Phantom touchの意味を調べる

はじめに

Phantom touch、Phantom sense、Phantom touch illusion…。世はまさに大Phantom時代!!触覚研究者としてVR環境における映像から感じる触覚の定義をはっきりさせておきたい!と思いメモを残す(が、今回だけでははっきりしてません。すいません。)。

Phantom touch

きっかけになった論文。scientific reports。

Pilacinski, A., Metzler, M. & Klaes, C. Phantom touch illusion, an unexpected phenomenological effect of tactile gating in the absence of tactile stimulation. Sci Rep 13, 15453 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-42683-0

とその記事

VR世界で身体に触れられると実際その部分に触覚が生じる「ファントム・タッチ錯覚」を発見 - ナゾロジー https://nazology.net/archives/138990

この記事とTwitterでの反応を見て思ったことは

「いや、映像から触覚を生じる現象はクロスモーダル現象とかPseudo-Hapticsとかいろいろ言われてるから。ミラーニューロンとかもあるから。なんかこれが初めて発見された!みたいな言い方されると他の研究を差し置いてこの論文だけ取り上げられかねないな」

と思った。

あと付随して自分の中でもPhantomほにゃらら系についてちゃんと調べたことなかったなと思い調べてみることにする。

まずは上記の論文を読んでわかったことを整理する

  • Pilicinskiらは実験参加者にVR環境で自分でバーチャルな棒をもう片方の手に触れさせるよう指示した結果、実験参加者はバーチャルな棒が触れる部分にくすぐったいようなびりびりするような触覚を感じた。

  • 触覚の強度は0~10段階では2~3程度

  • この感覚を先行研究のPhantom toutuを参考にしてPhantom touch illusionと呼んだ

  • Phantom touch illusionは自分で自分の体を触れる際に生じる触覚抑制信号(触覚ゲート)が物理的な接触を生じない本実験条件において触覚を生起させたのではないかという仮説を提案

  • VRコミュニティにおけるソーシャルタッチにおいて生じている感覚と関連すると考察

ざっくりこんな感じだった。

実験の詳細は論文を見てもらうとしてまずPhantom toutch illusionは著者らによる本論における表現であることがわかった。

次は参考にした論文を見に行く

S. Alexdottir and X. Yang, "Phantom Touch phenomenon as a manifestation of the Visual-Auditory-Tactile Synaesthesia and its impact on the users in virtual reality," 2022 IEEE International Symposium on Mixed and Augmented Reality Adjunct (ISMAR-Adjunct), Singapore, Singapore, 2022, pp. 727-732, doi: 10.1109/ISMAR-Adjunct57072.2022.00218.

これはISMAR(AR、MR系のトップカンファレンス)にて2022年に発表された論文。ソーシャルVR環境としてVRChatをテーマにソーシャルタッチ(人と人の触れ合い、今回はアバター同士の接触)によって生じる触覚を質的に調査するもの。

この論文のイントロ1行目ででPhantom touchという言葉が出てくる。

Phantom Touch is an artificially induced VR encounter where the user can experience interpersonal touch without any haptics used. It is a brain trick which allows these phantom sensations to feel real [1].

ファントムタッチはあらゆる触覚刺激なしに対人間で体験できる人工的なVR的遭遇である。それは幻の感覚をリアルに感じさせる脳のトリックです[1]。

そしてPhantom touchを引き合いに出すために以下の論文を引用していた。

[1] A. Heinzel and T. Heinzel, THE PHENOMENOLOGY OF VIRTUAL REALITY AND PHANTOM SENSATIONS, Philosophia:Studia Universitatis Babes-Bolyai, vol. 55, no. 3, 2010.

この論文ではまずVR環境における脳の錯覚といてファントムタッチが存在すると引用して述べている。概要は以下の通り。

One of the major issues in the current research on virtual reality (VR) is how to induce the feeling of reality in the experiencing subject. In this sense the phenomenon of phantom sensations (i.e. the persisting experience of a limb after its amputation) appears to be a paradigmatic case of VR. However, in contrast to the artificially induced VR experience, phantom sensations are linked to the strong feeling of their reality. Therefore, we characterise the subjective experience of phantom sensations by superpresence, as opposed to the artificially induced VR experience characterised by telepresence. Our hypothesis is that this phenomenological difference originates in the fact that phantom sensations represent a case of unmediated VR. This unmediated VR experience is essentially different from any technologically induced VR because it can be traced back to the epistemic abilities and limitations of the brain itself.

現在のバーチャルリアリティ(VR)研究の大きな課題のひとつは、いかにして体験者に現実感を誘発するかということである。この意味で、ファントムセンセーションの現象(手足を切断した後も手足の感覚が持続する現象)は、VRのパラダイムケースであるように思われる。しかし、人工的に誘発されたVR体験とは対照的に、ファントムセンセーションはその現実感を強く感じさせるものと結びついている。したがって、我々は、ファントムセンセーションの主観的体験を、テレプレゼンスによって特徴づけられる人工的なVR体験とは対照的に、スーパープレゼンスによって特徴づける。私たちの仮説では、この現象学的な違いは、ファントムセンセーションが非媒介型VRのケースを表していることに由来する。この非媒介的なVR体験は、技術的に誘導されたVRとは本質的に異なり、脳自体の認識能力と限界にまで遡ることができるからである。

とあり、Phantom sensationは元々Phantom limb(幻肢)やPhantom pain(幻肢痛)の文脈から派生していることがわかる。

このような「(四肢切断等によって)本来ない触覚を感じること」をVR技術によって人工的に提示することを「ファントムセンセーション」と表現するが、あくまで本来の意味である四肢切断等により生じる喪失部位の感覚をリアルに感じる現象のほうがより強い感覚を生じると述べている。

ここでAlexdottirらのいうPhantom sensationに戻ると、Phantom sensationをソーシャルVRにおける対人関係に限定しており、バーチャルオブジェクトとの接触などは考慮していない。

なおAlexdottirらの論文ではVR環境におけるソーシャルタッチにより生じるファントムタッチを開発する手法について検討しており、鏡を見ながら頭から足先まで順に撫でて行くセッションを6~10回繰り返すことで70%の参加者が触覚を感じられたと報告している。

(触覚の強度については0~3の4段階リッカートスケールで上半身が最も強く、足先に行くにつれ弱くなるとのこと)。

また触覚が生じなかった30%はVR体験に対する不快感や開発を行う実験者に対する不快感などが原因であると考察している。

筆者らはこの手法をHead-to-Toe Methodology (HTT法)と呼んでいる。

(特にPhantom touchが強い部位として顔、手を上げペンフィールドのホムンクルスにおける一次体性感覚野の領域の大きさと相関があるとしているが、ふぁるこ的にはこれは単に触覚の弁別能力や敏感さに影響しており、脳内におけるマップとは関係ないのでは?と思う。ペンフィールドのホムンクルスもあくまで全身の触覚と脳における対応関係があることを示唆しており領域の大きさについては関連性は不明。ただ脳の領域の大きさと触覚知覚能力に相関があると考えると脳の領域とPhantom touchの感じやすさに相関があるとも言えなくはないので一概に間違ってるとも言いにくい)

この論文ではPhantom touchに関する記述はここまでだったので、Google scolarで年代が古い順に調べてみる。

Phantom touchだけだと幻肢に関する記述が出てくるため、それらは除外してVR環境における触覚について言及した記事のみを抽出する。

例:Halligan, P. W., et al. "When seeing is feeling: acquired synaesthesia or phantom touch?." Neurocase 2.1 (1996): 21-29.

rubber hand illusionに関する研究も多く出てきてしまうため除外する。

例:Petkova, Valeria I., and H. Henrik Ehrsson. "When right feels left: referral of touch and ownership between the hands." PloS one 4.9 (2009): e6933.

またPhantom sensationとして知られる現象として「複数箇所を振動するとその中間に振動を感じる」という錯覚のこともPhantom touchとして出てきてしまったので除外する。
Phantom sensationはもともとfunneling illusionと呼ばれ、名称が定まってないけども同じ現象を指します。

例:Gibson, Robert H. "Perception of apparent movement from cutaneous electrical stimulation." Research Bull., American Foundation for the Blind 9 (1965): 13-21.


というわけでいろいろみていった結果、直接VR関係ではないけどこれが近いかもしれない

Halligan, P. W., et al. "When seeing is feeling: acquired synaesthesia or phantom touch?." Neurocase 2.1 (1996): 21-29.

この論文では右半球脳卒中を起こし、左半身の感覚が麻痺した男性患者に対して視覚刺激を遮断した状態では左半身に触覚は生じなかったが、視覚刺激ありの場合(自分の体を見ながら)では触れられる様子を見ると触覚が生じたというもの。

VR環境ではないけど視覚刺激によって触覚刺激が生じるという状況では近い。そしてPhantom touchという表現を含んでいる。

おわりに

このほかにもクロスモーダルや共感覚、脳卒中患者の話などPhantom touchという検索ワードでひっかかる論文は数多くあった。

今回はここまでにするけども、Phantomという言葉が「実態としては存在しないが確かにあるもの」を表現する言葉として非常に便利であることはわかった。

日本語において一時期「仮想」という言葉が氾濫していたときを思い出す(今もかもしれない)。

またモチベーションが湧いたらPhantom touchだけでなく、Phantom senseや今のソーシャルVR環境を取りまく「視覚的刺激により生じる触覚」について整理したいと思う。

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