ザックリとした話(その1)
特定社会保険労務士制度がどのようなもので、試験がどのような試験で、どのように受験勉強をして、合格までの道のりを描くのかと言うことのために、まずはザックリとした話を、その1とその2に分けて書きます。第20回が初受験の方は、真剣に読んでください。再受験の方は、過去の記憶を呼び覚ましながら読んでください(今、私のブログを読んでいる人は、ほとんどが再受験組みかな。)。
「社会保険労務士は法律の専門家ではない。」ということを言われた特定社会保険労務士の先輩がおられます。司法書士試験には、憲法、民法、刑法が試験科目に含まれていますし、行政書士試験にも憲法と民法が含まれています。一方、社会保険労務士試験には、いわゆる六法が1科目も含まれておらず、行政法の一分野の労働社会保険関係諸法令について、(記述式はなく)選択肢方式の試験のみで合否の判定が行われています。これでは、まともに法律の勉強をしたとは言えないでしょう。そんな社会保険労務士に、いきなり法律の記述式の試験をしても、まともに歯が立つ訳がないというのが、特定社労士試験を受験してみての私の感想です(司法書士や行政書士試験を経てきた方は別ですが。)。
私は、第16回(令和2年度)紛争解決手続代理業務試験(以下「特定社労士試験」という。)に、1回目の受験で合格しました。本格的な勉強を始めたのが令和2年10月からで、約2か月の受験勉強期間中に、集合研修仲間と情報交換や意見交換をしながら、第1回から第15回までの過去問を2回解き、傾向と対策を検討して、実行に移しました。その途中で作成した教材などもあります。
私は、大学は法学部を卒業し、会社員時代のほとんどは企業法務関係の仕事をしていました。定年退職後、社会保険労務士・中小企業診断士の事務所を大阪府で開業し、ボチボチと仕事をやっています。30歳前後に、資格試験を受け続けた時期があり、行政書士、宅建主任者、一般旅行業務取扱主任者、日商簿記2級などの試験にも、すべて1回目で合格しております。そういう意味で、多少なりとも法律の勉強をし、資格試験にも慣れています。
何を言いたいかというと、これから、(特定社労士試験に必要な範囲で)法律の勉強を一からして、最終的に、2時間で、黒色のボールペンを使って、手書きで200字~300字の文章の答案を数問書くとういうレベルまで持って行って、特定社労士試験に合格するための勉強方法をこのブログで一部公開しながら、本年9月からは、オンライン授業と通信添削の塾を開校したいと考えています。
本年、第20回特定社会保険労務士試験のための能力担保研修を受ける方のために、私の第16回のときの経験談から説明を始めたいのですが、再受験の方など、もう直ぐに勉強を始めたいと考えておられる方がいると思います。そこで、憲法・民法・刑法の基本(大学の一般教養の法学概論程度)を勉強する方法として、4月20日の記事で基本書を紹介します。まずは、3月26日の記事で詳しく紹介した「実践法学入門」を、法律の勉強が初めての方は2回読んでください。既修者の方も1回は読んでください。きっと、記憶の喚起だけでなく新しい発見もあるものと思います(私もありました)。
次に読んでいただきたいのは、これも3月26日の記事で少しだけ紹介した「プレップ労働法」を1回通しで読んでください。この本は、何度も読んで完全に理解してほしいと考えています。ブログで過去問の解説をする際にたびたび引用しますから、そのときに該当箇所を参照してください。塾生用には、別途、レジュメを提供しますが、ブログの記事だけで勉強する方は、この本をレジュメ代わりに使っていただければ良いと思います(ただし、400ページもありますが)。
法律書を読む際には、条文が出てきたら必ず、六法で条文そのものを確かめてください。特定社会保険労務士試験対策なら、憲法、民法、刑法、労働基準法などの載っているポケット六法や模範六法で十分です。ただ、今売られているのは、令和6年版ですが、9月になると令和7年版が出版されだすので、買う時期が悩ましいですね。法律の条文はE-Govの法令検索でも探せます。単に、ググれば見つかることもあります。
併せて、法律用語(例えば、瑕疵、善管注意義務、信義則など)に慣れ親しむために、有斐閣の法律学小辞典(小さい方ですよ)を買って、分らない法律用語が出てきたら調べるようにしてください。ネット検索では、法律家による正確かつ普遍的な説明になっていないことが多いので、頼りになりません。
(見たことのない新問など)どんなに難しい問題に出会ったとしても、必ず60点以上得点できる実力を身につけるためには、回り道かも知れませんが、地道な努力が必要と考えています。特定社会保険労務士試験の第1問(紛争事例問題)と第2問(倫理事例問題)では、解法のテクニックが違うので、それぞれに合わせた傾向と対策についても徐々に説明していきます。くどいようですが、「実践法学入門」と「プレップ労働法」はしっかり読んで理解してください。その前提で、過去問の解説をしていきますから。
ところで、皆さんが受験してなろうとする「特定社会保険労務士の仕事」とは、何でしょうか?
Wikipediaで、「特定社会保険労務士」を探していただければ、説明が載っています。良く書かれていますが、データが古いのが難です。特定社会保険労務士試験の第2問(倫理事例問題)の出題内容とも関係するので、ここで説明しておきます(倫理事例問題用の条文集にも載っていますが、読みにくいのでかみ砕いてあります。)。
特定社会保険労務士は、個別労働関係紛争の当事者が、都道府県労働局の紛争調整委員会や民間ADR機関にあっせん申請等を行う場合(また、あっせん申請等の相手方となった場合)において相談に応じ、または代理人として代理業務を行います(特定付記を受けていない社会保険労務士にはできません。)。なお、個別紛争解決手続代理業務には、紛争解決手続と平行して行われる和解交渉、和解契約の締結が含まれますが、特定社会保険労務士であっても、紛争解決手続の開始前に、代理人となって事前交渉することは認められません。
ここで代理業務を受任できる事件とは、次のとおりです。
・ 個別労働関係紛争解決促進法に基づき都道府県労働局が行うあっせん手続の代理
・ 男女雇用機会均等法に基づき都道府県労働局が行う調停手続の代理
・ 育児介護休業法に基づき都道府県労働局が行う調停手続の代理
・ 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律に基づき都道府県労働局が行う調停手続の代理
・ 個別労働関係紛争について都道府県労働委員会が行うあっせん手続の代理
・ 個別労働関係紛争について厚生労働大臣が指定する団体が行う裁判外紛争解決手続の代理(紛争価額が120万円を超える案件は弁護士との共同受任)
上記のうち上から5つは行政機関が行う手続で、最後の1つが、民間(社会保険労務士会等)が行う手続です。これら以外にも司法(裁判所)が行う労働紛争解決システムがあり、訴訟や仮処分以外に、特に最近申立件数が多くなってきている(平成18年4月から運用が開始された)労働審判制度があります。残念ながら、いまだ、特定社会保険労務士であっても司法の場への参入はできておらず、これらの手続の代理業務はできません。もし裁判所で仕事をしたければ、簡易裁判所の民事調委員か司法委員、家庭裁判所の家事調停委員に志願してなるという方法があります。その資格要件や募集の条件は、ググって調べてください。
特定社労士試験の倫理事例問題では、通常、社会保険労務士法第22条2項各号に定められた依頼者の仕事を受任できない場合への該当性から、他の条項等を考慮しながら受任の可否とその理由を検討していくのですが(この解法のテクニックについては後日解説します。)、第9回(平成25年度)と第17回(令和3年度)は異質な論点が登場しています(他にも派遣社員の派遣先・元との関係、完全親子会社の一体性などの例もあります。)。それは、弁護士法第72条に定められた非弁活動の禁止と特定社会保険労務士の受任の可否の問題です(私は第19回も非弁活動だろうと考えていますが、出題の趣旨は違いました。この件は改めて説明します。)。
第9回と第17回の過去問は、特定社会保険労務士が社会保険労務士法の定めや倫理規範によって、受任を断るべきか否か、という問題以前に(入り口の手前で)弁護士法で、受任が禁止されている場合に該当しませんか?と問うています。倫理事例の問題が、だいたい同じパターンになってきたので、今後この種の問題が出題されるようになるかもしれない(既に2回出題されていますが)ので、要注意です。社会保険労務士法を知っているだけでは解けませんから。
ちなみに、この弁護士法第72条の論点については、神奈川県弁護士会のWebsiteに「4 弁護士と社労士の違い」というQ&Aが載っていますので、それを見ていただければ懇切丁寧に解説されています。これです。↓
http://www.kanaben.or.jp/profile/lawyer/lawyer04/index.html
さらに、茨城県社会保険労務士会のWebsiteに、「社労士と社労士制度 よくある質問(Q&A FAQ)」というタブがあり、そこに次のQが載っています。
「社会保険労務士は、例えば労働者の賃金未払い等の問題について労働者から依頼があった場合に、労働者と共に、あるいは単独で事業所に行って、労働法関係の専門知識を生かして事業主に対し賃金を払うように主張、交渉等をすることはできますか。」
Aは、ご自身でお確かめください。→ https://www.ibaraki-sr.com/FAQ
余談ですが、「活用しよう 労働委員会 理論と実践 Q&A」大阪労働者弁護団・編 耕文社、という本を図書館で借りてきて読みました。これは上記の手続の4番目の労働委員会による不当労働行為救済手続(要するに、労働組合活動に対する不当労働行為に関する紛争がメイン)について、申立ての仕方から、戦い方から、和解の仕方まで(その他諸々)について、実務的に解説されていて非常に興味深く読みました。しかし、皆さんの特定社労士試験の受験には、ほとんど関係ないと思われるので、今はお薦めしません。実務で要るときが来たら読んでください。2007年の初版から改訂されていませんので、もし、将来読まれるなら改訂版が出版されているかどうかを確かめてください(老婆心ながら、爺ですが。)。
倫理事例問題の出題パターンとその解き方については、後々、詳しく説明しますから、今は、そんな設問があるのだな、程度に理解しておいてください。なお、倫理事例問題で使われる条文については、3月31日の記事に掲げておきました。
もう一つ、日本弁護士連合会ADRセンター編「労働紛争解決とADR」弘文堂平成24年11月30日初版1刷発行(以下、「ADR本」と略します。)から、個別労働紛争の原因(とそれによる処理機関の振分け)について紹介します。適用される法律(労基法と言う行政法と民法と言う私法)の違いを理解してください。
<P33-341 総合労働相談コーナーでの相談の振り分け>************************
(略)
私どもに寄せられる労働相談で一番件数が多いのは、解雇相談です。解雇相談を例にとると、ご承知のように、30日前に予告をしなければいけないというのは労働基準法の問題です。一方、解雇理由について、解雇されるような落ち度が自分にはないので納得できないというような、解雇権濫用法理に関する紛争は民事問題になります。前者の解雇予告の問題は労働基準監督署の権限行使の対象であり、後者の解雇理由をめぐる紛争は民事問題で、これは監督署には送付できませんので総合労働相談コーナーが引き続き相談に応じます。実際の相談ではこの両者が混在するケースが非常に多くあります。そういった混在ケースを、同じ労働局という機関の傘下にあることから、解雇予告を取り扱う労働基準監督署と民事問題を取り扱う総合労働相談コーナーがよく連絡調整しながら、相談者があっちへ行ったりこっちへ行ったりしないですうように、一体的に相談にのれるというのが、労働局の紛争解決の仕組みの特徴であろうかと思います。
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ADR本で労働者側の労働相談を受ける弁護士が書かれた箇所から、一部引用します。
<P55-56「2 主な相談類型」>*************************************************
次に相談類型ですが、賃金請求、残業代請求などが多く、最近は、解雇・雇止め等の事案が増えています。相談の類型自体はごく常識的なものですが、ここで1点だけ注意しなければならないのが、賃金未払いや退職金未払いといった相談については、使用者が単純にお金がないから払わない、払いたくないから払わないという場合と、実質的な争点を持っている場合とがあるということです。後者は、たとえば、労働条件の不利益変更があるような場合、その不利益変更が、就業規則によるものなのか、個別の同意を得て行ったおのなのかが問題になっていきます。また、賃金について、成果主義賃金等があった場合には、人事評価や実際の成果によって賃金が減額されているのか、あるいは、職務職能給の賃金制度の場合には、降給という制度で賃金が減って、そのために請求しているのか、ということが問題になります。こういう実質的な争点の有無によって、解決手段のルートも違ってくるわけです。その点を、やはり注意して聞かなければいけないと思います。
残業代についても、単純に不払いという問題なのか、それとも、争点として、たとえば残業時間があったのか、なかったのかという事実認定の問題だけに絞られる事件なのか、あるいは、それ以外にも管理監督者性や裁量労働、事業場外労働等の労働基準法に認められているみなし労働時間制が絡む事件なのか、ということを見極めて進めなければいけないと思います。
(略)
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この続きに、セクハラ事件や労災事件についても書かれています。この本は、労働ADRの全体像についてよく書かれているので、余裕がある人は、一読することを勧めます。
追伸
石井幸孝著『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』中央公論新社2022年8月25日発行を読みました。著者は、国鉄に入社して要職を経て、1987年の分割民営化後JR九州の社長を務められた方です。戦前の鉄道省から戦後の公社へ、さらには分割民営化されてJRへの歴史、戦後の労働組合運動の引き起こした混乱、国鉄問題と呼ばれた腐った官僚体質や政治の食い物にされた実態やその結果の赤字体質などに、日本の労働問題の縮図とも言える日本で最も大きかった組織が、どう七転八倒しながら取り組んできたかを知る良い教材になっていると思います。40数年前に、私が某私鉄に就職したころは、国鉄は分割民営化寸前で、赤字体質がしみついている、どうしようもない組織だと国民の大半が考えていました。今では、少なくともJR東日本、JR東海、JR西日本は黒字ですから、今の40歳代以下の人には、想像もできない過去があったことを知ることになり、加えて、最近何かと話題のユニオンなどの労働組合活動の源流は戦後のこのあたりにあったのか(まったく姿かたちは変わっていますが)ということを知ることができて、社会保険労務士としての知識の拡充にも役立つ本だと思いますので、是非、ご一読ください(機関車の歴史など技術的な箇所は読み飛ばしてもOKです。)。
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