特定社会保険労務士試験第2回過去問の解説(その4)
本日は、第2回第2問(倫理事例問題)を1回で書きます。やはり、第1回第2問より格段に難しいですね。
初年度であった平成18年度は受験者が殺到して、1回では収まらず、第1回(受験者数3,117名)と第2回(受験者数4,289名)が実施されました。第1回の倫理事例問題を見たら、やはり同年の第2回の倫理事例問題もここで見ておかねばと思います。
まず、社労士会連合会が公表している第2回第2問の出題の趣旨は、次のとおりです(抜粋します。)。
2 第2問について
(1)小問(1)
〔出題の趣旨〕 特定社会保険労務士として紛争解決手続代理業務に関し、受任している事件の相手方より他の別件の事件についての紛争解決手続代理業務の依頼を受けた場合の対応についての法的理解を問うもの。
〔配点〕15点
(2)小問(2)
〔出題の趣旨〕 特定社会保険労務士としての紛争解決手続代理業務と社会保険労務士法第22条の適用のない通常の社会保険労務士としての相談業務との関係及び代理業務受任事件の相手方の100%出資の子会社の相談依頼に関し、特定社会保険労務士としての倫理に関する理解を問うもの。
続いて、社会保険労務士法(以下「法」という。)第22条は、3月30日の記事を参照するか、ご自分で調べてください。
小問(1)は、特定社労士甲は、A(申請人)から、元勤務先のB社の社長からセクハラを受けたので慰謝料をB社(相手方)に請求する調停の代理人を(現在)受任している。B社の従業員CからB社を相手方とするあっせんが申請されたので、その件でB社の代理人になるよう依頼を受けた。
法第22条2項3号が適用になって紛争解決代理業務を行ってはならない事件に該当するか?が1つ目の論点です。この場合、社労士甲は、Aから紛争解決手続代理業務を受任しており、B社は当該紛争の相手方に該当します。その相手方であるB社が従業員Cから請求を受けているあっせん手続でB社の代理人を引き受けることは、まさに、同号が禁止している場合にあてはまることは容易に想像できます。しかし、ここで忘れてはならないのは、同法同条第2項ただし書の存在です。本来なら受任出来ない事件だが、現在受任している事件の依頼人Aの同意が得られれば受任出来るというところ(セットで分っています。)まで書かないと、合格点には届かないと思います。
さらに気になるのは、出題の趣旨の言う「法的理解を問う」が社会保険労務士法第22条2項3号についてだけの理解という意味だけなのか?という点です。というのは、ここ数年の倫理事例問題では、法第22条第2項への該当性だけでなく、同法の他の条項に書かれている社労士の信用、誠実、公正、品位や守秘義務などを絡めて、受任を断るように仕向ける出題が多いので(最初の頃は単純でしたが、段々複雑化しています。)、今は、もっと色々と目配りすべき点が多くなっていると言うことを覚えておいてください。ただ、現時点で、この問題に回答するとして、社会保険労務士法第22条2項3号と同条同項ただし書に従ってAの同意を得たとしても、社会保険労務士としての信用、誠実、公正、品位を害すると世間から見えるから受忍すべきではないと書いてしまったら、それは、折角、社会保険労務士法第22条2項3号と同条同項ただし書を用意したことの意義を失わせるので、×になると言い切れるかは疑問があります。
小問(2)は、小問(1)と同様の状況で、特定社労士甲が、B社の完全(100%)子会社であるD社から就業規則の作成についての相談を頼まれたときに、これを受けることができるか?を問うています。まず、D社から頼まれた就業規則の作成の相談は、紛争解決手続代理業務ではなく労働社会保険法令の手続業務なので、法第22条第2項各号には一切該当しない。さらに、B社とD社は、親子会社関係があるとはいえ、別法人格であるので、外形的には、D社からのこの依頼は、Aの事件とは無関係に見えます。しかし、ここで完全親子会社の関係にあるB社とD社が一体であると考えられるなら、話は違ってきます。ここからは、会社法の話になりますが、特定社労士試験でその知識を問うのは、ちょっと行き過ぎではと思うのですが、まあ、続けます(第18回では、51%の親子会社の出題がありました。)。
会社法に完全親子会社は一体であると直接定めた条項はありませんが、現実にはそのように見なされていますし、それを部分的に肯定した条項もあります。色々、つなぎ合わせると完全親子会社は一体だから、D社の依頼はB社の依頼ととらえるのが常識的な線かなと思います。例えば、岡伸浩著「会社法」2017年1月初版弘文堂P973~P882に親子会社の会社法上の取扱いについて書かれているので、興味のある方は読んでみてください(独占禁止法でも一体として扱います。)。
次に、もう一つやっかいなのは、Aと特定社労士甲の間には委任契約が存在し、民法第644条(善管注意義務)に「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。」と定められています。ここで受任者が負う義務は、受任した人の職業や専門家としての能力、社会的地位などから考えて通常期待される注意義務のことであり、注意義務を怠り、履行遅滞・不完全履行・履行不能などに至る場合は、民法上過失があると見なされ、状況に応じて損害賠償や契約解除などが可能となります。
今、特定社労士甲がAの相手方であるB社=D社の仕事を引き受けて、そこから報酬を得る行為が甲のAに対する善管注意義務に反しないか?という疑問が生じるのです。加えて、民法第1条第2項(信義誠実の原則)「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と定められていますが、この信義誠実の原則に反しないか?という疑問も生じます。
B社の社長はAにセクハラをした(事実は分りませんがAはそう思っています。)憎い相手のはずです。特定社労士甲はこのAの感情をどう受け止めるべきなのでしょうか。Aの同意が、きちんとしたインフォームドコンセントに基づいて、しかも説明内容も同意も書面化しておくぐらいの用心深さが、この善管注意義務と信義則違反で社労士法第16条(信用失墜禁止行為)に抵触することを理由にAからクレームを受けることへの予防になります。ここまで書けたら優秀答案になるのではないでしょうか。特定社労士試験が始まった頃(20年近く前)には、(民法上の善管注意義務・信義則と社労士法第16条をからめてインフォームドコンセントに触れておく)ここまで書くことを出題者が求めていたかどうかは不明(書けなくても合格点になったかもしれない)ですが、ここまでを字数制限の中で書いた人は凄いなあと思います。それと、社労士法第22条第2項の理解だけで解けた第1回より、かなり複雑な問題になっています。
余談ですが、社会保険労務士は、顧客に対して「忠実義務」を負っているということを時々聞きますが、法律的にはこれはまったくの間違いです。民法で契約の当事者が相手方に対して負っているのは、「信義誠実の原則(信義則)」で、これに加えて、委任の場合は「善管注意義務」があります。さらなる余談ですが、「信義則の原則」と書かれた文章も見たことがあります(おかしいですよね!)。
会社法355条(忠実義務)は、「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」と定められています。法律の条項で「忠実義務」という用語が使われているのはここだけで、しかもこの「忠実義務」の解釈については、善管注意義務との関係で、「異質説」と「同質説」があります(岡伸浩著「会社法」2017年1月初版弘文堂P374参照)。法律の勉強は、「はじめに条文ありき。」ですから、聞きかじりの知識を振り回すことのないように気を付けてください。ここまで書いて、気になったので、有斐閣の法律学小辞典5で「忠実義務」を調べました。取締役の会社に対する忠実義務以外にも、持分会社の業務執行社員、信託の受託者等にも同様の義務が課されているそうです(危なかった!)。
(注)潮見佳男著「民法(全)第2版」有斐閣2019年3月25日発行に、委任契約の受任者と代理人の義務には、忠実義務が含まれるということが書かれています。これは、おそらくアメリカ法(Common Law)の代理法(Agency)に含まれる信認関係(Fiduciary relation)の受任者が負う忠実義務(Duty of loyalty)から類推して引いてきたものと推測しますが、日本の民法には具体的な条文も確立した判例もないので、これを日本の民法で使うのはいかがなものか?と考えています。
さて、それでは第2回特定社労士試験の第2問の答案を、小問(1)200字、小問(2)250字の字数制限を守って書いてみてください。字数制限の90%前後の字数になるように答案を書くようにしてください。そのためには、下書きをして、キーワードの抜けがないかと論理的な文章になっているかの点から推敲してください。決して、空欄が余って、後から「なお、・・・」などと付け足しを書かないように。採点者(出題者)から見たら、理路整然と字数制限の90%近くで書かれた答案に比べて稚拙に見えますから、普段から、必要十分な内容で論理的な答案を書くように練習を重ねてください。それが、本番で1点でも2点でも得点を上げることに繋がります。老婆心ながら(爺ですが。)。
第2回第2問(倫理事例問題)の解き方の説明をしていて、気になることがありました。初期で易しいはずの第2回特定社労士試験が、社労士法第22条以外(民法・商法)の理解がないと高得点が望めない試験問題になっていることに違和感を持ったのです。
そこで思い出したのが、第16回能力担保研修の馬橋隆紀弁護士のビデオ講義です。初期の受験生は、ベテラン社労士で社会経験や人生経験が豊富な人が多かったが、最近は社労士試験に合格したばかりの人や、若手で社労士経験の浅い人が多くなっている云々と言っておられたと記憶しています。そこで、「第16回(令和2年度)特別研修 中央発信講義 教材」P9~の馬橋弁護士担当の「専門家の責任と倫理」を読み返しました。
P12にこう書かれています。
『6.能力担保研修の現状
・ 社労士に代理権が与えられたのは、それまでの社労士の知識や経験を活 かすことが前提
・ 能力担保研修は、本来、その知識や経験に上乗せするもの
・ 当初の受講者はそのような人がほとんど
・ 講師との双方向、多方向授業は活発であった
・ 今、受講する皆さんの多くは、最近の社労士の試験に合格した人とか、実務経験の少ない人が多い状況
・ 経験の少ない人は、この制度の由来等も考えながら学んで欲しい』
なるほどと、納得しました。第2回第2問は、民法や会社法の知識を問うのではなく、社会経験・人生経験の豊富なベテラン社労士の会社や個人の顧客とのつきあいの中で身に付けた肌感覚(職業的な勘)から、Aの持つ社労士甲への期待・信頼とか、B社とD社は一体と考えるべきではないかとか、に気付いてくれたら点を差し上げましょう、社労士としての経験を評価しましょうという出題者の意図があったのではないか?と考えると頷けます。
こう考えてくると、20年近く経過した後に、過去の問題を現在の論理と知識で解いて行くことに若干の迷いが生じます。あの当時だったら、こういう受験生に、こう答えて欲しいと考えてこう出題したはずだから、当時はこういう答えがベストだったが、現在の状況ではこう回答した方がベストであるということが起こり得るなあと思います。
上述の教材を見ていて思い出したのですが、第16回能力担保研修には安西愈弁護士の「中央発信講義 労働契約総論 [補講] 」というのがありました。そのビデオ講義のために「特定社会保険労務士の個別労働関係紛争手続代理業務の基礎知識 レジュメ」が送られてきています。この内容は、特定社労士試験第1問(紛争事例問題)の解き方のベースになる情報が載っていて非常に重要です。以前紹介した、山川隆一著「労働紛争処理法」弘文堂を、ギュッと圧縮したようなレジュメです。先に基本書を読んでからこのレジュメを読むと、当たり前のことばかり書いてあるということになります。
小問(1)については、頭から「B社の依頼を受けることができない。なぜなら、・・・」と書き出すことは、適切ではありません。もうお分かりとは思いますが、社労士法第22条第2項ただし書が当てはまれば、「B社の依頼を受けることができる」に結論が変わってしまうからです。よって、書き出しに注意です。
小問(1)回答例
甲が申請人Aの相手方に当たるB社から従業員Cを相手とする代理人業務を受任することは、社労士法第22条2項3号の「紛争解決手続代理業務に関するものとして受任している相手方からの依頼による他の事件」の代理業務を行うことになるので、原則として出来ない。ただし、同法同条2項ただし書に従って、申請人(依頼者)Aの同意を得た場合は、例外として、B社からの依頼を受けることができる。
(条項に当てはめるだけで、字数制限ギリギリになってしまうので、これ以上、情報を盛り込むことは無理と判断しました。該当条文に事実のどこがどのように該当するのか?まで書けるかが勝負だと思います。)
小問(2)についても、頭から、依頼を受けることができる。なぜなら・・・」と書き出すことは適切ではありません(上述の理由から。)。
小問(2)回答例
D社は、申請人Aの相手方B社とは別法人であり、かつ、D社からの依頼業務は紛争解決手続代理業務ではないので、社労士法第22条第2項各号に定める特定社労士が業務を行い得ない事件には該当しない。しかし、D社はB社の完全子会社であり、D社からの業務の依頼はB社からの依頼と同視できる。また、甲とAの間には代理業務を行う委任契約が締結されてその履行中であり、守秘義務等に違反するおそれや社労士の信用、公正、誠実、品位を損うおそれがあるので、Aからのインフォームドコンセント(「十分な説明と同意」に言い換え可能)を得たうえで、受任すべきである。
(この問題も、字数制限から、経験に基づいて気付いたのか、法律の勉強を深くしたから気付いたのか、という点で書き分けるスペースがありませんでした。直接、信義則や善管注意義務(社労士法では社労士の公正、誠実、信用、品位に書き換えられています。)を負っていると書く方法もありますし、委任契約を履行中と書いて民法の知識もありますよと匂わせる方法もあると思います。どちらの点数が上になるかは分りません。
答案の書き方は一通りではありません。各問の採点基準が明らかになっていない以上、出題者(採点者)が何をもって満点にしようと考えているか?は、あくまで推測するしかないからです。ただ、私の答案例は、以前にお話しした要素を全て盛り込んで、字数制限に収まる論理矛盾のない答案になっているので、勉強の参考にはなると思います。しかし、(私の主張を鵜呑みにせず)常に批判的精神を持って、あら探しをするつもりで勉強されることが、実力向上に繋がると思います(本当は、模範答案と言うほどの自信がないからですが。笑)。
ここで、用字用語について少し触れておきます。例えば、「ただし書」とか「おそれ」は、「但書」や「恐れ」の間違いではないのか?と思われる方もいるかと思われます。日本国の法令を作る際に官僚が使う用字用語等の使い方を定めた「法制執務」という本があり、それに従った正しい標記です。接続詞の使い方なども定められています(これに従ってないと減点されるとまでは思いませんが。)。
法制執務用字用語早見表が↓のWebsiteに載っていますので参照してください。
https://lawinfo.joureikun.jp/faq/wp-content/uploads/sites/3/20200721.pdf
もっと、詳しく勉強したい人は、ぎょうせいから法制執務に関する本が何冊か出版されていますので、ご参照ください。
最後に、用字用語の話を書いていますが、これは記述式試験ではとても大切な要素です。採点する側から見ると、誤字脱字や字数制限オーバーは論外として、二通りや三通りに解釈の出来る文章とか、接続詞の使い方が下手で読みにくい文章というのも、読んでいて苦痛です。よって、採点が辛くなるおそれがあります。正しい日本語の用字用語を使って、論理的で分かり易い文章を書くための訓練は必須です。文法や用字用語の勉強に加えて、高名な法律学者や作家によって、美しい日本語で書かれた書籍等をたくさん読むことも心がけてください。
追伸―1
月間社労士2024年5月号が届きました。P57―59に「第20回特別研修のお知らせ」が載っています。初受験の方は、しっかり読んで、期限までの申込を忘れないでください。2回目以降の方は、いずれ試験の申込みの案内が載るので、気を付けておいてください。どちらの方も、受験の申込期限を守って受験を申し込んでください。
追伸―2
基本書として紹介した「菅野労働法」の第13版を購入しました。菅野和夫先生が卒寿(80歳)になられたということで、「労働紛争処理法」を書かれた山川隆一先生が改定作業に参加されています。相当分厚い(1370ページ超)し、重いし、7700円もします。せっかく買ったので読み始めました。今後、菅野労働法を引用する際には、(まだこれを使っている受験生も多いと思われるので)第12版と(改定後の)第13版の両方の該当ページを、第12版→第13版の順番で書くようにします。次回からの記事は、そういうご理解で読んでください。
追伸―3
次回は、簡単な練習問題をWordファイルにして添付します。記事の本文には回答を書きます。先に、問題を紙に印刷して、手書きで回答した後に、答え合わせをしてみてください。
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