【ss】秋風と君
いつもと変わらない帰り道。
すれ違う風が冷たさを帯びてきたな…なんて、ぼんやりと季節の変化を感じていた。
そんな他愛ない普通の日のはずだったのに。
「おかえり」
「……あ、ただいま…です」
家は近所なのに馴れ馴れしく話せる関係ではなくて、少しだけ気まずさが漂ってしまう。
そんな憧れの人。
「今、帰り?」
「あ、はい…」
うまく会話を続けられずに、“どうしよう”ばかりが頭の中を駆け巡る。
そんな私を知ってか知らずか、この人は柔らかな笑顔を浮かべたまま
「まさか…緊張とか、してないよね?」と鋭すぎる質問を投げかけてくる。
「いや…、緊張っていうか…あんまりこういう機会もないし…。何を話したらいいのか…」
しどろもどろになりながらも言葉を紡げば、彼はプッと吹き出して。
「確かに。俺はこういう機会求めてたのになー」
「えっ…!?」
「家も近所だし、学校だって同じだったのに。
在学中はなかなか声掛けてくれないし、こっちから掛けてもサーッと居なくなっちゃうし」
「そ、それはっ…、先輩と話してると周りの女子からの視線が痛いというか…」
そう。この人はすごくモテる。
というか、人を惹きつけるんだと思う。
その証拠に先輩の周りには、いつも笑顔が広がっていて誰もが先輩との時間を楽しんでた。
それは好意を抱いている女子だけに留まらず、同性や教員にまで好かれていたぐらいで。
「えー、そんな事ないでしょ」
でも鈍感!!
「いやいや、大いにありましたよ」
「そっか…。でもそれなら良かった」
「え?」
「これからは存分に話し掛けていいってことでしょ?」
先輩の真っ直ぐな目に、息が止まりそうになる。
「……はい」
「良かったー。今まで俺、避けられてんのかなーとか思って、ちょっと傷付いてたんだよね」
「そんな…、まさか!」
「だから今日も声掛けるの遠慮しようかな…とか一瞬思ったんだけど、もう暗いし心配の方が勝っちゃったんだよね」
そういえば…
風の冷たさだけじゃなく、夜も長くなってたんだ。
今年は少し長い残暑だったから忘れてしまいそうになるけど、もう11月だもん。
「ありがとうございます」
「お礼なんていいよ。俺が勝手に心配しただけなんだから」
「そうじゃなくて…」
「ん?」
「私なんかと話したいって思ってくれて…ありがとうございます」
そう言って頭を下げた私に、
先輩はこの上ない優しい笑顔で。
「こうやって一緒に帰れて、俺も得しちゃってるからなー。ありがとうございますはお互い様だよ」
くしゃっと私の髪に触れて、
そのまま頭をポンと撫でた。
*end*
(幸せが胸に広がってあったかくなっていく。)
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