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【つくる人たち】たから農園

熊本市中心部で毎月第3日曜に開かれているマーケット、FARMSTAND ON SUNDAYSの参加者を紹介します。
今回は熊本県宇城市豊野で、在来種を中心に作物を育てる「たから農園」です。

『たから農園』に尋ねたのはよく晴れた日曜日でしたが、それは2ヶ月間まとまった雨が降らなかった夏の終わりでもありました。高田和加奈さんと泰運(やすゆき)さんはレタスの植え付けをしていました。

 農園は熊本県中心部の宇城市豊野町中間地区。中山間地域に位置します。標高300mくらいの山々に囲まれ、人々は朝な夕なに山を眺めて暮らしています。
 和加奈さんに「この場所のいいところは?」と尋ねると、「いろんなものがあるところ」と答えました。
「この上にある集落はあと5軒くらいだけど、渋柿があって、梅があって、田んぼがあって、それで山があって、山をちょこっとあがると水源があって、もうほんと『風景の中に食べられるもの』がいっぱいあるところ」と嬉しそうに話します。

 水神様には秋に獲れた作物をお供えにいくといいます。その道すがらには小川からの水路が田を潤しています。
「歩いてると、この場所全てが『人が生きていける場所』なんだなっていうのが一目でわかります。そのことを知って人々はここに住んで、ここでずっと生き続けることができたんだな、そういう場所だったんだな、っていうのがすごくよくわかる。それがいいなって、私は思っていて」

 平坦地は一枚一枚の田畑が広いので、作物は作りやすいと言えます。それに大量生産や効率を優先すれば単一栽培はやむを得ない。という選択をせざるを得ないのが、現在の農業の現状でもあります。「どちらが良いという話ではないけれど、でもやっぱり、全部同じ作物ばかりの景色はバラエティがないなって」と和加奈さんは言います。
「中山間地は、作物を育てる条件としては悪いと思うんですよ。一枚が一反ない所でも、一枚の周りの草を全部切らなきゃならないし、その周りに全部鹿除けの柵を作らなきゃならないし。寒暖差も激しくて。でもそれも、お米やお野菜を美味しくしているはず」と教えてくれました。

 とはいえ近所では高齢化により田んぼの作り手が年々減り、やむを得ず閉じられる水路も少なくありません。多様性があって良い反面、人が少なくなることで野生動物による農作物の被害も沢山出るといいます。
「だから決して、ファンタジーみたいな風に住める場所というわけではないんだけれど、最悪いろんなインフラを自分たちで確保しなきゃってなった時にギリギリでも生きていける。あそこに水があって、ここに水路があって。小さい川だけれど10年間涸れていない。夏でもね」

 就農のきっかけは2009年から参加したWWOOFでした。そして初めての『種』との出会いは2012年。年に一度の九州山口地域の有機農家が集まる会で、岩﨑政利さんの採られた種を見た時でした。種苗交換のテーブルには、岩﨑さんの種がズラリと並んでいました。
「こんなにも品種があるんだっていうのを目の当たりにして。これは凄いなって。その日の親睦会は岩﨑さんの食材を使って、地元の婦人会の方が料理をしてくださったんですけど、もうなんか理想の形で。ぜーんぶ岩﨑さんの野菜で。それまではやっぱり固定種だから良いとか、頭から入っているとこがあったけど、そこでたくさんの品種を見て、そして食べた時に、それぞれの味の違いが明確にあって、固定種だから美味しいというよりも、それぞれの品種の味に個性があるっていうことを、一気にこうバーって目の当たりにした感じ」

 頂いた『長崎赤かぶ』の種を持ち帰り、育てて収穫してみました。「紫色の、紫の銀紙みたいなキラキラしたかぶだったんです。それまで白いかぶしか見てなかったし、こんな綺麗なかぶがあるんだねーって」

 10年間この地で多品目で農を営み、今では育てる農作物は、水稲のほか60種ほど。そのうち自ら種を採り続けている固定種が30種ほどあるといいます。
「有機農業で収益を立てていくということの大変さはよくわかるから、F1種を使うのが悪いとは全然思っていないんです。でも種を採るということ自体は必須の営みじゃないですか。F1を作るにも固定種は必要だし。でもそれが〝良いことだからやらなきゃ〟みたいなんじゃなくて。自分が育てて食べて美味しいと思う品種は残って欲しいなと思うし、他の人にも知って欲しい、というのがまずあります。そしたら種採らなきゃって。自然の流れで」

「買い物する時にも〝この形、この色の大根見たことないな〟とか〝こういうのはあんまり他で手に入らないな〟とか。そういう刺激があった方が楽しいじゃないですか。〝この人が作るもの好きだな〟とか。それにオーガニックのトマト缶とかすごく安いのたまに見かけるけど、いったい農家の人にどれだけお金入ってるんだろう? とか考えるんです。オーガニックだから、という理由だけじゃなくて〝どうやってここまできているのか?を知る機会がもっとあっても良いなって思います」

『種をあやす』という美しい言葉があります。固定種の種を採る行為のことを言いますが、この言葉について、岩﨑政利さんの著書『種をあやす(亜紀書房)』にこう書かれています。

種を採るときの所作を比喩的に表現したものです。さやの中に詰まっている種をふるい落としていく際、左の手でさやを抱くようにもち、右の手でやさしく摩(さす)るのですが、あるとき種採りを自分でやりながら、なんだか腕に抱いた赤ん坊をあやしているみたいだなと感じました。種を採る様子をどんなふうにみなさんにお伝えしようかと考えているうちに、「採る」ではなく「あやす」という言葉が頭に浮かんできたのです

岩﨑政利著『種をあやす』亜紀書房

同書の終わりにはこう書かれています。

そしてもう一つ。生産者が種を守っていくことと同じくらい、消費者の方々、在来種野菜を食べてくれる人たちの存在はすごく大切です。農家が種を守るだけでは、本当の意味で種は生きていけません。
「この在来種、おいしいね」
たったその一言が農家の支えになります。
心を込めて体を動かす農家一人ひとりの励みになって、いくつもの種がつながっていく。そうやって先人たちが残してくれた種のいのちは続いてきたのです

岩﨑政利著『種をあやす』亜紀書房

 畑の淵に腰を下ろし、レタスを苗床から外しながら、「ここにあるもので〝なにか美味しいものを作りたい〟って思ってもらえるとすごくいいなって。おこがましいですけど」
 泰運さんはそう呟きました。

Text & Photo : Yoshikazu Shiraki

たから農園
熊本県宇城市豊野町中間2633
takaranouen@gmail.com
@takaranouen


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