【ピリカ文庫】雨【ショートショート】
「かんぱーい」
ライムの差さったビール瓶を全員でカチンとあわせた瞬間、ボツ、ボツ、という音が聞こえてきた。
私を含む全員が、テーブルの上のパラソルを見上げた。
「あ、雨」
音はたちまち、バラバラバラ、から、ザーザー、という音に変わり、本格的に降ってきた。
あちこちで、笑い声に似た悲鳴があがる。
私達はお互いに顔を見合わせた。
初夏の、渋谷屋上のビアガーデン。
正直言って、到着した時から雨粒が顔に当たる感触があって嫌な予感はしていた。
でも、こんなどしゃ降りになるなんてネットの天気予報には載っていなかった。
「とりあえずパラソルの下にみんな寄って寄って」
「このパラソル小さ過ぎません?めっちゃ濡れるんですけど」
「まあ、こういうのは雰囲気でしょ」
お飾りのパラソルは全く役に立たず、むしろパラソルの先端から滝のように落ちる雨水が私達を頭のてっぺんから容赦なく濡らした。
「ぎゃー。さっき髪直してきたのに」
「やばい、カバンびしょびしょ」
テーブル横のバーベキュー用グリルは、パラソルの外だ。
傘を差しながら食材を焼くが、その傘も、この大雨の中では気休めにしかならない。
私のベージュのスカートは色が変わるほどにぐっしょり濡れて重くなり、両脚に貼り付いた。
冷たい。
焼き上がった肉や野菜も、横殴りの雨にやられて皿ごと水浸しに。
「まっず!味、うっす!」
「しかも冷たいよー!今、焼いたばっかりなのに」
「このジントニック、雨の味する!」
どしゃ降りは止む気配を見せないどころか、激しさを増す一方だった。
ビアガーデンとしては最悪な状況に違いなかったはずだが、その場の全員がいつも以上にハイテンションで、文句を垂れながらも終始笑っていた。
お酒が入っていたからか、もうこの状況を楽しむしかないと腹を括ったのか。
いい年をした大人たちが、その時はまるで小学生みたいにはしゃいでいた。
まるで、傘もささずに水溜りへ飛び込んで遊ぶ子供のようだった。
あんなにはしゃいだのは、一体いつ以来だっただろう。
あれから何年も経つが、あんなどしゃ降りのビアガーデンは後にも先にもこれきりだ。
当時のメンバーとは今も定期的に会っているが、あの夜のことは未だにネタになっている。