見出し画像

世間体は福神漬けみたいなもの

日頃から感じる正体不明の罪悪感。「あ、これ世間体の仕業だ!」ってハッとする瞬間が時々あります。世間体って掘り下げるとただの空気じゃなくて、妙に心当たりのある顔が浮かんでくるんですよね。ほら、コミュニティ内で無駄に目立ってるI君とか、急にLINEで近況を聞いてくるあの先輩とか。別に彼らから何か具体的に言ったわけじゃない。ただ、「絶対こう思われてるはず!」って、勝手に被害妄想が作り上げたバーチャル知人なんです。

たとえば、「子どもは?」って話題が出るたび、義実家の影がふわっと浮かぶ。実際、義両親が直に何か言ったことはないんです、まだ。でも、85歳を超えた義祖母なんて、帰省すると仏壇にお線香上げたら、あとは日本茶なんて淹れてくれながら、5分間隔くらいのペースでズバッと言うんですよ。「子はまだか?」って。(ボケてきたの?)義母じゃなくて義祖母なのがポイントですよね。なんかもう世代を超えた大物感がある。しかもこれ、狙い撃ちなんです。「愛Cちゃん、まだ間に合うからね。早く産まないと!」っていう、スナイパー並みの一言。東京のマンションのリビングにいても、関西側から放たれたその言葉が矢のように刺さる。義母が何も言わない理由もわかる気がする。「ばぁちゃんが言ってくれるから、私黙っていられるわ」みたいなチームプレイですよね。なんか、もう拍手。

地元の世間体も、なかなか手強い存在です。久しぶりに帰省すると、近所のおじさんおばさんが「最近どうしてる?」なんて、当たり障りのない質問を投げかけてくる。そのたびに、つい「東京で頑張ってます!」とか言っちゃう自分がいるんです。本当は「元気だよ」で終わらせたいんだけど、「挑戦してる風」を盛っちゃうんですよね。なんでだろう。自分でもダサいなあって思う。でもダサい自覚があるのにやめられないのが世間体の魔力。

そういえば昔観たジャニス・ジョプリンの伝記映画。保守的な地元で浮きまくってた彼女がスターになって、10年ぶりとかに高校の同窓会に出るんですけど、同級生たちは冷たくて、結局孤独感を再確認して帰ってくる、みたいな話がありました。私もスターになる予定なんてないですけど、「凱旋帰省」的な妄想をついしてしまうことがあります。「地元でやいやい言われながら東京に出てきたのに、帰るときは『ほら、私成功してますよ!』って見せなきゃ」みたいな。なんなんですかね、これ。自分でも笑っちゃいます。

一方で、群馬出身のヤンキー上がりの友達に、「帰省のときはCHANELのバッグ持って帰る!舐められないように」って意気込んでた子がいて、「その武装いる?」と笑ったけど、心のどこかで自分もやってる部分があるのが否めないんですよね。でも冷静に考えると、地元の人たちってたぶん私が何していようと、そこまで興味ないんですよ。たしかに少し前、名前だけ知る程度の地元から離れたAちゃんが、帰省の時そんなことやってて「Aちゃんたら、また新しいバーキン持ってた!」とかみんなの話のネタにはされてたけど(笑)。でもその後、「○○先輩と結婚してたCちゃんが四人子供いるのに離婚したらしい」とかきっとそんな情報で上書きされていくものなんです。

で、最近ふと思うんですけど、世間体ってもしかしたらちょっと面白い存在かもしれない。「また振り回されてるわー」って気づく瞬間、自分のことが急にちっぽけに見えて、なんだか笑えてくるんです。「世間」なんて、実際は誰も私のことなんか気にしてないオチつきで。世間体って、人生というカレーのスパイス…いや、スパイスほど重要じゃないな。福神漬けくらいの添え物。それくらいに思えば、ちょっと肩の力を抜いて生きられる気がします。

いいなと思ったら応援しよう!