪、名誉毀損罪、軽犯罪法違反等の刑事責任の追及が可能ですが、(あくまで特定社労士が代理できる業務の試験ですから)それらを別にして、被害者(労働者)は使用者に対して、(1)民事上の損害賠償責任を追及することと併せて、(2)加害者への懲戒処分を求めることが可能です。もちろん、特定社労士が受任できるのは、社労士法2条1項1の4号以下に定められた紛争解決手続代理業務のみに限られるのですから、労働者を代理する場合は、あくまでも使用者のみを相手方とする調停やあっせんに限られるのであって、(被害者が)加害者個人への責任追及をしたければ、別途、弁護士を代理人に起用して民事訴訟や民事調停を提起する必要があります。
(1)については、パワハラの際にも述べましたが、「不法行為+使用者責任」という法律構成と「債務不履行(安全配慮義務違反)」という法律構成の2種類があることは、容易に想像がつくことと思います。さらに、前者での主張・立証(加害行為があった。当該行為をしたのは従業員で、業務の執行につき行為がなされた。)は、割合簡単に思いつく論理構成だとも思います。問題は、パワハラでも主張・立証の難易度が高いと書いた「債務不履行(安全配慮義務違反)」の方です。ここで、覚えておいて欲しいのは、労働契約法第5条(労働者への安全配慮)「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」という、安全配慮義務がダメ押しされている点です。この部分の理解を深めるために、次に、法律学小辞典5P8「安全配慮義務」から一部を引用します。
<安全配慮義務>**************************
Ⅰ 一定の法律関係にある者が、互いに相手方の身体・生命等を害さないように物的・人的環境を整えるべく、配慮する信義則上の義務。当初、雇用契約における特殊な付随的義務と観念されていただが、判例によって、より一般的に「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」(最判昭和50.2.5民集29.2.143)とされ、その射程は診療契約・在学契約・請負契約など多方面に広がっている(判例略)以下、略。
Ⅱ 労働関係における安全配慮義務は、労働者がその生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をすべき使用者の義務である。民間企業の使用者は、労働契約法5条に基づきこの義務を負う(判例略)。(中略)労働災害等により損害を受けた労働者やその遺族は、使用者に対して、その安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求することができる。請求にあたっては、労働者側は、安全配慮義務の具体的内容を確定し、かつ使用者の当該具体的義務違反の事実を証明しなければならない(判例略)。(中略)安全配慮義務違反に基づく責任は、消滅時効期間が10年で長いこと、遺族固有の慰謝料請求権が認められず、かつ遅延損害金の起算点が請求の翌日であること(判例略)等の点で一般の不法行為責任と異なる。
(注)私が下線を引いた部分が、パワハラの説明でも述べた、「債務不履行(安全配慮義務違反)」の方が被害者から主張・立証することが難しいと考える根拠になる部分です。
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ここまで来て、パワハラの記事で詳しく書かなかった「請求権の競合」について思い出したので、書きます。上司に肉体関係をしつこく要求されて断ったら退職に追い込まれたという1つの事実について、「不法行為+使用者責任」構成と「債務不履行(安全配慮義務違反)」構成の両方が主張出来る(請求権が並列で存在する)場合にどう取り扱うのか?というのが、「請求権の競合」の問題です。法律学小辞典5P753から一部を引用します。
<請求権の競合>**************************
2 問題点 これが具体的に問題になるのは、併存する請求権の間に差異がある場合(例え ば、賃貸人が不法行為を理由として損害賠償請求すれば失火ノ責任ニ関する法律(明治32法40)により、賃借人の重過失を立証しなければならないが、契約不履行を理由とすればその必要はない)に、請求権は自己に有利なほうを主張してもよいのか、一方だけしか主張できないのか、一方だけを主張して敗訴した場合に、もう一方を主張して改めて訴えを起こせるのか(既判力は及ばないのか)、という点であって、多数説・判例(大判大正6.10.20民録23.1821等)は、どちらの請求権を主張してもよいという立場(請求権競合説)に立っている。これに反対して一方(契約が存在する場合にはその不履行)だけしか主張できないと解する有力説(法条競合説・非競合説)があり、更に、訴訟物理論の進展に伴い種々の考え方が主張されている。
(注)以前も述べたとおり、特定社労士試験では、請求権の競合をどう取り扱うかを問われているのではないので、「不法行為+使用者責任」であっても「債務不履行(安全配慮義務違反)」であっても、主張・立証する事実と法的判断の見通しに(究極的には)変わりがないものと考えます。ただし、能力担保研修の申請書の書き方としては、悩ましい問題であることに違いはありません。
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2.事前対策
男女雇用機会均等法は、事業主に次のような防止措置を講じることを義務付けています。もし、これらの防止措置を講じていないと、使用者側の債務不履行責任(労働環境調整義務不履行:民法415条)や安全配慮義務不履行(労契法5条)が認定されやすくなるでしょうね。以下、上述のパンフレットから引用します。
<男女雇用機会均等法は、事業主に次のような防止措置を講じることを義務付けています。>**************************
1 事業主方針の明確化及びその周知・啓発
(1) 職場におけるセクシュアルハラスメントの内容・セクシュアルハラスメントがあってはならない旨の方針を明確化し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
(2) セクシュアルハラスメントの行為者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
2 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
(3) 相談窓口をあらかじめ定めること。
(4) 相談窓口担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。また、広く相談に対応すること。
4 1から3までの措置と併せて講ずべき措置
(9)相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知するこ
と。
(10)相談したこと、事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。
(注)パンフレットに書かれた「3」の項目は、次の事後対応で引用します。
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3.事後対応
2.と同様に、上記のパンフレットから、「3」を引用します。
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3 職場におけるセクシュアルハラスメントにかかる事後の迅速かつ適切な対応
(5) 事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
(6) 事実確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮の措置を適正に行うこと。
(7) 事実確認ができた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと。
(8) 再発防止に向けた措置を講ずること。(事実確認ができなかった場合も同様)
(注)セクハラは、男性・女性にかかわらず、加害者にも被害者にもなり得ます。同性に対するセクハラもあり得ます。相手の性的嗜好または性自認にかかわらずあり得ます。自社の労働者が他社の労働者にセクハラを行った場合、他社の労働者が自社の労働者にセクハラを行った場合も雇用管理上の措置に含まれます。
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以上に書いてきた、「2.事前対策」と「3.事後対応」が、使用者の安全配慮義務の具体的内容になっていると考えると、特定社労士試験第1問(労働紛争事例問題)における安全配慮義務違反に該当する事実を拾い上げるときの基準になりますし、その該当具合で、法的判断の見通しを評価することも出来ます。裁判所が、厚生労働省の指針に拘束される訳ではありませんが、判断材料に使われる可能性はありますし、特定社労士試験の回答の際の判断材料としては十分に役立つものと思われますので、是非、覚えておいてください。
厚生労働省の指針には、パワハラについてもよく似た措置が列挙されています。「職場におけるハラスメント防止のために」、「あかるい職場応援団」などでググってみてください。
ひょっとしたら、第20回第1問でパワハラかセクハラが論点の問題が出題されて、書かれた事実が厚労省の指針の基準に沿っていたら、・・・。
追伸
先日、中小企業診断士の受験対策のために同友館から月刊誌として発行されている「企業診断」を読んでいて気づいたのですが、試験本番の直前期には、「過去問回しをやりなさい」と書かれていました。このブログでは、春先に受験勉強のやり方や教材の説明をして、その後8月までは過去問の解放のテクニックを説明して、最近は、パワハラ、セクハラなどの論点の解説をしてきました。次から、名ばかり管理職、労働条件の不利益変更などの論点についての解説をしながら、併せて該当する過去問の解説をやっていきます。全部の第1問の解説をやることは無理です。一方、第2問は、全問解説する予定です。
ブログの解説を読むだけで答案が書けるようになるとは思いませんので、皆さん、過去問を何度も手書きで解くという「過去問回し」の時間を十分にとれるように、今から10月と11月の受験勉強の計画を細かく立てておきましょう(老婆心ながら)。
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