バーチャル学会2019を開催して
この記事はバーチャル学会2019実行委員長のふぁるこが個人的な視点から学会を振り返ります.
バーチャル学会の立ち上げ経緯と意義
まず始めにバーチャル学会2019公式HPより挨拶を引用します.
近年,低価格なHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の普及によりVR空間(コンピュータにより計算された3次元CG領域に一人称視点で没入できる空間)を介した遠隔コミュニケーションが実用レベルで展開されています.VR空間では人と人が関わり日々新しい価値が生まれています.いずれVR空間は現実世界と同じように人々が暮らし,働き,生きる場所になるでしょう.そのような社会に先立ちバーチャル学会は知識という面からVR空間での価値創造を促進し,VR空間をVR世界と呼べる社会の実現に貢献します.
この挨拶に込めた思いは今のVRSNSといったサービスとその勢いをSNSで終わらせず,物理社会においても活用したい,ということです.
近年VRChatやcluster,バーチャルキャスト,LavenderVR,NeosVRなどたくさんのVRメタバースが展開されており,有料,無料問わずユーザー数が増加し新たなコミュニティや取り組みが行われています.その多くはユーザー主催の小規模なものでしたがバーチャルマーケットなど開発運営も巻き込んだ大規模な3Dモデルマーケットフェスティバルが開催され,経済活動の場としての役割も期待されています.そうした中でいわゆる電脳空間で暮らすといった考え方がフィクションとして一笑に付すことができないほど現実味を帯びてきました.
この電脳空間で暮らす,といった考え方は単にHMDの普及や1日のVRSNSプレイ時間の増加のことではありません.私達が物理世界で遊び,働き,新たな価値を創造する経済活動,社会活動を電脳空間で行うことを指します.
映画「サマーウォーズ」ではOZ(オズ)と呼ばれる電脳空間で各種インフラ網の管理,ネットショッピング,情報発信などが行われている.
電脳空間にて人々が暮らすことで
・距離に依存しないことによる移動コストの削減
・これまで埋もれていた人材の発掘
・外見や性別に限られない活動
などのメリットが考えられます.もちろんデメリットもありますが,まだ形になってない時点でデメリットを見て行動しないのであれば何も生まれません.
このような背景もあり電脳空間で現実のイベントを行ったり,物理空間においても通用する価値を提供することができれば電脳空間と物理空間の境界がなくなり電脳空間が電脳世界として複数の世界のレイヤーの一つになるのではないか,と考えています.
そして電脳世界,物理世界共通な価値として私が提供できるものはなんだろうと考え,アカデミックの立場から知識を共有できるのではないかと思い,それを共有できる場所としてバーチャル学会の設立を思い立ちました.
学会開催までの流れと準備
バーチャル学会実行委員では基本的なやり取りをすべてDiscordで行い,データ管理はGoogle Driveに統一しました.また毎週日曜日にVRChatで定例ミーティングを行い,現状確認と議論を行いました.以下に大まかな流れとスケジュールを記します.
2018年11月 バーチャル学会運営Discordサーバーの設立,運営メンバーを集める
2019年9月 運営再開
2019年10月06日 キックオフミーティング(運営メンバーの顔合わせ,開催概要の共有,ざっくりとした開催スケジュールの決定,学会HP作成)
2019年10月13日 基調講演の方々に声掛け開始,データ管理用のGoogleアカウント取得,以降データはGoogle Driveで管理
2019年10月20日 開催日時の候補を出す,ポスター発表者の選定,全体のテーマを話し合う,必要タスクの書き出し
2019年10月28日 ポスター発表者との連絡用Discordの作成,ポスターフォーマットの作成,ポスターワールドの作成
2019年11月03日 connpassページの作成,基調講演とポスタープレゼンターが確定,ポスターワールドのプロトタイプ作成,開催日時とタイムテーブルが確定,
2019年11月10日 当日の構成表を作成開始
2019年11月17日 告知ポスターを作成,connpassでの募集を開始
2019年11月24日 告知動画の作成,学会ロゴの完成,ポスター発表者と配信担当のおきゅたんbot氏にワールドを確認してもらう,ワールドインスタンス管理方法を議論
2019年12月01日 ポスターデータ入稿完了,リハ日程の決定,ポスターセッション聴講当選者が決定
2019年12月8日 MoguraVRさんに記事掲載,ワールド修正,参加者への連絡と告知
2019年12月14日 学会当日
改めて見ると実質2ヶ月で準備をして開催していました.2019年9月の時点でいつごろの開催を目指すかという議論を行い,3ヶ月くらいで準備をして一旦イベントを行い感触を掴む.というのが運営の当時の考えでしたが,いきなり最初から学会を開催することになりました.結果からみると無事成功に終わったわけですが,なかなかハードなスケジュールであったと思います.運営メンバーの皆様には頭が上がりません(当初より試験的な開催であっても手を抜かず毎回全力の企画をしよう,ということは言っておりましたのでそれが今回はたまたま良い方向に働いたのだと考えています).
ほか学会開催にあたり準備した項目を掘り下げていきます.
キックオフミーティングの実施
まず始めにキックオフミーティングとして運営にご協力いただけるメンバー全員の日付が合う日を探しVRChatで会い,お互いの自己紹介とどんな学会にしたいかを話し合いました.キックオフミーティングを行った目的は
・実際に会うことで自分が参加している,という意識を高める
・これから長い間共に活動する人の人柄を把握しておく
・学会へのイメージのすり合わせをしておく
などがありました.この実際に会う,というところを遠隔地で行える点はVRコミュニケーションのメリットだと思います(その後の運営でも現実空間でミーティングは一回もしていませんし,一度も合ったことがない人の方が多いです).
↑キックオフミーティングでの写真
このミーティング以降週1で定例ミーティングを行い,そのミーティングは定期的に進捗を確認する場を作ることが目的だったので必ずしも出席しなくてOKにしました.ただ確認すべきことが次々に見つかるため毎回ミーティングが長くなりがちでした.私の認識の甘さ,準備不足に尽きると感じています.
学会webサイトの作成
webサイトを作成することで対外的にアピールする場合の受け皿を作りました.基本的に情報はすべてサイトに載せ「詳細はwebで!」という形を取れるようにしました.webサイトはgoogleサイトを使いさくっと作りました.結果的にconnpassのページの方が検索結果として上位に来ましたが公式サイトがあることに意味があるので無問題です(むしろconnpassに登録しなかったら検索してもまったくひっかからない可能性もあった).公式HPやconnpass,clusterなどのwebページ作成と更新は主にバーチャル人工知能大学院生のハルさん(@WorldEnder_9001)が行ってくれました.私の雑な指示からいい感じのページを作っていただき本当にありがとうございます.
学会プログラムの決定
企画当初は学会で行われるプログラムとして
・オープニング
・基調講演
・口頭発表
・ポスターセッション
・デモンストレーション
・クロージング
・懇親会
などをやりたいと考えていました.しかし実現可能かつ管理できる範囲として基調講演3名,ポスター発表12名に落ち着きました.また登壇者も一般公募ではなく運営からの声掛けのみで構成させていただきました(快くお引き受けいただいた登壇者の皆様,誠にありがとうございました).開催日程はまず基調講演の方々のスケジュールを確認し,その日程に合わせて参加可能なプレゼンターを決めました.土曜の夜,しかも遠隔参加可能ということでスケジュールが合わない人はほとんどいませんでした.電脳空間でイベントを開催するメリットの一つだと思います.プログラムの構成や学会運営に関することは主ににしあかねさん(@Takato_qVtuber)とsignsさん(@signs0302)にフォローいただきました.
学会ロゴの作成
様々な告知やTwitterのアイコン,YoutubeLiveのサムネ,HP,記事etc...に活用されたロゴです.学会の理念や運営メンバーの意見を元に最終的にテトラリアンさん(@tetoralian_VR)に作っていただきました.このnoteのトップ画像にも使われています.
↑オープニングスライドでの熱烈な紹介.正直ネタに使ってしまい申し訳ない.「共創・相互作用を色のグラデーション及びノードの繋がりで表現しました.また,HMDがVRを強く想起させるものであるので共創・相互作用をHMD越しに覗くという表現で,電脳空間における学会を表現しました」by テトラリアン
VRChatポスターフォーマットの作成
ポスターセッションをVRChatで行う関係上HMD越しに文字が読めるかという点にこだわりポスターフォーマットを作成しました.また電脳空間のメリットとして大きさに制限はないという点を活かすために最終的に縦横3.3mx5mという巨大なポスターをワールドに貼り付けることにしました.スライドは基本的にパワーポイントで作っていただき,それ以外の方は600dpi以上での画像を提出いただきました.Unity上で取り込める画像の最大画質が650dpiほどなのでこのような基準となりました.ポスターフォーマットはlcamuさん(@ougustor)に作成いただき,発表者の方から受け取ったデータのチェックもしていただきました.
↑VRChatにてポスターの文字ポイント数を検討しているところ
VRChatワールドの準備
ポスターセッションの会場を作成しました.あまり凝ったワールドを作る時間的余裕も人的余裕もなかったため最低限発表に耐えうる会場を用意し,改善点が見つかれば都度改善していくスタイルで作成しました.メインでサンスケさん(@sansuke05_vr)に開発いただき,途中からサポートとしてはつぇさん(@kohu_vr)にも参加していただきました.最終的にシンプルなボックスの部屋にポスターとレーザーポインター,聴講者用のローカルで出現する台座などを用意し,別途配信用の小部屋を配置したワールドが完成しました.詳しくはサンスケさんが別途まとめていただいておりますのでそちらを御覧ください.上記の記事でも触れていただいておりますが,本番1週間前にリハーサルを行ったところ課題がいくつか見つかりその修正をしていただきました.本当にありがとうございます.
↑ポスターワールドのプロトタイプを確認するサンスケくん(かわいい)
実際に開催してみた感想と反省
まず一言で学会の感想を表すと大成功だったと言って良いと思います.
学会自体が何らかのトラブルで急に継続不能に陥ったり体調不良を訴える人も居なかったためイベントとして最低限のラインはまずクリアできました.次に集客に関しても基調講演のYoutubeLive同時視聴者数が300人を超え,cluster会場にも100人以上の方々にお越しいただけました.学会や勉強会としては大規模な部類に入るかと思います.VRChatのポスターセッションにおいても正確な人数は把握できていませんがサブインスタンス含め非常に盛況であったと聞いています.そして何より電脳空間での学会開催の実例を作り,実現可能性を実証することができました.
このように成功で終わった(と私は認識している)バーチャル学会2019ですが反省点も多く見つかりました.次回以降のバーチャル学会の開催やほかに電脳空間でのイベント開催を計画している皆様に向け少しでも参考になるようまとめていきます.
ワールド製作者の負担が大きい
これにつきます.
兎にも角にもイベントを開催するためには物理世界と同じくその会場となるハコを用意しなければなりません.
既存の会場を使うのが一番簡単ですがオリジナルの会場を設計しなければならない場合は誰がその会場を作るか,会場のコンセプトは誰が考えるのか,いつまでに会場をどこまで作らなければならないのか,会場に必要な要件はなにか...など検討しなければならないことが多数あります.
さらに会場を複数人で作る場合はgithubやgitlabといったサービスを活用することになるでしょうが,使ったことのないサービスであればその学習コストもかかってきます(バーチャル学会2019でも当初gitlabを使った分散開発を行っていましたがうまくいかず,最終的にUnityPackage形式でデータを共有し統合しました).
またこれは私の立場から見た反省点ですがワールド製作者に対し修正依頼を出せなくなってしまうということがありました.何度も何度も修正をお願いし挙げ句「やっぱり前のほうが良かったね」などとなれば最悪です.もし僕がその立場ならどれだけ仲が良くても小言の一つは言いたくなってしまいます.こういった点からワールド製作者のタスク管理や事前のコンセプト共有が大事になってきます.そして何よりワールド製作者を信じて待つのがイベントを管理する立場の人には求められると思います.
ワールド製作者にはそのワールドに込めた想いやコンセプトがあります.
それが自分と合わなかったら事前のコンセプト共有に失敗している可能性が高いので単発の修正依頼を出すよりは自分の想いを文章にして簡潔にワールド製作者に伝え直すのが良いです(コンセプトの共有ができてないときは自分自身が自分のコンセプトを明確に把握できていない可能性があるので文章にしてみると良いです.また言った言わないの議論を防ぐためにもチャットなどでテキストで伝えるのが良いと思います).
音声まわりのトラブル
電脳空間でのイベントではネット環境,マイク環境が人によって異なるためボリュームの違いや遅延,声が途切れ途切れになる,などの問題が発生します.これらは聴講者にとってかなり気になる点であるため各人気をつけるべきですが,運営として対策する場合はDiscordなど安定して通話できるサービスを使うなどすると良いです(特に配信をする場合は積極的に使うべきでしょう).将来的に学会発表では映像出力端子を考慮に入れてPCや変換コネクタの準備をしておくレベルでマイクのボリュームと途切れがないかは事前に確認するという認識が広まると考えています.以下にclusterとVRChatで特有の反省を記します.
cluster
・基調講演の皆様と司会のマイクボリュームが一定でなかった
・動画と音声のボリュームが取れていなかった
・BGMがなかったため全体的に硬いor寂しい感じになっていた
VRChat
・音の減衰が十分でないため隣り合う発表が聞こえてしまった
・配信で声が途切れる人が多かった(インスタンス全体が重かったことも関係)
音周りは自分ひとりで確認することが難しいので運営が事前に確認しておく.もしトラブルがあった場合はすぐに伝えるのが大切ですね(放置していても本人は永遠に気づけない).
個人のタスク管理が明確になされていなかった
今回学会準備にあたり意図的にTrelloなどのタスク管理ツールを導入しませんでした.理由としては
・情報を複数の場所に分散させない
・そのツールを使ったことがない人に対する学習コストがかかる
などがありました.その結果Discordにて大まかなタスクごとにチャンネルを作りそこで議論+Googleスプレッドシートでスケジュール作成しタスクを割り振っていく,というスタイルを取りました.この方法はある程度うまくいきましたが
・チャンネルが多すぎて何をどこに書いたかわからなくなってしまった
・こなしたタスクをどこで報告すれば良いかわからない
・今やるべきことがわからない(達成度がわからない)
・タスクを割り振られるのを待つようになってしまった
といった問題が発生してしまいました.結果として情報を確認するのに時間がかかり,私がタスクを割り振るのが遅いor忘れていたところはメンバーが自発的に保管してくれました.これらに対し明確な改善案はまだありませんが,大きな方針としては
・人を増やす
・タスクを見える場所に起き誰でも編集できるようにする
・連絡用チャットはチャンネルを増やさず,雑多に書き込む(情報は検索で見つける)
といったところかなと思います.このへんはいろんな本や記事で紹介されていると思いますのでそれらを参考にしたいと思います.
終わりに
最後に運営メンバーの紹介と各種リンクを載せて本記事を締めたいと思います.改めてバーチャル学会2019に関わられた方全員に感謝申し上げます.本当にありがとうございました.次はバーチャル学会2020でお会いしましょう.
VRChatポスターワールド製作:サンスケ(@sansuke05_vr)
VRChatポスター会場製作を主導し,会場のトラブルはすべてサンスケくんが解決してくれました.デモ作品の管理やポスター発表者の方や配信担当のおきゅたんbotさんからのお問い合わせも彼につなぐ場面が多かったです.当日はサブインスタンスのスタッフとして活躍してくれました.まさに彼なしではバーチャル学会2019は成立しませんでした.
学会運営サポート,プログラム管理:signs(@signs0302)
さいんすくんは過去に学会設立や運営を主導した経験を活かし私に的確なアドバイスを随所で行ってくれました.また当日は基調講演の聴講者の質問やコメントを確認し私に伝え,ポスターセッションではトラブルにも慌てずサブインスタンス,メインインスタンスのスタッフを務めました.
学会運営サポート,プログラム管理:にしあかね(@Takato_qVtuber)
あかねさんは学会運営の根幹としてスケジュール管理やプログラムの提案を積極的にしていただきました.またVRアカデミアの人脈を活かしポスター発表者の方をご提案いただいたり,告知や連絡など主に裏方として支えていただきました.毎週のミーティングでは私が見逃していた点を的確に指摘いただきありがとうございました.
ロゴ作成,基調講演配信担当:テトラリアン(@tetoralian_VR)
テトラリアンさんには前述の通り素敵なロゴを作成いただきました.それだけでなく当日はcluster基調講演のようすをバーチャル学会公式Youtoubeチャンネルより配信していただきました.配信のため事前の確認や当日急な音声の調整など臨機応変に対応いただきました.
ポスターフォーマット作成,チェック:lcamu(@ougustor)
lcamuさんにはポスターフォーマットの作成を引き受けていただき,VRChat上での文字表示をHMD越しの場合どれだけのサイズであれば視認可能かを確認していただきました.またポスターサイズの検討を行っていただいたりご提出いただいたポスターのチェックも行っていただきました.lcamuさんのおかげで確実に僕の脳のリソースが空きました.ありがとうございました.
Webページ管理:ハル(@WorldEnder_9001)
ハルさんにはwebページ関連を一手に引き受けていただきました.画像の掲載やスタイルを整えたりするのは私一人では大変だったので非常に助かりました.またハルさんは手が早く,お願いした瞬間には作業に取り掛かっておりそういった点でもとても助かりました.ありがとうございました.
VRChatポスター会場製作補助:はつぇ(@kohu_vr)
はつぇさんにはサンスケくんのサポートとして急遽運営に参加していただきました.私がサポートしきれなかった部分をうまく支えていただき,なんとか会場製作が間に合いました.責任のかかるワールド製作の負担をうまく分散していただけたかと思います.
各種リンク
・cluster 基調講演YoutubeLiveアーカイブ
・VRChat ポスターセッションYoutoubeLiveアーカイブ
・バーチャル学会2019公式HP(ポスターデータを掲載しております)
・ニコニコ学会βの作り方(学会運営の参考にしました)
・VR上で「バーチャル学会」が開催、学術や開発者、クリエイターらの交流図る(MoguraVRさんに本学会を取り上げていただきました)
・【VR】バーチャル空間とアバター文化の未来【バーチャル学会まとめ】(大和撫子さんのまとめ記事)