そんなことで

 そんなことで人を許してしまうのかと、自分に呆れることがある。

 高校生の時、私の悪口を言う子がいた。しかも入学してそう経っていない一年生の5月のときから、「あんなアリを眺めてるような子と仲良くなれない」とひそひそ言われていたのだから相当である。私は私で、昔からそれなりに人に嫌われることがあったので、またかと悲しみつつ無反応だった。こういうところが嫌われるのである。

 その後もそれなりにひそひそされ、それなりに時が流れた2年生のある日、私はよく分からない集会に参加するべくクラスメイト達と階段を下りていた。よく分からない集会、というのは、全国模試の結果を受けて、先生方が「あの学校と比べてこうだからもっと勉強しろ!」と学年全体に発破をかける集会で、これが冗談みたいにつまらない。偏った偏差値教育(偏差値の偏は偏見の偏)の成れの果てという感じで、ばかうけのカレー味をどのタイミングで食べるか悩んでいる時間のほうが遥に有益である。

 そんな集会に行くために階段を下りているため、私のテンションは駄々下がりであった。駄々駄々駄々下が下が下がりくらいの元気のなさだった。そんなとき、後ろからあの悪口娘の声が聞こえたのである。

「私の髪、真っ黒でいやなんだよね。〇〇(私の名前)みたいな髪の毛がよかった。」

 ほ~ん、と思った。私の髪、好きなんだ。悪口言うのに、私の髪の毛褒めるんだ。ほ~ん。
 私の自毛は黒いが、光に当たるとキラキラした茶色に見えるので、自分としてもかなり気に入っている部位であった。恐らく、階段の踊り場に大きな窓があったので、光が入って私の髪はきらきら状態だったのだろう。
これはかなり嬉しい。悪口を言われ続けたダメージよりも、大分嬉しい。あんた、もしかして私のこと好きなんじゃん?悪口言うけど。

そんなわけで、私は彼女を許した。ちょろいものである。

 それ以降、私は大学生になって何度か髪を染めながらも、毎回思い出すのは彼女の顔だった。ちょっと、染めたらもったいないかも…なんて思ったりもした。そしてなんだかんだ伸ばし、切り、伸ばし、切り、自毛だけの状態に戻した。完全に影響を受けている。

 私が言いたいのは、こんなことで人を許し、かつ人生にポジティブな影響まで受けてしまっている自分に心底呆れつつ、ちょぴっと愛おしいということだ。こういう小さな愛おしさは、案外落ち込んだときにそっと助けてくれる。自分の髪を見る度にそんなことを思う。
私は正直、悪口女の光を全部吸い込むような黒髪も綺麗だと思ってたよ。

以上。



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