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第16回能力担保研修設例2を使った名ばかり管理職・固定残業代の解説

 今回は、第16回(令和2年度)能力担保研修設例2をやります。論点としては、名ばかり管理職および固定残業代制の2つが組み合わされた事例になっています(請求の内容としては未払い時間外手当の請求になっています。)。じっくり読んで理解してください。

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その1)***********

 まずは、設例の全体像をザックリ説明してから、2つの論点の検討の仕方(説き方)を説明します。第16回(令和2年度)の教材をお持ちの方は、一度読んでみてください。
<設例の概要>
 申請人甲が、過去に勤務していた相手方B社に対して、「B社勤務時代に名ばかり管理職扱いを受けて未払いとなっている時間外手当(6,436,650円)に遅延損害金(14.6%)を加えて支払うこと」を内容として、あっせんを請求しました(辞めた社員が可愛がってくれた社長に恩を仇で返す、みたいなストーリーですが、法律問題とは関係しない部分は省きます。)。
課題としては、甲が提出した申請書に対する相手方B社からの答弁書を書きなさいというものです。相手方B社としては、①甲を工場長に任命し、役員待遇で処遇(権限と待遇)していたので、実質的な管理監督者であって、時間外手当は発生しないと反論するか、②甲に対して支払われていた工場長手当は固定残業代であり、甲がB社工場長時代に働いた時間外労働の割増賃金の一部(大半)は、工場長手当で支払われており、時間外手当の未払い金額は○○円にすぎないと反論するか、のいずれかを答弁書で主張(反論)することになります。もし、これが民事訴訟なら、①と②の両方を並列して主張すると、①で負けることを認めることになるので、①か②のいずれかを選択する必要があります。しかし、これは互譲を前提とする「あっせんの答弁書」ですから、メインの主張を①として、①が認められなかった場合に備えて「予備的に②を主張する」と書いて、和解の落としどころ(○○円なら解決金として支払う気がある)を申請人甲側に示すという高等な戦術もあり得ると考えます(教官弁護士に賛成してもらいました。)。ただし、2つの主張・立証をするとなると、短期間のグループ研修では、準備が量的に大変ですから、①管理監督者に絞って答弁書を書くというのが、現実的対応になるかなということになります。
 答弁書の内容としては、①ならば、甲工場長は実態として管理監督者であったという事実を主張・立証することになり、②ならば、工場長手当が固定残業代であったと甲が認識していたことを主張・立証することになります。集合研修のときは、まず、①で行くか②で行くかを選択する必要に迫られました。私は、この設例の内容ならば、甲工場長は実質的な管理監督者で主張が認められると判断し、同じグループのメンバーも同意したので、①で答弁書を書きました。②で答弁書を書いたグループもありましたが、教官弁護士の意見も①で8割の勝ち目だと言っていました。ちなみに、我がグループは、上述の予備的請求として②も書いておきました。よって、メチャメチャ量が多くなりました。ここまで書いたグループは、同じ部屋には、我々以外にはいませんでした。過去に述べましたが、未払賃金ついての遅延損害金を14.6%にすることを認めるべきか3%にすべきかという細かな論点があったり、時間給の単価は一体いくらで、時間外割増賃金の時間単価は何円になるのかなんてやっていると、もう期限までに完成しなくなりそうで、泣きそうになりました。
 それでは、まず、①名ばかり管理職(偽装管理職)の論点について、勉強を進めましょう。菅野労働法のP491-495「4.労働時間・休憩・休日原則の適用除外」(第13版P415-P420)を読んでください。
 労働基準法上(41条)で、管理監督者が労働時間管理の対象から除外されるので、時間外割増賃金を支払わなくて構わないということは、皆さんご存じのとおりです。そこで、管理監督者の定義に申請人甲が当てはまるのか?が問題となります。この論点を解くには、管理監督者の定義(当てはまるための要件)が必要です。
 菅野労働法P491(第13版P415)には、「事業主に代わって労務管理を行う地位にあり、労働者の労働時間を決定し、労働時間に従った労働者の作業を監督する者である。このような者は、労働者の労働時間の管理・監督権限の帰結として、自らの労働時間は自らで律することができ、かつ管理監督者の地位に応じた高い待遇を受けるので、労働時間の規制を適用するのが不適当とされたと考えられる。」と書かれています。
 行政解釈(昭22.9.13発基17号、昭63.6.14基発150号)は、厚生労働省労働基準局編「労働基準法解釈総覧 [改定5版]」労働調査会発行に全文が載っています。P468から一部抜粋します。
「【監督又は管理の地位にある者の範囲】 法第四十一条第二号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。具体的な判断にあたっては、下記の考え方によられたい。記以下略。」
(注)「単に長時間労働を強いられていたということ」だけでは、管理監督者性を肯定する要素にはならないという点を、覚えておいてください。もちろん、名ばかりの管理監督者にされることによって、サービス残業を強いられたり、過労死に追い込まれたりすることは多々ありますが、長時間労働や過重労働そのものが管理監督者性の判断要素にはならないということ(ここでの論点ではない)を、しっかり理解しておいてください。簡単に言うと、残業や休日出勤が多かったという事実を並べて、だから管理監督者だったんだという主張をすることは的外れだということです。
 私が太字にした箇所が、この問題(申請人甲は管理監督者だったか?)を解くポイントになります。この実態に即した判断をするための具体的判断基準を探して来て、それに本設例で提供されている事実(過去問と違い、能力担保研修の設例では証拠が提示されます。)を当てはめて、結論を導くというのが、いつも使う法的三段論法になる訳です。
 例えば、安西愈弁護士の「トップ・ミドルの採用から退職までの法律知識【十四訂】」P612には、「(3)実態に基づく判断 一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位(以下「職位」という)と、経験、能力等に基づく格付(以下「資格」という)とによって人事管理が行われている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるに当たっては、かかる資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること。」と書かれています。プレップ労働法P219『2「管理監督者」「機密事務取扱者」』には、もっと砕けた説明が書かれています。実際に職能資格制度を採用している企業で働いたり、顧問先をたくさん持って様々な企業の人事制度を見てきた人には、この「職位」と「資格」の違いを理解することは容易かもしれません。例えば、軍隊で太平洋艦隊総司令官とか南部方面総司令官とか言うのは「職位」であり、大佐とか大尉とか言うのは「資格」という説明ではどうでしょうか。最近は、組織のフラット化とか、「さん付け運動(役員・管理職を肩書きで呼ばない)」とかが流行って、「主事」、「参事」、「参与」、「主幹」、「監事」とか「専任課長」、「専任部長」とか部外者には意味の分らない役職(資格)を名刺に書いて、しかも身内ではその役職を呼ぶというのに出くわす機会は減りましたが、一部の行政機関、その外郭団体等では見かけますね(労働者の自尊心をくすぐるのでしょうか?社労士会でも先生、先生と呼び合うのは、どうかと思いますが。)。ちなみに、私は、「さん付け運動」のおかげで、一度も(少なくとも社内では)役職(職位・資格)で呼ばれたことはありませんから、こういうものには興味がありません。時々、社外の人から役職で呼ばれてはっとしたりしたことはあります。むしろ、開業してから「先生」と呼ばれたりすると、「それ誰のこと?」と突っ込みたくなる、今日、この頃、です。
 少し話がそれますが、この呼称の問題が報酬(賃金)に関係するから、話がややこしくなります。例えば、部長なら部長手当、工場長なら工場長手当が支給されるのが普通ですが、これらは「部長」、「工場長」と言った「職位」に付いてきます。一方、「主事」、「参事」、「参与」、「社員1級」、「社員2級」等の「資格」に応じて、基本給がいくら、職能資格給がいくらとかのレンジが賃金規程で決められていて、そのレンジの中で各人の基本給や職能資格給が人事考課に基づいて決められているというのが中堅以上の企業では多いのではないのでしょうか(職務給制・年俸制は、また別の話。)。ですから、部長や工場長からはずれると、当然、部長手当や工場長手当は支給されなくなるのですが、そもそも年齢や経験を評価しての基本給や労働者の能力を評価しての職能給が、その人事異動に連れて下がると言うことは、論理的に考えてあり得ないということになります(病気やけがで労働能力が低下したなら別物)。しかし、現実の世界では、この理屈を理解していない人が多いのか、理解していても無視するのか分りませんが、職位が下がると同時に職能を引き下げて職能給を下げるという事例をよく見かけます。それが、何度か、過去問にも登場しています。この「職位」と「資格」、それらに付随する報酬(賃金)について、混乱しないように気を付けて、以下、読み進めてください。ちなみに、本設例2のB社は中小企業で、客観的な賃金制度はない(職位と資格の分離もない)のですが、創業者でワンマン経営者の頭の中のさじ加減による過去からの実績とそれらしい賃金体系のようなものはあります。「年功賃金制度」と相俟って、戦後日本で普及して来た「職能資格制度(職能給)」については、ここでは横道に逸れるので、各自で調べておいてください。
 閑話休題。B社側代理人の作成する答弁書には、申請人甲は、かくかくしかじかの要件を満たすから管理監督者でした、よって時間外割増賃金は発生しませんと記載することになります。そこで、斯く斯く然々の要件に何を使うか?と言うことになります。
 上述の安西愈弁護士の本P613-614では、平21.3.9東京地裁判決、東和システム事件が引用されて、次のように書かれています。「具体的には、①職務内容が、少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、②部下に対する労務管理上の決定権につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接していること、③管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、③自己の出退勤について、自ら決定し得る権限があること、以上の要件を満たすことを要すると介すべきである。」。本設例2で提供されている情報を勘案すると、答弁書では、これらの要件を満たす主張・立証(申請書への反論)が十分に可能だと私は判断し、そのように答弁書を作成しました。突き詰めると、管理監督者に見合う高い賃金が支払われていたか?が一番重要なポイントだと私は考えていますが、まあ、総合判断ですから、他の要素と事実をきちんと答弁書に書かないと答案にはなりません。
ところで、いきなり管理監督者性の論点を譲って(負けると判断して)、固定残業代の論点だけで戦うというのは、依頼人B社にとっても納得の行かない対応(代理人の態度としてどうか?)だと思われますし、本設例ではB社側の反論が強いという判断ができるかどうかが鍵になりますが、そのためには、この要件をきちんと定義して、提供された資料を読み込んで、要件に当てはまる事実を拾い上げられるかどうかが、答弁書の出来不出来に影響します。この作業をまじめにやっておけば、試験本番でも慌てずにじっくり設問に取り組めるので、今年、能力担保研修を受けられる方は、準備を怠らないでください。くれぐれも、肩書きだけで管理監督者性を判断したり、答弁書に依頼人の感情的な部分を持ち込んだりしないことです(あくまで法律行為の代理人の試験ですから。)。事実の当てはめまでここで書いてしまうと、能力担保研修の楽しみが失われるので(設例の内容がまったく同じとは限りませんし)、今年受けられる方は、教材が送られてきたらご自分で検討してみてください。
 老婆心ながら、特定社労士試験対策としては、紛争事例問題を法的三段論法を使って解くテクニックだけではなく、それを手書きの字数制限のある記述式の答案に仕上げるテクニックも必要ですので、別途その練習(要するにボールペンで紙に書く練習)も怠らないでください。

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その2)***********

 その1の続きです。まず、固定残業手当(割増賃金を含めた定額賃金)の適法性について検討を進めます。その後で、名ばかり管理職問題に関する情報提供をします。
 本設例2では、B社側の反論として、工場長手当には、元々、固定残業代分が含まれている(手当全額が固定残業代相当額とまでは言わない)ので、請求されている満額(時間外手当(6,436,650円)に遅延損害金(14.6%)を加えて)を支払う必要はない(一部は支払い済み)という反論が答弁書で展開されることになります。
 全体像を理解するために、菅野労働法のP523-524「一定限度の時間外労働に対する割増賃金を含めた定額賃金の適法要件」(第13版P447-P450参照)を読んでください。
 そもそも、固定残業代制が適法なのか?という論点があります。同制度が適法とした場合、(1)想定された残業時間数内の時間外労働ならその手当の支給をもって時間外割増賃金が支給されたとみなして別途時間外割増賃金の請求はできないのか?(2)想定された残業時間数を超えても一切時間外割増賃金を支払わなくても構わないか?(3)それとも実際に働いた時間外労働に見合う時間外割増賃金が固定残業代を超えたら超過分を支払う必要があるか?の3つの疑問((2)と(3)は裏表ですが)が湧きます(これがまた論点になります。)。
 上述の安西愈弁護士の本P307には、『この点について判例は、「労使間で、時間外・深夜割増賃金を定額として支給することに合意したものであれば、その合意は、定額である点で労働基準法37条の趣旨にそぐわないことは否定できないものの、直ちに無効と解すべきものではなく、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増賃金との過不足額が計算できるのであれば、その不足部分を使用者は支払えば足りると解する余地がある。」(平11.7.19高松高裁判決、平11.12.14最高裁三小決定、徳島南海タクシー事件)』と記載されています。少し空けて、同書のP307-308には、「予定割増賃金分が明確に区分されて合意された旨の主張立証も、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていた旨の主張立証もない本件においては、被告の主張はいずれにしても採用の限りではない。」(昭62.1.30東京地裁判決、昭63.7.14最高裁一小判決、小里機材事件)とされている。」とも記載されています。
 同書P631-635に「8 [管理監督者性を否定された場合の役職手当等は割増賃金に充当できるか]という項があります。そこには、『従業員について、それまで時間外や休日労働の対価的な意味も含めて役職手当等が支払われているときその取扱いが問題となる。この点については、役職手当等に時間外労働手当相当分が含まれていることが明白であり、それが区分可能である必要がある。そのような場合でなければ、「地位の昇進に伴う役職手当の増額は、通常は職責の増大によるものであって、昇進によって管理監督者に該当することになるような場合でない限り、時間外勤務に対する割増賃金の趣旨を含むものではないというべきである。仮に、被告としては、右役職手当に時間外勤務手当を含める趣旨であったとしても、そのうちの時間外勤務手当相当部分または割増賃金相当部分を区別する基準は何ら明らかにされておらず、そのような割増賃金の支給方法は、法所定の額が支給されているか否かの判定を不能にするものであって許されるものではない。そうすると、原告には時間外勤務手当に相当する手当が実質的にも支給されていたとは認められない。」(平11.6.25大阪地裁判決、関西事務センター)といったように、地位、職務、権限、責任といったものの対価としての賃金と認められることになってしまう。』と記載されていて、引き続いて使用者側の対策案が示されていますが、省略します(興味のある方は、同書で直接調べてください。)。少なくとも、本設例2では同書の提案する対策は取られていませんでした。
付随する論点として、同書P635-637には、「9 [管理監督者に対する深夜業割増賃金の問題]」が記載されています。社労士の読者は、管理監督者であっても深夜業の割増賃金を支払わなければならないことはご存じだと思います。役職手当等に深夜業の時間外割増賃金を含めていると解釈できるかどうかという論点については、上述の通常の時間外手当と考え方は同じです。詳しくは、同書をお読みください。他の細かな論点についても書かれています。
 菅野労働法のP524(第13版P447-P450参照)には、労働者による割増賃金の(事前)放棄の要件2つに係る判決を紹介した後、「一定限度までの時間外労働に対する割増賃金を基本賃金に含めてしまう固定残業代制が労基法(37条)に適合するには、ⓐ基本賃金の中で通常の労働時間分の賃金部分と割増賃金の部分とが区別できるように仕分けをし(本設例では、この部分が非常にあやふやです。)、ⓑその割増賃金の部分が、何時間分の時間外労働(および深夜労働)をカバーするのか(同条所定の割増賃金の額を下回らないことが必要)を明示することが必要であり、かつ、ⓒそのカバーする時間分を超える時間外労働には、別途、割増賃金(同条所定の額以上のもの)を支払うことが必要である。」と記載してあります。また、菅野労働法P524(第13版同上)の欄外には、「東京高判平30.10.4―イヌクーザ事件」が紹介されていますが、過労死認定基準の月80時間の時間外労働を常態化させるような固定残業制は、公序良俗違反で無効としたことに驚きました。試験で、こんな論点が隠されていたら、ほとんど誰も気付かないのではないでしょうか。
 以上、色々と検討してきましたが、これらは、そもそも、固定残業代に時間外割増賃金が含まれていると主張するには、事前に労使間にその旨の合意があったことが前提で、後出しジャンケンのように使用者が、「毎月定額で支払っていたあの手当には、残業代何時間分が含まれていた」と言っても、認められませんよと言っています(加えて、その合意の内容が大きなポイントです。)。第16回の能力担保研修を受けられた方は、ここまで読んだら、設例2では、工場長手当には固定残業代が含まれていたから申請人甲の請求額から差し引けると主張(反論)することは、入り口でムリだったと気付いたはずです。きちんと、法律を勉強した人のいるグループなら、②の主張を前面に押し出した答弁書を書くことはなかったと思います。いくら、過去の両当事者の会話や支払い名目を分析し、時間数や金額を精緻に計算してみても、あっせんの場で申請人甲の代理人に入り口の議論で全否定されて、下手をすると請求額満額を認めさせられるという惨めな結果を招くことになるので、法律の勉強をしっかりしましょうというのが、受験生と合格者への切なる願いです。もちろん、事実を検討して、当方が明らかに弱いときは、屁理屈でもなんでも良いから、とにかく書くという努力は避けては通れませんが。長くなって来ました。

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その3)************

 ここからは、「名ばかり管理職」の問題について書きます。
もし、自分の勤める会社に、部下もいない、仕事も平社員と変わらない支店長、工場長、部長、課長など名ばかり管理職がいて、名刺に(名ばかりの)役職を記載して、安月給も気にせず機嫌良く(毎日定時退社で)働いていたとしたら、何か問題になるでしょうか?もちろん、取引先がその名刺の肩書きを信用して権限のない社員と取引をして損害を被るとかいう話は論外としても、雇用者対被用者の関係で言うと問題はないと思うのですが、いかがでしょうか?周囲から陰口をたたかれても、本人が気にしなければ(昔は、「窓際族」と呼ばれる社員も定年まで勤めていました。)。
 昔から、長時間労働をいとわずに働く有能な社員を早く管理職に出世させて、時間外手当(営業だと高額の売上歩合給も)の代わりに定額の役職手当を支給して長時間労働や精神的・肉体的負担の大きい労働をさせる(それでライバルとの競争に駆り立てる)ということは、普通に行われてきました。報酬や待遇がその労働の責任・権限・時間等に見合って、頑張ればさらに上を目指せるなら(それと、働き過ぎにならない程度なら)と労働者も頑張って働いてきたはずです。以前、書きましたが、昔は、出世したら仕事が楽になって、威張って、交際費は使い放題などの役得がありました(森繁久彌の社長シリーズ(東宝)みたい。)。
私が大学を卒業した今から40年ぐらい前は、インターネットどころかファックスもなく(海外へはテレックス)、電話は固定電話だけで長距離電話料金は従量制で高く(国際電話はもっと)、宅配便はなくて郵便小包を郵便局に持参していました。月給は、やっと銀行振込になっていましたが、数年前までは、各会社に給与係とかいう部署があって、毎月末には、銀行から現金を運んできて従業員1人1人の給料を現金で封筒に入れて配布していました(現金払い、直接払い)し、土曜日は半ドンといって、午前中は勤務がありました(週休二日ではなかった。)。そのような時代ですから、例えば、東京や大阪に本社のある大企業の名古屋や福岡や札幌の支店には、支店長がいて(地方の工場や研究所にも同様の責任者が)、銀行に当座預金口座を持って、手形・小切手の発行や、営業・販売や売掛金の回収、仕入れや在庫の判断、経費の支払等を本社とは独立して(自らの判断で)やっていました(給料も高く様々な役得もありました。)。だから、昔の支店長、部長、研究所長、工場長などは、労働基準法が言う管理監督者に相応しかったのです。
しかし、バブル経済崩壊後(1990年以降)、特にリーマン・ショック後(2009年)は、従業員を、実態の伴わない「名ばかりの管理職」にして、権限・責任・待遇(特に賃金)の伴わない労働者を、過酷な長時間労働に追い込んで、サービス残業の強要は言うに及ばず、精神疾患による休職・退職、過労死、過労自殺等を引き起こす事例が多発し、法廷闘争になることが多くなりました。もちろん、法廷闘争は弁護士が代理人となって行われますから、シリアスな案件が特定社会保険労務士に回ってくるとは思われませんが、「名ばかり管理職に対する残業手当の未払い」の事件を依頼されること(労働者と使用者のいずれからも)はあるでしょうし、特定社労士試験で出題される論点になってもおかしくはないので、よく勉強しておく必要があると思います。特に、この論点は、2008年1月28日付け東京地裁、日本マクドナルドの名ばかり店長判決から注目を集めるようになりました。
東京管理職ユニオン監修「偽装管理職」ポプラ社2008年4月発行P12-13「裁判の背景」には、次の記述があります。『管理職のタダ働きを正当化させてしまう根拠になっているのは、労働基準法第41条2号の文言である。ここに、「監督若しくは管理の地位にある者」には、「労働時間、休憩及び休日に関する規定」が適用されないと書かれているのだ。そして、多くの企業は、この法律をタテにして社員に残業代の支払を渋ってきた。ちょっと仕事のできる者は管理職にしてしまえば残業代を払わないで済む、というわけだ。多くの企業は、労働基準法を強引に拡大解釈することで、管理職にタダ働きを命じてきたのである。こうした企業側と、タダ働きを強要される「管理職」との闘いは、いまに始まったわけではない。実は今回のマクドナルド裁判と似たような訴訟は、1956年におきたものを皮切りにして、現在までに33件が発生している。有名なところでは「レストラン『ビュッフェ』裁判」「三栄珈啡裁判」「風月荘裁判」といった訴訟があるのだが、33件の訴訟のうち30件は、原告側が勝訴している。つまり、企業側の「第41条拡大解釈」に対しては、司法は基本的に「否」をつきつけているのである。』
しんぶん赤旗日曜版編集部著「追求!ブラック企業」新日本出版社2014年11月発行P58-60「月330時間労働も/元店長Bさん(39歳)」には、次の記述があります。『ユニクロは店長を労働基準法の「管理監督者」、いわゆる管理職にしています。そのため何時間働いても残業代を支払わなくて済むのです。「月に330時間以上の労働もざらだった」と語る元店長Bさん。「柳井さんは店長を”独立自尊の商売人”と言います。しかし、実際は本社方針に従う部分が多く、まさに”名ばかり管理職”だった」と告発します。<中略>「店長と言っても裁量権はほとんどなく、長時間労働を強いられ、給料面で管理監督者に見合う待遇が保障されていない人は到底管理監督者とはいえない」』。
 近い将来の特定社会保険労務士試験で、第16回(令和2年度)能力担保研修設例2に似た問題が出題されて、まさに労働者が名ばかり管理職の扱いを受けて、未払い残業代を請求出来る(勝てる)事例が出るか、それとも実質的管理監督者として労働者が負ける事例が出るかは分りません。いずれにしても、どのような雇用契約の内容(労働条件、処遇、待遇等)および労働の実態から、「名ばかり」なのか「実質的」なのかを判断するために、たくさんの事例にあたっておく必要があると考えます。上に紹介した、2冊は、いずれも(おそらく)弁護士によって書かれていて、情緒的ではなく淡々と事実を述べた後に、法的評価を書いてあるので、試験の問題文を読む練習にもなると思います(本の後半部分に書かれている団体の主張の部分は、飛ばして読んでください。あくまで事例研究の目的の読書ですから。)。
おまけです。月刊社労士2021年5月号P60-61「歴史はかく語りき 故事から読みとるビジネスマネジメント」という同門冬二さんの記事に、「名目的スタッフ幹部の扱い」という項があります。こういうのを閑職と呼んでいましたが、名ばかり管理職とは、呼びませんでした。高度成長期の大企業にはこのような人たちが、結構たくさんいました。面白い記事なので、もし見つけたら、読んでみてください。
 余談ですが、上述のような書籍はたくさん出版されていて、労働紛争事例問題の設問になりそうな事案(裁判例)に関する情報は溢れています。特定社会保険労務士試験の出題者は、受験生が「これって、あの本に載っていた事例だ、ラッキー!」なんて思わないように、様々な書籍を読んで(ネットの情報も)、既存の事例をいかに避けながら、特定社会保険労務士に身に付けて欲しい知識やその運用能力を試す良問を作るかに腐心されていることと推察します。逆に言うと、(出題者との知恵比べかも知れませんが)実際の事例とその分析をたくさん読んでおくと、本番で役立つのではないかと思う、今日、この頃です。


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