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中国のモダンラグジュアリー層インバウンド市場について

一時期「爆買い騒ぎ」で注目を集めていた中国人観光客はここ数年、旅の嗜好やスタイルにおいて多様化が進み、国内のみならず、世界の旅市場にも大きな変化をもたらしています。経済の発展に伴い、旅慣れした層の数は年々増加傾向にあり、サービスの担い手である観光事業者や施設開発者も絶え間なく新規サービス・事業の開発に励んでいることがその背景として挙げられます。

コロナ禍をいち早く脱出した中国では、2020年の夏ごろから国内旅行をすでに再開しており、その動きは直後の国慶節連休(10月上旬)の動向からも鮮明にみることができます。携程(中国大手OTAの一つ)などの連休中の観光動向に関する報告書から、目的地で連泊する滞在型旅行者が例年より増加したとの報告がありました。複数の観光地を回る忙しない行程を好まず、一つの地域で3~5日ほど長く滞在し、ローカルな暮らしや地元のグルメなどを楽しむといった今まで一部の余裕のある成熟した旅行者の間でしか見られなかった旅のスタイルが、いよいよ一般層にも浸透し始めたのです。

数々の調査から、富裕層の間で「良い」と認められたものはマス層の憧れになる傾向があります。むろんコロナの影響もありますが、滞在型観光に対する意識の変化はまさに一つの好例です。では現在中国の富裕層はどのような価値観のもつ人たちで、彼らの間で旅に対する認識はどのようなもので、そして日本になにを求めているのしょうか。

前書き

このような旅行者の意識の変化は今の先進国も一通り経験してきたのですが、近年ブティックホテルを含むラグジュアリーブランドがこぞってメインターゲットと目されるミレニアルズ世代の台頭により、彼らの価値観が色濃く反映されている商品やサービスが世界規模で急増しています。そのミレニアルズ世代(一般的に1980年から1995年の間に生まれた世代と定義されています)こそが現在中国の富裕層を語るうえで欠かせない存在です。

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物心が付くころから何一つ不自由なことなく過ごし、英才教育をうけてきた彼らは、欧米の訪日客と比べ、国、文化、信仰こそ異なるものの、同じモダンラグジュアリー層として「単なる贅沢体験」よりも「本質的な旅の追求」といった普遍的な価値観(後述)が存在する一方、生まれ育った環境や、日中の地理的要素などから大きく異なる部分も見受けられます。

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富裕旅行市場の分析とコンテンツづくりのポイント by JNTO

いままでインバウンド業界の富裕層誘致といえば「欧・米・豪」という風潮があるなか、どちらかというと負のイメージの強い中国市場が注目の的になることがあまりありませんでした。

モダンラグジュアリー層について

 一般論

 「金銭的な価値」よりも「自分にとっての価値」

モダンラグジュアリー層の捉え方はいろいろありますが、一番のポイントは「金銭的な価値」よりも「自分にとっての価値」ではないでしょうか。

強いていえば、それはラグジュアリー層ならではの価値観ではなく、物質的な豊かさをある程度享受してきた社会の中から自然と生まれてくるものです。富・力・地位のみを人間の評価基準とする時代と比べ、もはやそれらを他人に顕示する必要がなく、世間における評価を気にすることもありません。そのため、消費活動を行うときに、物事の独自性・本物・質といった内面的な要素を重んずるようになります。

ただ、「自分にとっての価値」を大事にすることは決して高価のものに手を出さないということではありません。低欲望社会といわれる日本において、確かに本物嗜好といっても割と安価なものを好んで消費する印象を受けますが、経済成長が続く世界のほかの地域では、むしろ価値に合った高価な商品が積極的に開発され、すべてにおいて高額消費を行うのではなく、自分にとって価値のあるものだけ大金を費やしても惜しまない層が拡大しています。

そういう意味では、モダンラグジュアリー層の消費活動はその延長線上にあるようなもので、根本的なところは変わらず、ただ金銭的な余裕が一般人よりもはるかに上回るため、消費活動に際し彼らの選択肢もその分ずいぶんと幅広いのです。

 「高い快適性の追求」よりも「旅のもたらす意味」

モダンラグジュアリー層はどんなものに価値を感じるのでしょうか。

そもそも彼らはなぜ「旅」に出るのでしょうか。旅慣れした彼らほど真剣に「旅」の本質を考えている人はいないように思います。日常におかれた環境と全く違う場所でその土地の暮らしや人間に触れ、ある時は無意識的に、またある時は意図的に、その間知性と感性が磨かれ、やがてそこで感じたことを自分の持つ価値観、世界観を織りなす一部として吸収していきます。「旅」におけるレジャーと学習の境界線はこれから曖昧になっていくものだと思います。「モノ消費」から「コト、体験消費」への移行で片つけられてしまう恐れがあるため、補足すると、中身のない「コト消費」は結局のところ彼らにとっての「モノ消費」でしかありません。

それを理解していれば、モダンラグジュアリー層の好みはさほど難解なものではありません。本物の体験・一生に一度の体験・エコツーリズム・ボランツーリズム・サステナビリティに関心が強いのはそれはその通りです。

心の健康や住環境の快適さなどを図るQOLを重視する考えもその世代では浸透しています。より自分の暮らしを(精神面で)豊かになるためのヒントとなるものも、旅先で価値を感じるもう一つの重要なポイントです。その地域に古くからある伝統を、現代のデザインのちからで磨くことや、地球環境や自然に対する人びとの考え方、その地域特有の衣食住のあり方などなど、私たちはそれらを「地域の暮らしに宿る美意識」と呼んでいます。

 中国のモダンラグジュアリー層

さて、一般論としてのモダンラグジュアリー層を一通り説明してきましたが、中国の状況はどうでしょうか。ミレニアル世代は、一般的に1980年から1995年の間に生まれた世代と定義されていますので、2021年現在年齢でいうとおおよそ20代後半から40代前半あたりになります。

まず富裕層全体の資産状況を見ていきましょう。中国の調査機関・胡潤研究院が2021年2月8日に発表した「2020年方太・胡潤資産報告」によりますと、大中華圏(中国大陸、香港、マカオ、台湾)で600万元(約1億円)を超える「富裕世帯」が初めて500万世帯(うち大陸399万)を突破し、前年比1.4%増加しました。資産額1000万元(約1億7千万円)超えが202万世帯(うち大陸161万)で、前年比2%増加しました。資産額1億元(約17億円)を超える世帯も13万(うち大陸10.7万)に上り、さらに3000万ドル(約33億円)超えの資産をもつ世帯数は8.6万(うち大陸7.1万)に達しました。

ちなみに、株式会社野村総合研究所の推計によれば、2019年に日本で金融資産1億円以上を保有している富裕層は、全体で132.7万世帯になります。

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富裕層全体の資産状況

地域別でみてみると、7位までの順位はどの富裕世帯層も同じく、北京、上海、香港のあと、深圳、広州、杭州、寧波へと続きます。資産額600万元(約1億円)を超える「富裕世帯」で9位にランクインした広東省の仏山市は、資産額1億元(約17億円)以上の富裕世帯層の人数では江蘇省の蘇州市に及ばず、そのランキングでは蘇州が台北天津に続き、10位にくい込んできます。

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富裕層の多くいる都市別ランキング

資産額1000万元(約1億7千万円)を超える202万世帯の内訳は企業主が60%、会社の管理層が20%、残りの20%は不動産投資者とプロトレーダーが半分ずつ占めています。

少し前のデータになりますが、同じく胡潤研究院が2019年11月2日に発表した「2019中国“新生力”解析白書」という調査報告書があります。タイトルにある“新生力”とは新世代の富裕層の意味です。平均年齢は35歳、ちょうどミレニアル世代と重なります。調査報告の中では、以下のようにモダンラグジュアリー層を分析しています。

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モダンラグジュアリー層の年齢分布

人物像としては、グローバルな視野と強力な資源収集力の持ち主で、かつ優れたイノベーション感覚を有する人たちです。主に3つのタイプに分けることができます。1つ目は、何もないところからスタートした若い起業家たち。2つ目は、家族企業を受け継ぐ「後継者」たち、そして3つ目は、家族から財産を受け継ぎ新しいビジネスを始める人たちです。

モダンラグジュアリー層は概して学歴が高く、92%が大学卒以上、37%が大学院卒以上で、一つ上の世代の36%、15%をそれぞれ大きく上回っています。また、彼らの50%以上が、平均1.7年海外留学、勤務、あるいは居住経験を持っています。その多様な生い立ちや学びの背景は、彼らに国際的な視点や、様々の業界の最先端の動きに俊敏に反応できる能力を与えました。

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モダンラグジュアリー層の教育背景

家族構成を見ると、8割以上が結婚しており、子供を持つ割合も80%に達しています。 子どもの数で見ると、1人の割合が88%ともっとも高く、調査時点では主に幼稚園(27%)、小学校(45%)、中学校(23%)に通っています。

また調査では、実際のインタビューに基づき、モダンラグジュアリー層の価値観を以下のようにまとめています。

「理想的なQOLを得るには、物質的な面と精神的な面の両方からアプローチしなければなりません。経済的自由はただ富を無限に増やせば手に入るものではなく、自分の欲求をもうまくコントルールする必要があります。贅沢な生活を追い求めるのではなく、内面的な満足と人生の達成感のほうに重きを置いています。より多くの時間選択の自由を持つことで、自分の成し遂げたいことを挑戦し、人間として成長しながら価値を世の中に創出していくことに意義を感じます。」健康成長を特に重視し、それは趣味の面にも反映しています。音楽、ランニング、読書、そしてアウトドアスポーツが主要な趣味となっています。

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モダンラグジュアリー層の趣味

旅行は、資産運用子供の教育健康管理に並びモダンラグジュアリー層の四大需要の一つです。年間平均で海外旅行を合計20日一日一人当たり4700元(約8万円)を消費します。旅行の計画をする際に、ローカルのグルメや文化は観光スポットより影響度合いが高く、またとくに興味深いのは、全く旅行会社に頼らず自分たちで旅行を計画したことのある人は43%と、全世代富裕層の17%を大きく上回っていることです。旅行会社のモデルプランを微調整せずそのまま購入したことのある人は30%で、また1/3のモダンラグジュアリー層は完全にオーダーメイドの旅を依頼したことがあります。

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訪日旅行における中国と欧米の違い

モダンラグジュアリー層の人物像をある程度つかんだところで、訪日旅行において欧米との違いを見ていきましょう。さきほどの説明やデータから、JNTOがまとめたモダンラグジュアリー層の志向(マインドセット)、消費性向(旅行タイプ)は中国のモダンラグジュアリー層にも通用することがわかります。しかし、「単なる贅沢体験」よりも「本質的な旅の追求」といった普遍的な価値観が存在する一方、生まれ育った環境や、日中の地理的要素などから実際の旅の形態やコンテンツを選ぶ際に重要視するポイントなどには大きく異なる部分も見受けられます。

1.短期間/高頻度

  説明するまでもないのですが、片道3時間足らずで地方空港(上海から   の場合)にも気楽に飛べる現在、日本への旅行は数次ビザ所持者からしたらもはや国内旅行感覚で行われています。一回あたりの滞在日数も年々短くなる傾向にあり、冒頭に説明があったようにできるだけ多くの「観光スポット」をいっぺんにまわるより、滞在拠点を少数に絞り、のんびり地域の風土、暮らしを満喫するスタイルのほうが好まれるようになってきています。中国のモダンラグジュアリー層に関する具体的なデータはまだないのですが、筆者の感覚ですと、25%の家族は少なくとも年に一回は訪日しています。滞在期間が短い分、どうしても一人あたりの合計消費額が欧米のそれに劣るのですが、そのときは一日当たりのデータにも目を配るとよい洞察ができるのではないでしょうか。

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2.伝統文化や歴史に興味がないわけではない

  よく中国の旅人は歴史と文化に関連するコンテンツに興味を持たないといわれるのですが、それはまったくの誤解です。確かに、神社仏閣や、書道、茶道、香道といった伝統文化に欧米の方のほうが受けはいいです。それは彼らからしたら全く異なる文化だからです。中国の方からみればインパクトが少ないのはいたって仕方ないことですが、実はそもそものところ情報の見せ方、伝え方に課題があるのです。

  経済発展を重視するあまりに、中国の教育では芸術、デザイン、伝統文化などのソフト面をおろそかにしていた時期もありましたが、ここ数年、いくつかの「唐」、「宋」の時代の時代劇の影響もあって、民藝、民俗学、伝統的な生業、文化への関心がたかまりつつあります。日本文化は単に中国大陸から朝鮮半島を経由してそのまま受け継がれ今日にいたったわけではなく、日本古来の文化との融合や、幾度の変遷を経て、今日にいたるとの認識はある程度共有されているため、見た目では似ているものでも、どういった経路で日本に渡ってきたのか、日本ではどのように独自の進化を遂げたのか、中国文化との違いなどを含め非常に細かいところまで知ろうとしています。なので単に「これは日本の文化ですよ、どうぞ!」っといわれてもあまり彼らの心に刺さりません。もう少し目を引いてもらうための工夫が必要です。

3.より細かいテーマ、そして深いつながりを

  距離や文化の近さから日本を熟知している人は少なくありません。世代的にも彼らは日本の漫画、アニメ、ドラマなどをみて育ったといっても過言ではありません。また生活様式や感受性が近いことから、欧米ではなかなか受け入れられない(例えば食器類の)工芸品や、骨董品はとても喜ばれ、モダン中国空間様式に取り入れる研究も進んでいます。食文化の近さからガストロノミーだけでなく、郷土料理から日本人の口に合うよう和風に改良された西洋からの食文化まで、それらを一種の文化として受け止めています。マス向けではなく、趣味嗜好主導の大量のインフルエンサーにより、各種の展覧会、スポーツイベント、最先端技術、地方創生、ビジネスに至るまで日々情報が発信されています。人々は観光スポットだけではなく、それぞれのいきたい場所、会いたい人、経験したいことが明確にあり、そしてそれらと一回きりの関係ではなく、深いつながりを結ぼうとしています。それはまさに中華圏をターゲットに地方への滞在型観光の可能性を示唆するものであります。

今後について

中国地方部の観光開発は凄まじいスピードで進んでいます。それは有名なところばかりでなく、碧山、貴州黔東南茅貢鎮のような山間集落でも地方創生の文脈で「新しい観光」を見据えた町づくりが進行しています。

今後大量誘客ではなく、小人数のファンにきてほしい日本の地方部においては、競争相手は中国国内の地域にまで及ぶ可能性があります。もっとも競争という言葉をあまり使いたくはありません。それぞれの地域にはここにしかない風景、人、培われてきた暮らしの知恵があります。ただそれをハードやソフトの両面におとし、観光コンテンツとして開発し、できるだけ長く旅人に滞在してもらうにはやはり中国マーケット、そして中国の「ライバル」たちを意識したほうがよろしいかと思います。

デジタルパイオニアと言われるミレニアル世代は、SNSなども活用するものの、判断や選択の際には、慎重な下調べをするため、あきらかに宣伝であるようなPR手法はもはや時代遅れで、共感を引き起こすコンセプトやストーリーなど「量より質」のコミュニケーションが求められます。

モダンラグジュアリー層のサスティナブル、社会的意義、「善」へのこだわりは前述したとおりです。新型コロナ感染症拡大により、彼らの間では、環境に配慮した持続可能でローカルなものへの意識が一層高まっています。

中国のモダンラグジュアリー層誘致には、交通の便、言語の問題、興味関心にあったオプションツアー、滞在拠点の整備以外に、地元住民の中国に対する好感度の問題など課題は山積みです。しかし富裕層のトレンドが一般層にも及ぶ波及効果を考えれば、それらの問題を解決し、新しい価値観を醸成することは旅行需要の回復の面だけでなく、日中における観光や旅行自体の意義や位置づけを向上させるとともに、双方に対する理解を深めることも期待されます。

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